◇103 帝国の内情
ケーキでお腹が膨れた後は、お茶で口をさっぱりとしたいところだが、ここで私が用意したのは炭酸ジュースだ。
キッチンカーのコーラなどですでに経験済みのティファ、ルカ、エルティリアちゃんは平然と美味しそうに飲んでいるが、リーシャ皇女は目をパチクリさせて驚いていた。そして口を押さえてなにかを堪えている。え、なにかまずかったか?
「けぷっ……失礼」
ルカが小さく噯気を出したことで私にもわかった。つまりはゲップを我慢しているんだ。
あちゃー……しまったなあ。驚いてもらえると思って炭酸ジュースにしたけど、マナー的には無しだわ、これ……。
「律、炭酸じゃない別のジュースを」
「はい」
後ろに控えていた律が、ガゼボの外に置いてある大きな樽のところへ向かう。樽の中は氷水で満たしてあり、その中から律が冷えたペットボトルを一本取り出した。
こういった飲み物のストックは至るところにある。すぐに飲めるようにグラスも置いてあるのだ。
横にあるテーブルからグラスを一つ取り、中身を注ぐ。ラベルは剥がしているが中身はスポーツドリンクだ。
「どうぞ」
なんとかゲップを出さずにすんだリーシャ皇女が、渡されたコップを受け取り、それを一口飲む。
「甘い……。とても美味しいです……!」
「それはよかった」
今度は満足したように微笑むリーシャ皇女。ふう、なんとか失点を取り返せたかな?
「美味しそう。私もそれ欲しい」
「わ、私も同じのを!」
「わらわもじゃ!」
えー……? もういいや、それぞれ二リットルのやつを渡すから自分らで注いで飲みなよ……。
律がそれぞれ後ろに控えるメイドさんたちに二リットルのペットボトルを渡す。各自勝手に注いでもらえ。
見たこともない素材の入れ物と閉め方の蓋にメイドさんたちが驚いている。
ティファのメイドさんがグラスにそれを注ぐと、彼女はすぐにそれを一気飲みしてしまった。
「美味い! 甘くて飲みやすいな、これは!」
「本来は運動なんかで体から失われた水分や栄養を効率良く補給できる飲み物なの。脱水症状の回復や、炎天下の熱中症防止なんかにいいのよ」
「なんと……! それは我ら砂漠の民にはうってつけの飲み物ではないか……! サクラリエル、これも……」
「あー、交渉は陛下としてちょうだい」
ティファがぬう、と顔をしかめる。ある程度の数なら売ってもいいと思うけど、そんなにものすごく数を揃えられるわけじゃないしね。
ルカやエルティリアちゃんもスポドリを美味しい、美味しいと飲んでいる。リーシャ皇女も気に入ったようだ。
さて、接待役としてはここらで場を盛り上げなくてはならないのだが……。いったいなにを話したらいいのやら。
「さ、最近どう?」
「どう、とは?」
失敗した────ッ! 怪訝そうにこちらを見てくる四人に、私は内心冷や汗をダラダラとかいていた。
なんだよ、『最近どう?」って! 子供と会話ができないお父さんかよ! もうちょっとなんかあるでしょ!? こう、なんか!
「最近のう……。最近聞くのはサクラリエルの話ばかりじゃな」
「あ、プレリュードもそう」
「え? 私?」
ティファとルカが意外な方向に会話の舵を切った。私の話ってなにさ?
「暗黒竜を倒したと思ったら、禁忌の魔剣を折り、更には精霊樹を復活させ、呪病から民を救ったと次から次へとシンフォニアからの噂が入ってきたぞ?」
「うん。あまりにも信じられない話なんで、嘘だっていう人もいる。ホントなの?」
「ホントですよ! サクラリエル様は精霊樹を復活させてくれました! それに二度と精霊樹が弱らないように、特別なお薬まで作って下さったんです!」
その話かぁ……。いや、エルティリアちゃん、特別なお薬って、それ唐辛子とハバネロの除虫液だよね? それに精霊樹の復活は私の手柄じゃないし! エステルだし!
とはいえ、それを言い出せるわけもなく……。
「で、どうなの?」
「む、ぐ、概ね、間違ってはいない……」
私が苦々しい声を絞り出すと、反対に周囲からは『おおー……』と感心の声が聞こえてきた。私一人がやったことじゃないんだけどなあ……。
「サクラリエル様は凄いのですね……」
「うむ、サクラリエルは凄いのじゃ! お主なかなか話がわかるのう!」
ティファに褒められた(?)リーシャ皇女が少しだけ嬉しそうに照れ笑いする。笑うと可愛いのにな。もう少しオドオドした態度を直せればいいのだけれども。
たぶんリーシャ皇女は自分に自信がないのだろう。皇女でありながら、いてもいなくてもいいような扱いをされ、このままでは政治的にいいように利用されて、政略結婚が関の山だと思う。
この子、ゲームではまったく名前も存在も聞かなかったんだよな……。まああの俺様皇子には兄弟姉妹がたくさんいたらしいから、そのうちの一人なんて制作会社も把握していないんだろうけど。
九女神様の話だとゲームの方が模倣品で、この世界の方がオリジナルらしいからな……。ゲーム化の段階で消えた設定や削られたキャラもいるだろうし。
もしくは……ゲームの開始の時代までに、すでに亡くなっている……なんてことはない、よね?
「そう言えば帝国の話もちらほら聞くのう。なんでも第一皇子と第二皇子が反目しているとかいないとか? そこんところどうなんじゃ?」
一転して鋭い目でリーシャ皇女を見つめるティファ。これは探りを入れているな……。帝国はティファの国であるメヌエット女王国とも接している。帝国の内情を知るチャンスを逃すまいとしているのだろう。
それはここにいる私たちも同じ。仲が良かろうが悪かろうが、他国の情報に対するアンテナは常に張っておかないとな。
「えっと、その……。よくわかりません……」
「わからないとはどういうことじゃ? そなたの兄上たちのことじゃろ?」
俯いて答えるリーシャ皇女に、片眉を吊り上げて訝しげな表情を浮かべるティファ。
帝国の第一皇子派と第二皇子派が仲悪いってのは私も少しだけ皇王陛下から聞いた。うちの派閥争いのようなもんかと思ったが、内情はちょっと違うっぽい。
なんでも第一皇子が病気で健康面で不安があるため、第二皇子が皇太子になるかもしれないという話だ。
帝国の皇帝がどちらかというと第二皇子よりらしいが、第一皇子の母親の実家である公爵家を蔑ろにはできないため、未だ皇太子の変更はないようだが。
この第二皇子ってのが、皇国を敵視しているバリバリなタカ派であるため、こちらとしては『頑張れ第一皇子!』という気持ちなのだけれども。
ただなあ……。ゲームの世界ではこの第二皇子が皇帝になっちゃってるんだよね、確か……。
皇国とあわや開戦!? みたいなシナリオもあったし……。
「その、私はあまり兄上たちとはお話はしないので……」
「仲悪いの?」
おおう……。ルカさんや、ズバッと聞くね……。
「そ、そうですね……。あまり仲がいいとは……。私は皇位継承順位も低いので……」
「でも兄弟姉妹なんですよね? その皇位継承順位とかって関係あるんです?」
おおっと、エルティリアちゃんもぶっ込んできた。まあね、エルフの方々からすれば、そんなの関係ないと思うよね。
「帝国では何よりも生まれが重視されます。リーシャ様は皇帝陛下の血を継いではいますが、生んだ方は身分の低い最下級の側妃です。正妃様や身分の高い側妃様のお子である他の殿下方とは生まれからして違うのですよ。同列に考えることは失礼にあたります」
と、リーシャ皇女の後ろにいたザマス眼鏡の意地悪侍女頭がエルティリアちゃんの疑問に答える。あんたにゃ聞いてないよ。
リーシャ皇女はそれに反論することもなく、ただ俯いているだけ。
「……なるほどの。じゃが、主人を差し置き言葉を挟むとは、いささか不敬ではないか?」
「リーシャ様では答えにくいことかと思いましたので。殿下を思うがあまりの出過ぎた発言でした。お許しを」
ティファの言葉にも臆せず、しれっと答えるザマス侍女頭。思うがあまり? とてもそうには思えなかったけど。
確かにリーシャ皇女からは言いにくい話だったとは思うけどさ。
「リーシャ皇女は皇宮で普段何をしているのじゃ?」
「お勉強をしている以外、特には……。何もするなと言われているので……」
「何もするな、とは? 穏やかではないのう」
「誤解なきよう申しますが、リーシャ様はいずれどこかの帝国貴族へと嫁ぐ身。その身に何かあってはと皇帝陛下の深いご愛情からのお言葉でございましょう」
「……で、あるか」
またもしゃしゃり出てくるザマス侍女頭。その言葉も嘘くさい。やはり皇宮にはリーシャ皇女の味方はいないようだ。
「……あ、あとはその、ちょっとだけ絵を描いたりします」
「ほう、絵か。どのような絵を描くのじゃ?」
「え、と、小さい動物とか……」
リーシャ皇女はそう言って、私の足下で丸くなっている琥珀さんに視線を送る。いや琥珀さん、本当はすごくでっかいけどね……。
「絵なら私たちもこの間描いた。エステルがすごく上手かった」
「エステル?」
「わらわたちの友じゃ。この国の男爵令嬢でな、あそこに……む? おらんな? 手洗いか?」
ティファの言葉に振り向くと、確かに先ほどまで座っていた席にエステルがいない。お手洗いかな?
この会場からお手洗いまでは少し遠い。私のトイレがある店を召喚する話もあったのだけれど、わざわざ手の内を晒す必要はないと陛下に却下されたらしい。ま、すぐに戻ってくるだろう。
「……男爵令嬢とご友人なのですか? 王女殿下が?」
「関係ないの。エステルはいいやつじゃ」
「ん。優しい子。お菓子を譲ってくれる」
なんだろう、ルカのいう優しさはちょっと違うような……。まあ、いい子だってのは概ね認めるが。時々黒いところが見える気もするけど……。
王女と男爵令嬢と仲良しということが信じられないのか、リーシャ皇女が口を開けたまま動きが止まっている。まあ、普通はありえないよね。下級貴族の子女と王族では身分が違い過ぎる。身分制度の厳しい帝国なら尚更だろう。
「帝国ではありえませんね」
「そう……ですね……」
いつの間にか空になっていたグラスにザマス侍女頭がスポドリを注ぎながらそう言えば、リーシャ皇女が力無く答える。
本当にね……身分なんて下らないと思うけど、貴族である以上、それに縛られるのは仕方がない。
だけども、身分が違うからといって、仲良くなれないわけじゃない。うるさく言ってくるやつはいるだろうが。
公的な場では仕方ないとしても、プライベートな場では身分なんか関係なく仲良くできればいいのにね。
私がそんなことを考えていると、不意にゴトン、とテーブルに何かが落ちる音がした。
見るとリーシャ皇女がグラスをテーブルに落として、スポドリをぶちまけてしまっている。あーあー、やっちゃったな。
「律、代わりのテーブルクロスを……」
私が後ろに控える律にそう話しかけたタイミングで、隣にいたリーシャ皇女が私の方に倒れてきた。
「ちょっ……!?」
慌ててリーシャ皇女に手を伸ばし、抱きとめたが、勢いで私まで椅子から転げ落ちる。
見ると、リーシャ皇女は全身を痙攣させ、眼が見開き、呼吸もうまくできていないようだった。なにこれ……!? 何かの発作!?
ドン! と、呆然とする私を押し除けて、ザマス侍女頭がリーシャ皇女を抱き上げる。
「殿下!? 大丈夫ですか、殿下! まさか……まさかこの飲み物に毒が!?」
「はあ!?」
ザマス侍女頭が口走ったとんでもない発言に、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。




