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◇102 秋涼会の始まり





 秋涼会開始の時間が近づくにつれ、ちらほらと招待客がやってきた。

 基本、やってきた招待客は、この会の代表者である皇后様と皇太后様にご挨拶をする。

 私やお母様は接待役ではあるが、主催者ではない。あくまでも皇室のお手伝いであるということを示さなければならないのだ。故に後ろの方に控えている。

 それにしても……。


「えっ!? こちらが皇太后様!?」

「どう見ても皇后様と姉妹にしか……!」

「わ、若返りの秘薬の噂は本当だったのですね!?」


 お祖母様の人気のすごいことすごいこと。まあ、そうだよねえ……。どう見ても二十代後半くらいにしか見えないもん……。

 例の『上級化粧水』でバリバリに肌の若返ったお祖母様は訪れた貴婦人たちの注目の的だ。やはり貴族女性も若さの秘密は知りたいらしい。

 しかしそれにあまり興味がないのは、当たり前と言えば当たり前だが、若い世代の少女たちである。

 うん、まだお肌がピチピチだからね。

 お祖母様を取り囲む貴婦人たちから外れて、未成年者が集まるこちらへとやってくる。


「初めまして、サクラリエル様。私は……」

「我がブブゼラ家は代々北方の……」

「素敵なドレスですわね! いったいどこで……」


 次から次へとご挨拶にやってくる令嬢たちに、私は貼り付けたような笑顔で挨拶して、会場の方へ向かうように促す。

 初めの何人かはちゃんと聞いていたけど、十人目くらいから右から左へ耳の中を通り抜けるだけになってしまった。


「挨拶が……挨拶が長い……!」

「それは仕方ありませんよ。皆、自分の家を売り込もうと必死ですから。逆に対抗派閥の令嬢はスルッと抜けていったでしょう?」


 私の愚痴に後ろに立っていたビアンカが小声で答える。

 確かに伝統派の家の子らは、型通りの挨拶を交わしたらさっさと会場の奥へと行ってしまったな。親にあまり関わるな、と言われているのかもしれない。

 この時ばかりは派閥争いがありがたかった。ただでさえ竜退治やら魔剣殺しやらで変に【聖剣の姫君】としての名が一人歩きしているからな……。

 親に言われたんだろうけど、一定数擦り寄ろうとしてくる令嬢がいる。露骨に避けるわけにもいかず、引き攣った笑顔と言質を取らせない曖昧な返事でなんとか乗り切っていく。

 基本的にこっちに来るのは未成年の令嬢とはいえ、上級貴族になればなるほど、護衛や側仕えがいる。

 それはうちのビアンカや律のように同じく未成年者であるとも限らず、大人のメイドや女性騎士だったりするから、なおさら気を抜くわけにはいかなかった。

 絶対にこの人たちから私の話が、そこの家の当主にまで報告されるからなぁ……。


「サクラリエル様!」

「あっ、エステル!」


 げんなりしていた私の元へ、淡い桜色と白のゴスロリチックなドレスを着たエステルがやってきた。

 その後ろではエステルのお母さんであるユリア先生が皇后様たちにご挨拶をしている。お祖母様の変わりようにユリア先生も驚いているようだ。


「あっ、サクラリエルにエステル」

「なに? おお、二人とも変わったドレスじゃな」


 私がエステルと話していると、さらに後ろからルカとティファがやってきた。その後ろにはティファの姉であるネロ殿下が皇后様とお祖母様に挨拶をしている。

 二人とも護衛の女性騎士と側仕えのメイドさんを引き連れていた。さすが王家に仕えるだけあって、どちらにも隙がない。

 エステルも含め、みんなとおしゃべりに興じたいところだが、まだ挨拶しなきゃならない招待客がいるため、奥の会場の方へ向かってもらった。

 三人が楽しそうに話しながら去っていく。いいなあ、私も早くこの業務から離れたい……。

 訪れる未成年の御令嬢に私は機械的に挨拶を交わしていく。足下にいた琥珀さんなどもう完全に飽きて、私の後ろの低木の下で丸まって寝始めた。

 この子一応、私のボディガードなはずなんだけどな……。危険はないってこと? 本当にそうならまあいいけど……。

 私が小さな諦めのため息をついた時、会場入口にアイスブルーのドレスを着たアレグレット帝国の第四皇女殿下がやってきたのが見えた。


「この度はお招きありがとうございます」

「お、お招きありがとうございます……」


 相変わらずの無表情さで皇后様とお祖母様にカーテシーで一礼するレティシア皇女。そしてその隣で同じように挨拶をするミントブルーのドレスを着たリーシャ皇女。

 その辿々しい挨拶にレティシアのギロリとした目がリーシャに向けられ、彼女は俯いてしまう。

 いや、それぐらいは許してやれよ……。どんだけ厳しいんだよ。

 レティシア皇女は皇后様たちと話し始め、リーシャ皇女はこちらへおずおずと向かってくる。その背後には初対面の時にいたあの意地悪そうな侍女頭と、やる気のなさそうな女性護衛騎士がついていた。


「本日はよろしくお願い致します、サクラリエル様」

「ようこそ、リーシャ殿下。今日は楽しんでいただけると嬉しいですわ」


 お互いカーテシーでご挨拶。先ほど姉に睨まれたのがよほどこたえたのか、元気なさげに会場の方へと歩いていく。

 その後、ミューティリア、エルティリアのエルフ姉妹に、福音王国の聖女・ルーレットさんもやってきた。

 ルーレットさんは琥珀さんに声をかけたそうだったが、すやすやと寝ている姿を見て諦めて会場の方へと去っていった。

 それからも何人かの貴婦人・令嬢を迎え、ついに秋涼会の始まりを告げる音楽が流れ始めた。

 大庭園の中央付近に陣取った宮廷音楽家のオーケストラが静かに音楽を奏で始める。

 流れてきた音楽はチャイコフスキー作曲『くるみ割り人形』からの『花のワルツ』だ。

 すごいな、完璧に再現している。とても耳コピした演奏だとは思えない。

 よく見るとオーケストラの編成が全員女性だな。指揮者まで女性だ。そこまで徹底するか。

 まあ、男性がいてはとても話せないような話題があるかもしれないしな……。

 第一ヴァイオリンのコンミスのところには私の音楽の先生であるパメラ女史がいた。最近ではギターをかき鳴らしているロックな姿しか見てないが、やっぱりヴァイオリンの方がしっくりくる気がする。


「さて、ここからが本番ね。サクラちゃん、そっちは任せたわよ?」

「はーい……」


 お母様に激励(?)をもらい、私も任された現場へと向かって歩き出す。

 やっとか、とばかりに伸びをした琥珀さんもてくてくとついてきた。

 私が任された南東の庭園へ行くと、すでに何組かのグループで固まって、お茶やお菓子に舌鼓を打ち、おしゃべりに花を咲かせているようだった。

 とりあえずパッと見たところ、問題は起こってはいないようだ。そんなに早く問題を起こされてもこっちも困るけどさ。

 まずは庭園の南東にある大きなガゼボへと足を運ぶ。池のほとりに作られた、白くお洒落なガゼボである。

 ここは暗黙の了解で、一番身分の高い者が使うことになっているのだ。

 つまり──王族。

 故に現在、そのガゼボにあるテーブルにはルカ、ティファ、そしてリーシャ皇女にエルティリアちゃんが座っていた。エルティリアちゃんもエルフの長の娘だからな。そこに座る資格はある。

 そしてそれぞれの背後には側仕えと護衛が控えていた。

 ルカやティファと一緒にいたエステルは違う席に座っていた。逃げたな……? 一応、ここは王族らが使う場所だが、許可さえあれば誰でも招かれることはできるらしい。

 まあ男爵令嬢が他国の王族と席を一緒に、なんて、後で何を言われるかわかったもんじゃないから、エステルが逃げる気持ちもわかるけどさ。

 ルカやティファだけならたぶんエステルが同席しても問題なかったのだろうけど、リーシャ皇女とエルティリアちゃんもいるからなあ……。

 温厚そうな二人なら許してくれるかもしれないが、あの意地悪侍女はキーキーとなにか嫌味を言いそうだ。

 しかし、ガゼボに近づいても全く会話が聞こえてこないな……。

 ええ……? 楽しい会話とか無し? ちょっと待って、なんか気まずい感じですか?

 ガゼボの低い階段を上がると、四人は無言で目の前にある『ラヴィアンローズ』のショートケーキに夢中になっていた。どうやら会話がなかったのはこれのせいらしい。ホッとした気持ちと、いいのかそれで? という気持ちが混じり合い、微妙ななんとも言えない感情に流されそうになったが、グッと堪えて笑顔を浮かべる。


「皆様、楽しんでいただいてますか?」

「おう! サクラリエルか! こんなものを隠しておったとは、相変わらず侮れんやつめ!」

「美味しい……美味しすぎて怖い……!」

「やっぱり何度食べても美味しいでふ!」


 ティファ、ルカ、エルティリアちゃんがもぐもぐと口いっぱいにケーキを詰め込んでいる。喜んでくれてなによりだが、リーシャ皇女がフォークを咥えたまま動いていない。え、大丈夫か、これ……?


「リーシャ様?」

「はっ!? す、す、す、すみません、あまりの美味しさに意識が飛んでしまったようです……!」


 いや、どんだけよ。帝国にだって美味しいスイーツの一つや二つあるんじゃないの?


「て、帝国のお菓子は砂糖で固められたような、もっとくどい感じのものです。舌の上にずっと残る甘さというか……」

「あー……」


 なんとなくわかった。溶けた砂糖をお菓子にコーティングしたようなやつ……。触るとベタベタするような。ああいったお菓子かあ……。美味しいやつは美味しいんだけどね。


「これはサクラリエルしか作れぬ菓子じゃ。帝国にもあるまい。どうだ、驚いたであろう?」

「いや、材料と技術、根気さえあれば誰にでも作れるよ?」

「なっ、ぬっ!?」


 リーシャ皇女にドヤ顔していたティファが驚いた顔でこっちを振り向く。いや、なんであんたが驚いてんのさ……。

 生クリームは牛乳で代用できるし、懸念だったチョコレートも作れるようになったからね。ほとんどのケーキは作れるんじゃない? 


「つ、作り方を教えては……」

「うーん、私は別に教えてもいいと思うんだけど、一応皇王様に止められているからさ。そこは国同士の交渉になるんじゃない?」

「むう……。残念」


 少し膨れた顔をしたルカだったが、もう一口ケーキを頬張るとすぐにふにゃっとした顔になった。


「……サクラリエル様はティファーニア様とルカリオラ様、お二人と親しいのですね」

「うむ! 真剣勝負をした戦友じゃからな!」

「ん。親友」


 リーシャ皇女の言葉に二人ともふふんと胸を張る。

 いや、ティファの言ってる勝負ってトランプのことだよね?


「わ、私とも仲良しですよ!」


 負けじとエルティリアちゃんが手を挙げる。あら、かわいい。っと、この子私より歳上だった……。


「羨ましい……」

「え?」

「い、いえ、なんでも……」


 私が目を向けるとリーシャ皇女が目を伏せて俯いてしまう。なんだろ? ま、いいか。









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