◇109 心の影
目覚めるとそこは庭園だった。
見たことのない庭園だ。庭園の先にはお城とどんよりとした曇天模様の空が見える。
シンフォニアの白亜の城とは違う、黒っぽい石で作られた質実剛健そうな城だ。だけど城全体が茨で覆われてしまっているぞ。まるで『眠れる森の美女』の茨の城のようだ。
「あれは……」
「アレグレット城。アレグレット帝国の帝都にある帝城です」
かけられた声に振り向くと、そこにレティシア皇女とエリオットが立っていた。
と、いうことは、ここはリーシャ皇女の夢の中なのか? なんか周りの空気がキラキラとした靄のような感じがする。
《琥珀さん、聞こえる?》
《うむ、聞こえるぞ。無事に意識を繋げられたようだな》
琥珀さんと念話で話せる。やっぱりここはリーシャ皇女の夢の中らしい。
ここは城内の庭園ってところか。たぶん本当のアレグレット城もこんな感じなんだろう。
空は曇天模様だが、庭園にはいろんな花々が咲いていた。チュンチュンとスズメ? のような鳥が庭園にある木の梢で鳴いている。
あたりはシン、と静まり返っていて、鳥の鳴き声がやたらと耳につく。
「リーシャ殿下はあの中でしょうか?」
「おそらくは。あの中で籠るとしたら、西館の『月の塔』にあるリーシャの部屋に違いありません」
そう言ってレティシア皇女は城の西側にある五階建てほどの塔を指差した。あそこか……。
「とにかくまずは西館へ向かいましょう。こっちです」
レティシア皇女の先導に従い、私たちはその後をついて行く。
庭園の石畳を歩いていると、低木の陰からリスが二匹こちらを覗いていた。あっちには子ウサギがいる。その横にいるのはフェレットかしら。
「なんでこんなに動物が……? 城の中にこんな動物などいなかったのに……」
「リーシャ殿下は小さな動物が好きだと言ってましたからね。たぶんそういったものも無意識に夢に影響するんでしょう」
「リーシャが? 小動物を?」
「はい。……知らなかったのですか?」
私の言葉にレティシア皇女は目を逸らして黙り込む。妹が何が好きかとか、それくらいは把握しときなっての。
……いや、リーシャ皇女が誰にも話さなかったのかもしれないな。城の中に味方がいないと思っているのだから。
「これは……」
前を歩いていたレティシア皇女が足を止める。
庭園を抜け、西館の方へ向かう道の先に鉄門扉があったのだが、その門は茨でびっしりと覆われて完全に塞がれていた。
「うっ!?」
茨に触れようとしたレティシア皇女だったが、バチッと火花のようなスパークが走った。えええ!? これって電気柵なの!?
鉄門扉の横は分厚い壁が続いていて、ご丁寧にもそこにも茨がびっしりと張り付いている。
これじゃ本当に『眠れる森の美女』じゃないの。
「うーん、これじゃ中に入れないね……」
《そこから先は小娘の心の深層部だ。本能的に侵入を拒んでいるのだろう。【聖剣】を使え。人間は神気に当てられると本能的に畏怖を覚えるゆえ、茨も消えよう》
「え、琥珀さん? 私たちのこと見えてるの?」
まるで狙ったタイミングで届いた念話に思わず聞き返してしまう。
《うむ、そちらの状況を小娘の『ギフト』を経由して、映し出している。聖女も見ているぞ》
ふわぁ~。リーシャ皇女の【夢幻庭園】を利用して、中継モニターしてるってこと? だからルーレットさんにも見えてるってことか。
私はなんとなしに空に向かってひらひらと手を振ってみた。
《余計なことをせんでいいから、さっさとやれ》
「おっと」
怒られた。それじゃあやってみますか。
私は意識を集中し、手の中に【聖剣】を呼び出す。
プラチナ色の神気を放つ【聖剣】が現れた瞬間、鉄門扉の茨が、まるで怯えたようにビクッと動いたのを見た。
「これが【聖剣】……!」
初めて見る【聖剣】にレティシア皇女も唖然としている。
このままこれで斬り裂けそうだけど、茨もリーシャ皇女の心の一部と考えると、それはマズいのかしら?
【聖剣】を鉄門扉の茨に近づけてみる。すると、茨がゾゾゾゾゾ、と、波のように引いていった。お、これでいけるかな?
「今のうちに通ってしまいましょ」
「え、ええ、そうですね……」
なんとなくレティシア皇女も引いているような気がしないでもない。無意識に畏怖を覚えるってこういうことなのかしら?
鉄門扉を通り、やがて西館とやらに辿り着いた。……のだが、先ほどから妙な気配を感じる。
『……やはり母親の血が……』
「え?」
不意に聞こえた声に振り向く私。そこにはキョトンとしたエリオットの姿があった。
「何か言った?」
「何も言ってないけど……何か聞こえたのかい?」
「母親がなんとか……」
「母親?」
さらにキョトンと首を傾げるエリオット。気のせいか……?
『……出来損ないの皇女ですわね』
違う! 気のせいじゃない! 今度ははっきりと聞こえた!
エリオットにも聞こえたらしく、辺りをキョロキョロと見回している。
「今の声は……?」
前を歩くレティシア皇女にも聞こえたようだ。
囁くような、ぼそりと呟くような声がどこからか聞こえてくるのだ。
『どうして私があんな子のために……』
『皇帝陛下にも見捨てられて……』
『使えない皇族って必要なのかしら?』
悪意を含んだ言葉があちらこちらから飛んでくる。くすくすという人を馬鹿にしたような笑い声も。ひょっとしてこれって、リーシャ皇女がここの使用人に言われてた陰口?
おそらく面と向かって言われたわけじゃないのだろう。さすがにそれを他の人間に聞かれたら、皇族に侮辱発言をした咎でただですむわけはない。
「リーシャは……こんな悪意に耐えていたというの……?」
夢とは記憶の引き出しから引き出されるものだともいう。
ここはリーシャ皇女の夢の中だ。その記憶の引き出しもここにある。おそらくこれはそこから漏れ出したものなのだろう。
聞こえてくるリーシャ皇女を非難する言葉に、レティシア皇女が震える手を握った。
『レティシア殿下も呆れてため息をついていたわ』
「ちがっ……! あれはリーシャに上手く教えることができない私自身にうんざりして……!」
レティシア皇女が聞こえてくる声に反論するが、力無く項垂れてしまう。
「私は……なにも見えていなかったのですね……。リーシャが心無い言葉を受けていたのは知っていました。ですが、私はそれをものともしない強い心を持って欲しかった。私もそうしてきたから……」
「リーシャ殿下とレティシア殿下は全く違う人間です。悪意の受け止め方も違う。リーシャ殿下は自己肯定感が低いようですから、どうしても自分に問題があると思ってしまうのでしょうね……」
私の言葉にレティシア皇女が強く手を握る。
誰も彼もメンタルが強いわけではないのだ。それには裏付けされた自信が必要になる。自分の考えを明確に持っていて、他人からどう見られようと気にしない。それが強い意志を生み出す。
レティシア皇女は『氷の皇女』と呼ばれるほど、自分の心をコントロールできる人だ。それをリーシャ皇女にやれといっても無理ってものだよ。
「自分に自信がないのでしょうね。普通、皇族や王族といったら根拠のない自信に溢れているような気がしますけれども」
「サクラリエル……全部がそういう人ばかりじゃないからね? それに君だって皇族に連なる一人だろうに」
おっとブーメランだったか。まあね、皇族じゃなくても自信過剰の馬鹿貴族はたくさんいるからね。
「あの子もディアスと同じくらい図太い神経であればよかったのですが……」
「ディアス?」
「弟です。リーシャのすぐ上の兄で、我儘で自分が中心じゃなければ気がすまない、乱暴者の弟です」
レティシア皇女の言葉に私は眉根を寄せた。それって、ディアス・ジ・アレグレット……【外伝:仮面舞踏会】の攻略対象である我儘俺様皇子よね?
私はクリアしてないから細かいところまでは分からないけど、性根は悪い奴じゃないらしい。だとしても私は嫌いなタイプだけどね!
エステルを捕まえて、『おもしれー女』とか言う段階でアウトだから。
「上に立つ者としては、自信がないよりはあったほうがいいのだろうけど、それも善し悪しよね……。上の身勝手さで被害を被るのは下の者だし。その弟殿下も今のうちになんとかした方がいいと思いますよ? おそらく周りにチヤホヤされて実力もないのに、自分は優秀だと勘違いしているでしょうから」
「よくわかりますね……。ディアスはダルケル兄上と同腹の弟ですから、かなり甘やかされているようです。リーシャにも強く当たっているようで、何度か注意はしたのですけれど……」
ちょっとやそっとの注意でなんとかなるなら、あそこまで歪んだりしないと思う……。
そんな兄が近くにいるからリーシャ皇女も萎縮してオドオドしてしまうのだろう。
ちなみに第二皇子と俺様皇子の母親は侯爵家の出で、第一皇子とレティシア皇女の母親は公爵家の出なんだそうだ。一応こっちが正妃だとか。
で、リーシャ皇女の亡くなっているお母さんは男爵家の出だそうで。とはいっても、本当は平民で、皇室に嫁ぐために男爵家の養女になってから嫁いだとか。
「……レティシア殿下は平民の血を引くリーシャ殿下に思うところはなかったのですか?」
私はずっと疑問に思っていたことを尋ねてみた。だってさ、レティシア皇女も俺様皇子みたいになっててもおかしくなかったと思うんだ。
「リーシャの母は私が子供のころに仕えてくれていた側仕えだったのです。とても優しく、いつも笑顔で私の世話をしてくれた。彼女にはとても感謝しています」
なるほど、レティシア皇女付きの側仕えがリーシャ皇女の母親だったのか。
私で言えばアリサさんのようなポジションだったわけだ。そしてお父様とアリサさんの間に妹が生まれて……って、うむむ、想像したら微妙な気持ちになってきた。だってこれじゃお母様が可哀想じゃん! お父様の浮気者!
「その、父親が自分の母親とは違う女性と子供を、ってのは、大丈夫だったのですか?」
「大丈夫とは……? 皇帝ならば複数の妻を持つことは普通だと思いますが?」
「デスヨネー」
ううん、この世界じゃ常識と言われても、一夫多妻制にはやっぱり慣れない。
ここらへんまだ地球の常識を引きずっているんだなあ。フィルハーモニー家が上級貴族としては珍しく一夫一妻だから、余計そう感じるのかもしれないが。
うちの皇王陛下もあれで一応側室が二人いるしな……。エリオットも複数の奥さんをもらうのかね?
ゲームではそこまで描いてなかったけど、エステルと結婚した後、側室を娶ったんだろうか。
じーっとエリオットに視線を向けていると、軽くため息をつかれた。
「……何を考えているか手に取るようにわかるけど、今のところそんな予定はないからね?」
オー、バレテーラ。




