◇106 挨拶回り
ベルフリート・テラ・リフレイン。
エリオットやジーンと同じく、『スターライト・シンフォニー』の無印、つまり『1』の攻略対象の一人だ。
ベルフリートは身体が弱く、線の細い少年で、エステルの一つ上の先輩に当たる。
物静かなこの先輩とエステルは偶然出会い、知り合いとなって、仲を深めていく。
確かにベルフリートルートに双子の姉として、メルフリースというキャラは登場する。
だけども彼女はベルフリートルートの悪役令嬢ではない。双子の弟とエステルの仲をからかうような立ち位置で、そこまで深くストーリーには絡んでこないのだ。
だから私もすぐには思い出せなかったわけで……。
「サクラリエル様? どうかいたしましたか?」
「あ、いいえ。リフレイン家に双子がおられると聞いていましたので、てっきり同性の双子かと思っておりまして。異性の双子だったのですね」
「ああ……。みなさんよく仰いますけれど、けっこう多いのですよ。男女の双子だと、性別も顔も同じではないので、別々にいると知らない人には双子だとは思われませんし、あまり認識されないのでしょうね」
言われてみると確かに。同性で顔が同じだから目立つのであって、異性で顔もそこまでそっくりじゃなければ、普通に兄妹姉弟か、親戚かな、で終わるのだろう。
実際、ゲーム中でもベルフリートはどちらかというと女顔だが、メルフリースにそこまで瓜二つというわけではない。普通の姉弟レベルである。
「サクラリエル様、このモンブランというものはどこかで買えるのでしょうか? 弟にも食べさせてあげたいのですけど……」
「ええと……差し上げることはできるのですが、こちらは二日も持たないかと存じます。明日には味に変化が始まり、明後日には食べることができないと思います」
確かリフレイン領って、皇都からそれなりに距離があったよね? そこまでモンブランは持たないと思う。腐ったのを食べさせてモンブランの価値を落とすのも、ベルフリートのお腹を壊させるのも不本意だから、これは断るしかない。
「それならば大丈夫です! 我が家にある【収納魔法】が付与された小箱には、【時間停止】の付与もされていますので……」
へえ。リフレイン家には【時間停止】のついた収納ボックスがあるんだ。
【収納魔法】が付与された箱や袋はけっこうあるらしいんだけど、【時間停止】も付与されているものは珍しいと聞いた。
確かお父様の持っている収納鞄には付いていたはず。皇王陛下からもらった私のポシェットには付いていない。
リフレイン家の収納ボックスはB5サイズの段ボール箱くらいの大きさしかないそうだが、それでもモンブランを六つくらいは入れられるんじゃないかな?
箱にさえ入れてしまえば、あとは振ったり落としたりしても中のモンブランにはなんの影響もないからね。リフレイン領まで問題な運べるだろう。
「ではそうぞお持ち帰り下さいませ。モンブラン以外にも弟君がお好きそうなお菓子があれば、それもご一緒に」
「ありがとうございます!」
一瞬、攻略対象に間接的にでも関わって大丈夫かと思ったが、モンブランくらいでなにかが変わるとも思えないので、あまり気にしないことにした。
「それと、その、図々しいと思いますが、天神木の実をいくつかいただけませんでしょうか……。弟にいい薬をあげたいのです」
おずおずとメルフリース様が申し訳なさそうにそんなお願いを口にする。
ああ~、ベルフリートって子供のころ病弱でほとんど外で遊べなかったって設定だったな。学院に入学するまで領地を離れたことがなかったって言ってたし、入学しても度々倒れていたからねえ……。
天神木の実……梅があれば、より良い薬を作ることができる。メルフリース様が欲しがるのも無理はない。
例のデュラハンロードとの戦いで、霊峰エルドラの天神木は根こそぎ倒されてしまった。
私が【聖剣】であのあたりを浄化したことにより、その後天神木の実から出た種が、芽を出したとは聞いたけど、それが育つまで何年もかかる。確か種からだと五、六年だっけ?
だから今のところ、この国で天神木の実を持っているのは私だけなのだ。正確には『実の塩漬け』だけれども。
本来なら、きちんとお父様たち《うえ》を通してやり取りするべきなのだろうけれど……メルフリース様も弟を思ってのことだろう。
何百個も取引するわけじゃないし、少しだけならお父様も許してくれるかな?
私はコンビニに売っていた、少量の梅干しのパックをポシェットから取り出してメルフリース様に手渡した。
「ではこれを。お先に渡しておきます。お代やその後の購入などはお父様を通して下さいね」
「あ、ありがとうございます!」
メルフリース様が手渡した梅干しのパックを胸に抱いてお礼の言葉を述べた。あんまし強く握ると、せっかくの服に梅酢がつくよ……。
感謝するメルフリース様に手を振りながら、私はリフレイン侯爵家とその派閥のテーブルを後にした。
「ふう……。律、次は?」
「次はアラベスク侯爵家、『伝統派』の御令嬢たちのテーブルですね」
「おおう、きたか……」
『伝統派』。お父様の属する『皇王派』と対立している派閥だ。
いわゆる『貴族をもっと優遇しろ』派だ。
ここの派閥は古い貴族が多い。それこそ建国の時から続いているような家系だけは立派な貴族たちだ。
だからこそプライドが高く、自分たちがこの国を支えていると本気で思っているような輩が多い。その筆頭が先日お取り潰しになったラグタイム侯爵家だった。
その連座でいくつかの家がお取り潰しになったが、伝統派自体が消えたわけじゃない。
ラグタイム侯爵家が消えた後、派閥内で誰がリーダーの座につくか多少揉めたようだが、結局アラベスク侯爵家がその座に収まったようだ。
「あちらのテーブルの中心にいらっしゃる御令嬢が、ドナテラ・ナウ・アラベスク様。アラベスク侯爵家の次女で、御歳十七歳。デビュタントはまだのようです」
十七歳って、本来デビューしててもおかしくないよね? 社交界デビューしてないんだ。だからこっちにいるのか。
社交界デビューはその家の都合によっていろいろとずれ込んだりする。
あまりにも遅いと『あそこの子供は社交界に出すこともできないほど、教育ができてないらしい』などと言われてしまうので、遅くても十八歳あたりにはデビュタントを迎える。
だからこのドナテラ嬢が『遅すぎる』ということはない。『遅め』ではあるが。なにか家の都合があるのか、それとも本人に何か問題があるのか。
デビュタントというものは、いわば貴族の社交界への御披露目だ。大人として娘が一人立ちしたことを周囲に知らせる成人式だ。
一生に一度のことだから、当然、その家はその娘のデビュタントに力を入れる。それこそその場で上級貴族に見初められる可能性だってあるのだ。手は抜けない。
そのため、資金を調達できるまでデビュタントを遅らせたという話はよく聞く。狙っている結婚相手が皇都にいないから時期をずらすなんてのもあるらしい。
まあ、そういったいろんな思惑によって、社交界デビューの時期は左右されたりするのだ。
早いと十三歳とかでデビューとかもあるらしい。そんで婚約が決まり、そのまま十四歳で嫁入りとかあるんだってさ。
地球日本の常識に囚われている私にとって、中学生で結婚とかありえないのだが、この世界の貴族だとありえなくはないんだとさ……。
うちのお母様だって、十五で結婚、十六で妊娠、十七で私を産んでいるからね……。いや、お母様も早い方なんだけども。結婚に関してはさらに家同士とか、いろんな条件も重なり合って、二十五くらいになることもあるとか。
……まあ婚期が遅れると、あそこの令嬢は何か問題があるんじゃないか? と噂されたりしちゃうらしいけども。
ドナテラ様は十七歳とのことだが、なんというか、さらに歳上に見えるな。化粧が濃いからかしら。あとその縦ロールの巻き髪はいただけない。一定数、この髪型の人いるんだよね……。そこまで流行ってはいないようだけどさ。
「ご機嫌よう、ドナテラ様。楽しんでいただけてますでしょうか?」
「……ご機嫌よう、サクラリエル様。楽しませていただいておりますわ。ところで、先ほどなにか騒ぎがあったようですけど、本当に大丈夫なのですか?」
まあ、聞いてくるよね。こちらの不手際はあちらの攻める口実になるかもしれないのだから。
「大丈夫ですわ。帝国内でもいろいろあるようで……。あちらはレティシア殿下がなんとかしてくれるそうなので、部外者である私たちは口を挟まない方がよいかと。どんな国でも一枚岩とはいかないものなのですね」
「……そうですわね。まったく帝国にも困ったものですわ」
ちょっとだけ皮肉を含めたのだが、伝わっただろうか。
あんたたちの派閥が余計なことを企むと、こっちもいい迷惑だって言外に言っているのだが。
ラグタイム侯爵家のお取り潰しは伝統派にとって痛かっただろうが、アラベスク侯爵家にとっては悪くない話だったのかもしれない。
伝統派のトップの座が勝手に転がってきたんだからね。さすがにこの短期間でまた騒動を起こすとは思わないけど、なにか裏で余計な暗躍は始めてそうだ。
まあ、こっちも七音の一族がいるから、情報戦では負けないけどね。
「それにしても、皇太子殿下が乱入してくるなんて、今回の秋涼会はどうなっているのかしら」
「まあ、子供のすることですから……」
ぐう。そこを責められるとなんとも言えない……。子供の私が『子供のすること』なんて、お前が言うな、って話だ。
確かにエリオットたちの乱入は褒められた話ではない。そこまで厳罰にする問題でもないが、明らかにマナー違反だ。大きくはないが、これは間違いなく皇王派の失点となる。
「子供とはいえ、未来の皇王陛下ですのよ? もう少し自覚を持っていただきたいものですわ。ああ、サクラリエル様にとっては皇太子殿下の失点はありがたいのかもしれませんが」
こんにゃろう。エリオットを蹴落として私が女皇王になろうとしているなんて、ろくでもない噂をばら撒いたのはお前らだろうに、なにをいけしゃあしゃあと……!
「あれくらいで失点など大げさですわ。皇太子殿下のあの行動力があってこそ、初代様の宝物庫を見つけることもできたわけですし。無謀な企みをしてお家をお取り潰しになるような、どなたかの失点に比べれば些細なことです。ああ、アラベスク侯爵家にとってはあれはありがたい失点でしたか」
「まっ……!」
かあっ、と顔を赤くするドナテラ嬢。ふん、同じことを言われた気分はどうだい。ま、私と違って、アラベスク侯爵家にとって、ラグタイム侯爵家のお取り潰しは本当にありがたかったのかもしれんが。
「では引き続きお茶をお楽しみ下さいませ。ご機嫌よう」
なにか切り返してくる前にさっさとこの場を離れる。あー、嫌だ嫌だ。なんでこんな嫌味の応酬をせにゃならんのか。楽しくお茶を飲んでなさいな。
「サクラリエル様、次はあちらのテーブルの……」
「はいはい……」
律に言われるがまま、次のテーブルに挨拶へと向かう。半年後の春陽会でもまたこれをやるのか……。なんとか挨拶回りをしなくてもいい方法はないかねえ……。
ああ、カセットレコーダーに挨拶や料理の説明なんかを吹き込んでおいて、各々のテーブルで再生してもらうってのはどうだろ? ダメかな……ダメだろうなあ……。




