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息子は顔をぐちゃぐちゃに歪めながら、母親に懺悔した。
「母さん……! ほんとうにごめんなさい……!!」
「何を謝るんだい。あんたは、私の自慢の息子だよ。あんたいな息子が居てくれて、私は幸せだったよ」
何度も振り返りながら、小さくなっていく息子の姿を、老婆は静かに見詰めながら呟いた。
「長く生き過ぎたんだ。これで良かったんだよ……」
老婆は足が悪く、1ヶ月ほど前からは寝たきりとなっていた。
「何が、いいものか! 人間を捨てられる、こっちは大迷惑なんだよ!!」
「あいたたたっ!? なんだい、いきなり!?」
皮と骨ばかりの、削げた頬を強くつねられて、老婆は目を白黒とさせた。
「小人……、じゃあないね、浮いてるし。もしかして、あんたは妖精さんかい?」
「あれっ? 僕の姿が見えてるの? 普通の人間には見えないはずなのに、なんでだろう??」
妖精からまじまじと見詰められて、老婆は苦笑いしながら言った。
「昔から見えておるよ。話しかけるのは初めてだがねぇ……」
それは、物心がついた頃から見えていた。
『お母さん。あれ、なあに?』
『あれってなんだい?』
『えーっと。あの木の枝の上に、座ってるんだけど……』
『何も居ないじゃないか。あんた、熱でもあるのかい…?』
母親の心配そうな顔に、これ以上、聞いたらいけないと思って、疑問を飲み込み、人ならざる者の姿を見かけても、今まで見て見ぬ振りをしてきた。
けれど、好奇心は人並み以上にあった。
他の村人には見えない、それの正体を熱心に考えたことは、娯楽が少なかった老婆にとって、幼少期の楽しい思い出だった。
だが今はもう、人の目を気にする必要はなくなった。
「母親を捨てるなんて、親不孝者め! だから人間は嫌いなんだ!」
老婆から話を聞き、激昂する妖精に、老婆は穏やかな笑みを浮かべた。
「いいんだよ……あの子が悪いわけじゃない、働けなくなった人間を養っていられるほど、裕福じゃないんだ。」
老婆の言葉を聞いても妖精は不満そうな顔をしていたが、「ちょっと待ってて」と言い残して、どこかへ飛んでいってしまった。
老婆は「いい冥土の土産話になったわね」と呟き、妖精との邂逅を喜んだ。
息子が置いていった古い掛け布団にくるまり、幹の太い古木の下で一眠りをした。
しばらくすると、妖精は老婆のもとに戻ってきた。
「僕の姿が見えるんだから、これはきっと何かの縁だよ。……ほら、見て! 若返りの薬と、食べ物、お金をあげるから、この山から出て行って貰えるかな!」
妖精から手渡された袋が、ずしりと重くて、老婆は袋を土の上に落としてしまった。
「やれやれ。ずっと寝たきりだったから、腕の筋力も落ちてるんだね」
おそるおそる袋を開けて見ると、鈍い光を放つ金色の貨幣が、数えきれないほど入っていた。