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101/101

◇101 会場入り





 天高く馬肥ゆる秋。

 空には鰯雲。風もなく、快晴である。

 とうとう秋涼会の日がやってきた。

 朝から我が家はドタバタと忙しい。招待客が来るのはお昼からなのだが、皇族はそれより先に会場入りしなければならないからだ。

 お母様も朝からメイドさんにコルセットをぎゅうぎゅうと締められていた。

 私はコルセットを締められることはなかったが、例のゴスロリドレスを着せられて、念入りに化粧までさせられている。


「とても可愛らしいですわ! サクラリエル様!」

「どうもー……」


 着付けのメイドさんたちがきゃいきゃいとはしゃげばはしゃぐほど、私のテンションは下がっていく。ずっと座っているのってのも疲れるわぁ……。行く前から疲労がすごいんですけども。


「サクラリエル様、馬車のご用意ができました」


 部屋へと入ってきたのは軍服のような衣装に身を包んだビアンカと、いつもより上等そうなメイド服を着た律である。

 律は側仕え、ビアンカは護衛として秋涼会に参加する。招待客ではなく、私の付き人としての参加だ。

 鎧姿など無粋な姿で会場入りをするわけにもいかないので、ビアンカは軍服のような服で参加することになっている。

 これは他の家でも同じで、帯剣も許されない。もちろん入場時にはボディチェックをされる。

 会場には例の『ギフト』を封じる結界もされているのだが、おそらく私の呼び出す【聖剣】はその結界をも撃ち破って呼び出せると思う。まあ、やらないけどね。

 一応、皇族とその護衛にはこの結界は効かないように設定されているのだそうだ。だから私も【店舗召喚】を結界の中でも使えるらしい。使うことはないと思うけど。

 椅子から立ち上がり、馬車のところへと向かう。おっと、ポシェットを忘れるところだった。

 本来ならこういった収納ポシェットも会場には持ち込めないのだが、そこはそれ、主催者ホストの特権というやつでね。何があるかわからないし。一応、ビアンカの魔剣アンサンブルもポシェットの中に預かっている。


「琥珀さん、行くよー」

『ふぁ……。やっとか』


 ソファの上で寝ていた琥珀さんが前脚をグーッと伸ばしてあくびをひとつ漏らす。そのままトコトコと私の横について歩いてきた。


「そのドレスを着たサクラリエル様と琥珀様が並ぶと、まるでお揃いみたいですね」

「ええ、本当に」


 律とビアンカがそんな感想を述べる。まあ、そこらへんは狙ったからね。評判が良くてなによりだよ。


「さあ、行くわよ。サクラちゃん」

「はい、お母様」


 玄関で待っていたお母様と合流し、公爵家の馬車へと乗り込む。この馬車に乗るのは私とお母様、それと琥珀さんだけ。律やビアンカたちは後ろの別の馬車である。

 ちなみにミューティリアさんたちエルフ姉妹は時間をずらして数時間後の出発だ。


「二人とも頑張ってね」


 玄関で見送るお父様に小さく手を振りながら、私たちの乗る馬車は一路皇城へと走り出す。いいなあ、お父様は。参加しないですんで。

 

「はぁ……めんどい……」


 思わず本音が漏れる。正面に座っていたお母様がくすりと笑った。


「今のうちに慣れておいた方がいいわよ。これからも毎年あるんだし」

「そうですよね……」


 私が女公爵になろうと、どこかへ嫁ぐことになろうと、秋涼会は毎年ある。あ、春の春陽会もあるんだっけか? 

 結局参加が決まっているなら、慣れてしまう他ない。半年に一度の町内会での婦人会と考えれば、そこまで緊張することもないか……。


「もっとお友達ができれば、そのうち楽しくなるわよ。遠くに行ってしまったお友達と会える滅多にない機会になるしね」


 なるほど。お母様がどこか楽しそうなのは、そういった理由からか。

 学院を卒業すると、領地を持たない法衣貴族なら皇都に留まるが、それ以外の貴族は基本的に領地に戻る。うちみたいに近くに領地がある上級貴族だと皇都にいることが多いけども。

 社交シーズンの始まりである秋涼会は、離れてしまった同級生や先輩後輩らと会える機会になるのか。同窓会みたいなものかね?

 相手の嫁いだ先が自分の派閥と違うと、気安く個人のパーティーに呼ぶわけにもいかなくなるしね……。

 貴族世界じゃ、当人同士が仲良くても家同士が反目しているなんて話はよくあるみたいだ。 ロミオとジュリエットかよ。

 まあ、この国の貴族令嬢で私の友達なんて、まだエステルくらいしかいないんだけども……。

 ビアンカも一応子爵家四女だけども、すでに公爵家うちの見習い騎士となっているからなあ。

 あとはルカとティファのお姫様コンビだが……。確かにあの二人に会える滅多にない機会と考えれば、毎年の楽しみになるかもしれない。

 お姫様といえば……帝国のリーファ殿下は大丈夫だろうか。

 味方もいない敵地で、一人心細い思いをしているのではないだろうか。敵地の人間である私がそんな心配をするのも変な感じだけども。

 エリオットにも頼まれたけど、本当に注意して見ていた方がいいかもね。

 あの侍女頭とか、完全に彼女を舐めているから、わざとリーファ殿下に失敗させたり、恥をかかせたりとかしそうだ。

 まあ彼女が何か失敗したら帝国の恥になるわけで。第四皇女の目もあるし、さすがにそんな馬鹿な真似はしないと思う……たぶん。

 けれども秋涼会は、すでに社交会へデビューを済ませた成人と、まだ済ませていない未成年とに分かれる。

 必然的にリーファ殿下は未成年のグループの方で社交することになるから、第四皇女の目も届かないかもしれない。やっぱりこっちで目を光らせておくべきか。

 変なトラブルを起こされて、こっちに火の粉が降りかかってくるのは御免なんだよ……。

 馬車は何事もなく皇城へと入り、いつものルートから少し外れて、城内で一番広い庭園へと向かう。

 馬車を降りるとすでに大勢の人たちが忙しく動いていて、会場の設置を始めていた。

 大きなテーブルが運び込まれ、テーブルクロスがかけられる。庭園の端にはお酒を提供できるバーカウンターのような場所まであった。並んでいるお酒は私の【店舗召喚】で購入したお酒ばかりだな。


「私は皇后様との打ち合わせに行くわね。サクラちゃんは会場を回ってどこになにがあるか今のうちに確認しておくといいわ」

「わかりました」


 そう言うと、お母様は侍従長さんと話し合っている皇后様のところへ行ってしまった。

 まだちらほらと会場には男性の姿が見えるな。まあ、そりゃそうか。あんな重いテーブルを動かさなきゃならないわけだし。

 基本的に秋涼会は女性のみの参加であるが、庭園の周辺を警備する中には男性の騎士もいたりする。むろん女性騎士の方が会場近くで、男性騎士はその外側といった感じだけども。

 庭園の周囲には生垣のようなものがあって、外側からは会場の中を覗き見ることは難しくなっている。

 と、同時に、この生垣も薔薇などで作られていて、出席者の目を楽しませるようになっているのだ。

 会場入口に薔薇のゲートがあったけど、まさにローズガーデンという感じだなあ。いや、薔薇以外もたくさん咲いているんだけれども。

 でも薔薇って五月ごろに咲くんじゃなかったっけ? いや、秋薔薇って言葉も聞いた覚えがあるな……。まあ、異世界の薔薇だから私の知識は当てにならないかもしれないけれど。


「しかし本当に広い会場ねえ……」

「以前の庭園の倍近くはありますね」


 思わず漏らした私の言葉に、後ろを歩くビアンカからそんな言葉が返ってきた。

 以前の庭園、とは、私が暗黒竜を倒した時の庭園のことだろう。

 壊れてしまった庭園をここぞとばかりに改装したわけだが、形だけではなく広さも変えてしまったらしい。

 基本的にこの庭園は中央と四隅に大きめなガゼボ(四阿あずまや)があり、東西南北に走る庭園路により四つのエリアに区切られている。北東、北西、南東、南西にある庭園エリアのうち、私たち未成年が交流するのは南東のエリアである。

 と、いってもそれ以外のところに行ってはダメというわけではなく、あくまでも区分けとしての位置決めだ。

 まあ、社交デビューもしていない令嬢が、大人たちの交流の場に行ったところで、やんわりと元の場所に帰るように諭されるか、その子の母親か姉とかが出てきて連れ出されるだろうけどさ。

 むろん、その逆だってある。未成年たちの場に大人の令嬢が理由もなくズカズカと入ってくるのもマナーがなっていないと取られるわけだ。面倒だね。

 そういったトラブルが無いように差配するのが私の役目なわけで……。

 皇王陛下よう、やっぱりちょっとハードル高くないかい? というか、去年まではどうやってたのよ?


「去年はテノール侯爵家のカミーユ様が接待役ホストをしてました。カミーユ様はこの夏にデビュタントを済ませたので、今回はあちら側に……」


 私の疑問にビアンカが答えてくれる。おおう……。接待役ホストの先輩、大人になってしまったのか……。

 テノール侯爵家って宰相さんのとこか。娘さんかな? 私は会ったことないけど、事前にアドバイスとか聞きたかったよ。

 私は担当になる南東エリアをくまなく歩き、不備がないかチェックをして回った。一応、問題はないっぽい。

 不備はなくとも人間トラブルは向こうからやってくるからなあ……。


「サクラリエル様、こちらが招待者の名簿です」


 私がやるせない不安を感じていると、律がメモ帳を手渡してきた。

 そこにはズラリと御令嬢の名前と年齢、家柄、それに一言の備考が書かれていた。

 未成年の御令嬢だけだけれども、よく調べたな……。さすがは七音の一族。情報収集はお手のものだね。

 というか、こんなにいるのか……。


「このマル、サンカク、バツのマークはなに?」


 リストの最後にそんなマークが付いているんだけども。


「フィルハーモニー公爵家にとって、益になるかどうかの指標ですね。マルは積極的に交流をした方がいい御令嬢、サンカクは状況やサクラリエル様の好みで交流しても構わないと思われる御令嬢、バツはできれば深く関わらない方がいい御令嬢です」


 エステルやルカ、ティファはマルだ。まあそりゃそうか。もうすでに仲良しだしね。

 バツなのはいわゆる伝統派と言われる、お父様や皇王陛下と対立している派閥の家だな。変に絡まれるかもしれないし、何を言われても曖昧にスルーしておくか……。

 リーファ殿下もバツ、か。うーん……公爵家としてならそうなんだろうけれども……。







 


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