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◇108 夢の中へ





 お茶を飲みながらたわいない話をしていると、やがて閉会の時間となった。秋涼会は今日で終わりだが、この後もそれぞれの貴族家でいくつかお茶会は行われる。ここからが社交シーズンの始まりなのだから。

 ルカやティファも断ることのできない貴族家のお茶会に二つ三つ招かれているようで、あと数日は皇都にいるらしい。私もお茶会を開いて二人を招いてみるかな。

 全体的に秋涼会は大成功だったようだ。見たこともない美味しいお菓子にお茶、聞いたことのない音楽に、なによりも若返ったお祖母様にみんなの関心は集中した。

 お母様の話だといくつかの中立派の貴族家をこちら側に引き込むことが出来たらしい。やはり美容は力だな……。

 一部の奥様御嬢様方は、コンビニの化粧品やシャンプー&リンスなどをお土産にもらって、それはもう大喜びだったとか。

 一度それらを使ったら、もう他の物は使えない。お祖母様とお母様、それに皇妃様の高笑いが聞こえてきそうだ。

 こうして私の初の秋涼会は問題なく大成功に終わった。────いや、ひとつだけ問題が残っている。

 アレグレット帝国の第九皇女、リーシャ殿下が三日たった今も目覚めないのだ。



          ◇ ◇ ◇



「【夢幻庭園】はリーシャ殿下の夢を映し出す『ギフト』です。逆に言えばそれはこの方の心を映し出す鏡……。リーシャ殿下の御心は硬い殻の中に閉じ籠り、外部からの干渉を全く受け付けなくなっています」


 ゴスペル福音王国の【聖女】であるルーレットさんが、ベッドで眠り続けるリーシャ皇女を見ながらそう答えた。

 ベッドで眠るリーシャ皇女の周りには、無数の茨が張り巡らされていた。倒れた初日に見た茨がさらに増えている。しかもこれは幻ではない。なんと実体化しているのだ。

 このようなことは初めてらしく、レティシア皇女も狼狽うろたえていた。ルーレットさんが言うには、『ギフト』が祝福を受けたのではないか、とのこと。

 つまりはレベルアップだ。今までは幻であった物が、実体化できるようになったということなのだろう。

 リーシャ皇女を包むように幾重にも絡んだ茨は、しっかりとベッドにも絡み付き、さらに増殖を続けていた。


「実体なら切って取り除けないんですか?」

「やめておいた方がいいと思います。この茨は彼女の精神が具現化したようもの。切ったりしたら精神にどのような影響を及ぼすか見当もつきません」


 ルーレットさんに私の提案はあっさりと却下されてしまった。


「これでは帝国に戻ることもできません。ルーレット、【聖女】の力でどうにかできないのですか?」

「申し訳ありません、レティシア。【聖女】の力を持ってしても、心の傷を癒すのは難しいことなのです……」


 基本的に福音王国では【聖女】となると、癒しの力を習得させられるそうだが、あくまでもそれは肉体の傷や、病魔を祓う力であり、メンタル的なものを癒す力ではないようだった。

 その昔、福音王国に『ギフト』を一時的に消す『ギフト』持ちの【聖女】がいたらしいが、その人はすでに何十年も前に亡くなっているらしい。そんな都合よくはいかないか……。

 『教会』ならば『ギフト』を封じる方法もあるのだが、基本的にそれは『ギフト』を悪用した犯罪者に使うものである。皇女である彼女に使えば、それは醜聞の極みでしかない。

 それにルーレットさんの話によると、この状態で『ギフト』を封じてしまうと、本当に二度と目覚めない可能性が高いらしい。

 あ、さっき聞いたのだけれども、ルーレットさんとレティシア皇女、それにティファのお姉さんであるネロテオラ王女の三人って、『学院』の同級生なんだってさ。どうりで二人とも気安く話してるなあと思った。


「リーシャは……昔から宮殿の悪意に晒されてきました。わたくしも少なからずそういう経験はしていますが、心が強くなければ、権謀術数渦巻くあの宮殿で生き残ることは難しい。弱いままでは利用されるだけですから……。リーシャの心を強くするために、厳しく指導してきたつもりだったのですが……」

「……リーシャ殿下には厳しく指導してくれる人よりも、寄り添ってくれる人が必要だったんじゃないでしょうか。実の姉にさえ心を開けない状況で、ただ強くなれというのはいささか酷なことかと……」


 私のリーシャ皇女のお見舞いに同行していたエリオットが初めて口を開いた。そのエリオットの言葉にレティシア皇女がキッ、と鋭い目を向ける。


わたくしが間違っていたと?」

「間違いだったとは申しません。ただ、もっと心を開いて話し合うべきだったかと。リーシャ殿下はレティシア殿下が厳しいのは、完璧を求めているからだと言っていました。自分が失敗ばかりしているのが許せないのだろうと」

「なにを……! 私はリーシャのために……!」

「それを言葉に出して伝えましたか?」

「う……」


 エリオットの言葉にレティシア皇女が黙り込む。まあ、伝えてはいないだろうね。完全に怯えて萎縮していたもの。レティシア皇女の妹を思う気持ちは悲しいかな、本人には伝わっていない。それが伝わっていたなら、ここまで彼女が心を閉ざすことはなかったかもしれないな。


「私は……リーシャを追い詰めてしまったのでしょうか……」


 どこか泣きそうな顔でリーシャ皇女を見つめるレティシア皇女。彼女が追い詰めたわけじゃないと思うけど、その気持ちを伝えていたならリーシャ皇女も心強かっただろうとは思う。

 待てよ? ということはレティシア皇女の気持ちが伝われば、リーシャ皇女は目覚めるのかしら?

 

「ルーレット、どうすればリーシャは目覚めるのです?」

「やはり彼女の心に訴えかけるしか……。心を開いてくれさえすれば、自然と『ギフト』も消えるかと。しかし、急がねばなりません。こうしている間にもリーシャ殿下の体力は失われています。幼い身体があとどれだけ持つか……」


 ルーレットさんが苦い顔でベッドに絡みつく茨を見つめる。

 この状態はいわば『ギフト』をずっと使い続けているようなものだ。眠っているし、大した消費量ではないとしても、体力や魔力が無くなっていっているのは間違いない。

 魔法薬ポーションを飲ませ続ければある程度の消耗は抑えられるかもしれないが……。


「ですが、心に訴えかけるといってもどうすればいいのか……」

「えーっと、耳元でずっと話しかけるとか?」


 悩むレティシア皇女に私は思ったことを口にした。確か夢ってのは寝ている時の周りの環境にも左右されるって聞いたことがある。

 寝ている人に赤いライトを当てると火事の夢を見るとか、料理の匂いを嗅がせるとその料理を食べている夢を見るとか。

 だから耳元でずっと話しかけることで、夢に干渉できるんじゃないかと思ったんだけれども。


「夢の中へ入ることができればよかったんですけどね……」

『入れるぞ』


 ぼそりとつぶやいたエリオットの声に答えたのは、部屋の隅のソファで丸くなっていた琥珀さんだ。

 ルーレットさんも慌てて琥珀さんに聞き返す。


「ど、どういうことですか、神獣様? まさか本当に夢の中に入るなんてことが可能だと?」

『可能だ。我と【聖剣】があれば、その小娘の精神世界へ干渉することができる。神気を媒介として、神の力で作られた擬似空間に皆の意識を繋げ、共有することができるのだ。簡単に言えばお互いが共有した夢の中で話し合えるということだな。むろん、全く危険が無いわけではないが……』


 え? 【聖剣】ってそんなこともできるの!? ちょっと万能過ぎないか、あれ……。いや、神の造りし剣なんだから、ある意味当たり前とも言えるのか……?


「……リーシャに危険は?」

『ないとは言えぬな。しかし、どのみちこのままでは遅かれ早かれその娘の命は尽きるぞ。体力が尽きるか、魔力枯渇が先かはわからんがな』


 琥珀さんの言葉にレティシア皇女が黙り込む。この件に関して私たちにはなにも言えない。決定権は親族である彼女にある。できれば助けてあげたいが、レティシア皇女が私たちを信用できないというならば、それまでなのだ。

 

「……やりましょう。リーシャが心を閉ざしてしまったのは私の責任です。心配しないでもいいと、貴女は一人ではないと……リーシャに伝えなければ」


 決意を秘めた目でレティシア皇女が琥珀さんを見る。よかった。なんとしても助けてあげないとね。


『ふむ。意識を繋いでいる間、そなたらの肉体は無防備になる。我はここに残り、そなたらの身体を守ろう。それと夢の世界だからと油断するな。精神的な攻撃を受けた場合、心に傷を負う可能性もある。相手も傷付ける可能性があるため、なるべくなら戦闘は避けた方がいい』

「戦闘って……リーシャ殿下がレティシア殿下を攻撃するってこと?」

『ないとは言えぬ。相手を拒絶するということは、心を守ろうとする無意識の防衛本能。それには反撃も含まれるだろうからな。ああ、夢の中でも「ギフト」は使えるから安心せよ』


 なるほど。夢の中とはいえ、油断は禁物ってことか。

 『ギフト』が使えるってのは助かるかもね。レティシア皇女は氷結系の『ギフト』を持ってるらしいけど……。


『それとそっちの皇女と小さき主は意識を失うゆえ、どこかに横になっていた方がよいぞ』

「え?」


 あれ!? レティシア皇女だけが行くんじゃないの? 私も行くの? さっきから、そなた『ら』って言ってたから変だなぁとは思ってたけども!


『意識の浅いところならそやつだけでも入れるが、それ以上深く進むとなると【聖剣】で切り裂かねば進めぬ。故に小さきあるじがいなければそもそも話にならんぞ?』


 あ、決定事項ですか、そうですか。

 むむう……仕方ない。同行しよう。このままリーシャ皇女が目覚めないってのも嫌だしな。


『何か問題があれば我に念話を飛ばせ。すぐに意識を戻す』

「わかった」


 夢の中にいても琥珀さんとはやり取りできるなら問題ないか。危険だと判断したら目覚めさせてもらえばいい。

 問題があるとすれば、リーシャ皇女が自分の殻から出てきてくれない時だよなあ。

 言ってみれば私たちは家に引きこもった生徒を学校に行かせようとする先生みたいなもの……ちょっと違うか。

 まあ、説得できなきゃ出てこないってのは同じかもしれないけどさ。

 とりあえずレティシア皇女はリーシャ皇女の隣のベッドに、私はソファに横になった。


『よし、では────』

「あの!」


 いざ夢の中へ、と思ったとき、エリオットが声を上げる。んん? どしたん?


「僕も一緒に行ってはダメでしょうか?」

『お主もか? 別に子供が一人くらいなら問題はないが……』


 琥珀さんはちらりとレティシア皇女の方を見る。決定権はレティシア皇女にある。正直言って、エリオットを連れて行ってもどうしようもないと思うんだが……。一応、危険は少ないとはいえ、ゼロではないみたいだし、うちの皇太子様に万が一なにかあったら、私が怒られるんだぞ? わかってんの?


「夢の中でも『ギフト』は使えるんですよね? 僕の【重力変化】なら、相手を傷付けずに無力化することが可能です。ダメでしょうか?」


 ああ、そうか。確かに相手を傷付けずに鎮圧するならエリオットの『ギフト』は使えるね。

 レティシア皇女はじっとエリオットを見つめたあと、私の方へと視線を向けた。


「……サクラリエル様はどう思いますか?」

「え? えーっと、まあ、エリオットの『ギフト』は使えると思いますけど……」

「ならば構いません。少しでもリーシャを救けられる確率が上がるのなら」


 効率重視ってわけ? まあ仲間は多いに越したことはないけどさ。私の【店舗召喚】じゃ戦えないし。リンゼヴェール様からいただいた加護、【入店禁止】があるから、安全地帯を作ることはできるだろうけども。


『では始めるぞ。小僧はそこのソファに横になれ』


 琥珀さんに言われ、エリオットは素直に私の向かい側の三人掛けのソファに横になった。


『準備はいいな? いくぞ。────【コネクト】』


 どこからかやってきた琥珀さんの神気? らしきものが全身を包んだかと思ったら、私の意識はストンと闇の中へと落ちていった……。


 


 


 



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