◇104 暗殺の黒幕
「早く医者を! それとレティシア殿下にここの物を飲食してはなりませんとお伝えして!」
ザマス侍女頭が叫び、お付きの侍女がレティシア皇女のいる庭園へと走り出した。
倒れているリーシャ皇女を見ながら、私の頭はパニックに陥っていた。
毒? スポドリに毒が? そんな馬鹿な。
だけどもあのスポドリは氷水の入った樽の中に入れてあって、誰でも触れることができた。混入された可能性はゼロじゃない。だけど、なんの目的で!?
まさか伝統派が秋涼会の失敗を狙って……!?
……って、それどころじゃない! リーシャ殿下を救けなければ!
そうだ! エステルの【聖なる奇跡】なら! 毒も消せるはず……ってエステルはいないんだった! お手洗い長くない!?
解毒剤……は、城の医務室にあるとは思うけど……! ここまで間に合うかどうか……あっ!
思い出した!
リオンがうちに置いていったポーションセット! 四次元ポシェットに突っ込んでおいたんだった!
私は肩からかけた四次元ポシェットから、解毒のポーションを取り出した。
ラベルを確認する。よし、間違いない!
急いでリーシャ殿下にポーションを飲ませようとする私だったが、ザマス侍女に手を叩かれてその小瓶を取り落としてしまう。
「な……!?」
「なにをする気です! また毒を飲まそうというのですか!」
「違う! これは解毒のポーションで……!」
「信じられません! 余計なことをしないで下さい!」
この、わからずや!
どうしよう。時間が経つほど助かる可能性が低くなる! 仕方ない、ここは琥珀さんに頼んでこの侍女頭を……!
「────【重力変化】」
「っぐぅ!?」
突然、侍女頭が地面に這いつくばって動かなくなった。その後ろにいた女性の護衛騎士も同様に。まるで重さに押し潰されているような……って、これは……!
「サクラリエル、解毒薬を!」
「エリオット!?」
ガゼボを囲む生垣の中から出てきたのはエリオット、ジーン、リオンの三馬鹿、いや、三人だった。
なんでそんなところから出てきた!? いや、それより一国の皇子がこんなことしていいの!?
「解毒薬を早く! 手遅れになります!」
「わっ、わかった!」
突然の出来事にパニクっていた私だったが、リオンに怒鳴られ、落ちていた解毒薬を拾ってリーシャ殿下の元へと駆け寄った。
小瓶の蓋を開け、無理矢理に口の中へと流し込む。これ、飲み込んでいるのかな? 大丈夫?
「この解毒剤は体内に入ればすぐに吸収され、体内の魔素に反応して全身に広がります。すぐに効果が出るはずですよ」
心配そうにしていた私にリオンが説明してくれる。それって口内から解毒作用が全身に広がるってこと? なら大丈夫……なのかしら?
「症状からしてベルサスの毒ですね。飲んだのが少量みたいでよかった。もう少し多めに摂っていたら間に合わなかったかも……」
リオンの呟きにゾッとした。一歩間違えればリーシャ殿下は死んでいたのか。
しばらくすると、だんだんとリーシャ殿下の呼吸が緩やかになってきた。顔色も少しは良くなってきたように見える。もう大丈夫……かな? はぁぁ……、一時はどうなることかと……。
「────これは一体どういうことです?」
ほっとしていた私に、そんな底冷えするような冷たい声が背後から飛んできた。
振り向くと、全身に冷気を纏ったレティシア第四皇女がこちらを射殺すような目で睨みつけていた。
「レティシア殿下……! あのっ、これはですね……!」
「レティシア殿下! 皇国の者たちがリーシャ殿下に毒を!」
エリオットの『ギフト』、【重力変化】で地面に押さえつけられている侍女頭がそう叫んだ瞬間、レティシア皇女からさらに冷たい怒りというような殺気が溢れてきた。怖い……!
「我が妹に毒を盛るとは……! 皇国はここまで愚かでしたか!」
感情の爆発と共に、レティシア皇女の周囲が凍りついていく。なんだこれ!? これってレティシア殿下の『ギフト』なの!?
ここでの『ギフト』は皇族以外は封じられているはずなのに……! それを破るほどの威力があるっていうの!?
マズい……! まさか攻撃はしてこないだろうけど、とにかく落ち着いてもらわないと……!
私がこの危機をどう切り抜けるか考えていると、不意にエリオットがすっ、と前に出た。
「お待ち下さい! 確かにリーシャ殿下に毒が盛られてしまいましたが、犯人はすでにここに取り押さえております! 故にこれは皇国の問題ではなく、貴国の問題かと!」
エリオットの言葉にピク、とレティシア皇女の眉根が動く。
犯人をすでにここに取り押さえて、って……え?
私が侍女頭を見ると顔色が真っ青になっている。
「……そこの侍女頭がリーシャに毒を盛ったというのかしら?」
「お疑いならご自身でお確かめになられてはどうかと。まだ彼女のスカートのポケットに毒薬の小瓶があるはずです」
レティシア皇女がカツカツと、エリオットの横を通り抜け、侍女頭のスカートのポケットに手を入れる。
やがて取り出したその手には毒々しい紫色をした小瓶が握られていた。
え、なんでエリオットがそんなこと知ってるの!?
不思議に思っていた私はジーンの手にオペラグラスが握られているのに気がついた。お前ら……覗いてやがったなあ?
「ちっ、違います! これは……! これは皇国の者たちの罠です! そのような小瓶など私は知りません!」
侍女頭が真っ青な顔をしてレティシア皇女に訴える。
「と、この者は申していますが?」
「ありえんな。リーシャ殿下が倒れてから、その侍女頭のポケットにそれを忍ばせるような者はいなかった。仮にそれ以前に忍ばせてあったとして、そこの侍女頭はそのような小瓶が自分のポケットに入っているのに、いつまでも気付かないほど馬鹿なのかの?」
と、ティファがレティシア皇女にそう返す。この証言は皇国の人間じゃない方がいいと思ったのだろう。ありがたい。
でもなんで侍女頭がリーシャ皇女に毒を? そんなに嫌いだったのかしら? いくらなんでも自国の皇女に毒を盛るなんてやり過ぎでしょ。しかもこんな催し物の最中で。
危うく私たちが犯人にされるところ……。え、まさか……。まさかそういうことなの?
「────ダルケル兄上ですね」
凍てつかせるようなレティシア皇女の声に、ビクッ、と侍女頭が真っ青な顔で俯く。おいこら、沈黙は肯定と取るぞ。
確かダルケルってのは帝国の第二皇子の名前だったな。そいつが黒幕か。
「もともと私はリーシャを連れてくることには反対でした。それをダルケル兄上が強引に押し通したのはリーシャの死をきっかけに、皇国に宣戦布告をする大義名分が欲しかったから。違いますか?」
「ち、ちがっ、違います……! これは、これは私の独断で……!」
「見苦しい。こそこそとお前がダルケル兄上の部下と、なにかやり取りをしていたことはわかっています。皇国内の状況を知らせているだけかと思い、黙認していましたが……。まさかこのような愚かなことを考えていたとは思いもしませんでしたよ」
ギロッと睨まれた侍女頭は、ひっ、と声を飲んで、ガタガタと震え出した。またもレティシア皇女の全身から冷気が漏れ出している。
「利己的なくだらない戦争の引き金に自らの妹の命を使うとは……! そこまで堕ちたのならもう私も黙ってはいません。ダルケル兄上は我が帝国の皇帝に相応しくない。今をもって私はフロスト兄上につくことにします。絶対に戦争などさせません……!」
おお……? ひょっとしてだけどレティシア皇女って、リーシャ皇女のことをけっこう大切に思ってる? 表情からはさっぱりわからないんだけども。
フロストってのは確か第一皇子だったか。中立派だったレティシア皇女が第一皇子派に回るとなると、帝国のパワーバランスが一気に傾くんじゃない?
うちだって戦争なんてまっぴらごめんだから、第一皇子派が力をつけるのはありがたいけど……。
「レティシア殿下。リーシャ殿下を医務室へ。毒は抜けましたが、ベルサスの毒は身体的、精神的な障害を多数与えます。リーシャ殿下にどれだけの影響があるかわかりません。回復・治癒魔法もかけた方がいいと思います」
リオンがレティシア皇女の前に出てそう提言する。毒が抜けただけで、まだ予断を許さないってこと?
「……そうですね。お前たち、リーシャを……っ!?」
レティシア皇女が背後にいた側仕えの侍女に、リーシャ皇女を運ばせようとした次の瞬間、彼女の身体からぼんやりと光る茨のようなものが現れ、全身を覆うように広がっていった。これは……。
「【夢幻庭園】……!」
「【夢幻庭園】?」
レティシア皇女が発したその言葉を思わず私はオウム返しに聞き返してしまった。
「夢の神、ドリム様から授かったリーシャの『ギフト』です。あの子が夢を見ると、その一部が幻となって周囲に現れるのです」
それは……。なんとも微妙な『ギフト』だなあ。夢の中身を他人に知られるってこと? あまり嬉しくはない『ギフト』だね……。まあ『一部』なら細かい内容まではわからないっぽいけども……。
リーシャ皇女の全身は薄緑に光る茨に守られるように包まれている。茨が出てくる夢を見ているってことなのかな?
「その茨はあくまでも幻。運ぶのに問題はありません。リーシャを医務室へ。案内を頼みます。侍女頭と護衛騎士は共に捕縛をお願いします。尋問には私も立ち会いますので」
「護衛の騎士もですか?」
「その者もダルケル兄上が差し向けた者ですから」
ありゃま。リーシャ皇女の周りは第二皇子派で固められていたってことか……。そりゃリーシャ皇女も舐められるよね。自分たちの上が切り捨てようとしてるんだもの。
駆けつけたうちの女性騎士たちが、侍女頭やリーシャ皇女の護衛騎士を捕縛していく。
「サクラリエル様は会場の皆様に問題は解決したとお伝え下さい。このようなことに至り、申し訳ありません。帝国を代表してお詫び申し上げます」
レティシア皇女は見事なカーテシーをして、運ばれるリーシャ皇女と共に庭園を去っていった。
立ち去るその姿を目で追いながら、招待客がざわめき出す。え、ちょっと待って、これ私が落ち着かせるの!?
ざわざわと騒ぎ出した令嬢たちにどうすればいいか、軽くパニックになる。えーっと、えーっと……ど、どうしたら……!
「【鎮静の小波】」
不意に静かな波音が頭の中に響き、パニックになっていた気持ちが静かに落ち着いていく。あれ? 何を慌てていたんだろ……。
「皆様、どうか落ち着いて下さい。少々いざこざがございましたが、問題は解決致しました。説明は後日お知らせ致しますので、引き続きどうぞお茶をお楽しみ下さい」
透き通る声を響かせて現れたのは皇后様だ。今のって皇后様の『ギフト』?
「母上の『ギフト』、【鎮静の小波】だ。周囲の者の心を落ち着かせる効果がある。こういった時にはうってつけの『ギフト』だよ」
エリオットが不思議に思っていた私に説明をしてくれた。確かにさっきまでざわついていた御令嬢たちが、静かになって再び会話をし始めている。どうやら私を含め、パニックにはならずに済んだようだ。
精神干渉系の『ギフト』か。心に作用する『ギフト』は珍しいって聞くけど……。
皇后陛下は未成年の御令嬢方に一礼すると私の方へと視線を向けた。
「ではサクラリエル、引き続きここはお願いしますね」
「あ、はい! わかりました!」
「それと……」
顔は笑っているが、明らかに笑ってはいない目で、皇后様は私の後ろに立つ男子三人に睨みを利かせる。エリオットたちがビクッと直立不動の姿勢になった。
「そこの三人。ここは男子が来るべきところではありませんよ? あとでしっっっっかりと、お話を聞かせてもらいますので、覚悟しておきなさいね?」
「は、はい、母上……」
「やべぇ、母さんに殺される……!」
「僕は巻き込まれただけなのに……」
三人とも青ざめた顔をして落ち込んでいる。私としては助かったんだけど、皇后様からすれば、『それはそれ、これはこれ』なんだろうなあ。
連行されるように皇后陛下についていた護衛騎士に三人が連れて行かれる。
それをポカンとした顔で見ているエステルの姿があった。あ、やっと戻ってきた。
「え、と……い、いったいなにが!?」
去っていく皇后様と連行されていくエリオットら三人を見ながら、プチパニックになっているエステルを私は苦笑してみていた。
エステルにも皇后様の『ギフト』が必要だね。




