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大樹の冒険  作者: 天川藍
4/22

4 収穫作戦

ふたりは小走りで玄関を出ると、家の西側をぐるりとまわって、裏の木戸(きど)をあけた。


なかはうす暗く、すこしほこりっぽい。

そこは、アンナの家に三つある倉庫のうちのひとつで、おもに外作業をするための道具がはいっている。


「収穫用のナイフでしょ。カゴは、これでいいかしら?」


自分の身長よりも大きなカゴを背おったアンナに、「ちょっとまって」と、ニックが声をかけた。


「いつもみたいに、実をこまかく切って運んでいたら、日が暮れちゃうよ」


大樹の実は、大人が数人がかりでなければ持ちあげられないほど大きい。

そのため、ふだんは実を手ごろな大きさにカットして、すこしずつカゴに背おい、枝道(えだみち)をなんども往復しなければならないのだ。


しかし嵐がせまっているいま、のんびりと時間をかけてはいられない。


「じゃあ、どうするの?」


アンナがたずねると、たちまちニックの瞳に光がやどった。


「ぼくにひとつ、いい考えがある!」




   *     *     *




「ニックー、これでいいー?」


アンナは、大きなクヌギの木へのぼり、下からこちらを見あげる弟へむかって、声をはりあげた。


「もうちょっと、ぎゅっとしばって! そうそう、そんな感じ!」


ニックの指示にしたがって、じょうぶなツタのロープを、力いっぱい枝へむすびつける。

ピンッ、とはられたロープが、木と木の高い位置で一直線につながった。


「よし、じゃあ次はあそこの木へのぼって!」

「おっけー、まかせて!」


アンナはかろやかな身のこなしで、枝から枝へと飛びうつり、ロープをつぎつぎと巻きつけていく。


ニックはときおり、手もとの紙をながめては、周囲の木々と見くらべた。

紙には、大きくのびのびとした文字で『東の枝の地図』と書かれている。


これは、アンナとニックがふたりでつくった、冒険の地図だ。

大きな木やきれいな花、おいしい果実や鳥の巣の場所などが、ことこまかく描きこまれている。


いまはまだ、ふたりの家から風見台(かざみだい)へとつづく枝道(えだみち)しか記されていない。


しかしいつの日か、大樹のすべての場所を探検して、ふたりだけの地図を描く。

それがアンナとニックの夢なのだ。


「ふぅ、あとすこしね」


ツタをむすびあわせたロープは、家の前にたつコナラの木を出発点として、終着点の風見台(かざみだい)まで、あとひといきのところへきていた。


「アンナー、次はあっちだよ!」

「わかったわ!」


枝からたれさがるツタをつかんで、アンナはふりこのように空中へ飛びだした。

くるり、と一回転して、となりの木へと着地する。

まるでリスのような芸当も、彼女にかかれば、そうむずかしいことではない。


頭のいいニックと、運動が得意なアンナ。

なんともちぐはぐなふたごだが、ふたりの息はピッタリだ。


そしてついに、長くのびたロープの端が、風見台をささえる東の枝へとたどりついた。



ざぁっ、と風が走り、視界がひらける。


どこまでもひろがる青空が、アンナたちの視界に飛びこんできた。

早朝の薄明(うすあ)かりの下でながめる景色よりも、ひときわくっきりと輝く大海原(おおうなばら)は、すいこまれそうなほど深い群青(ぐんじょう)(いろ)にきらめいている。


アンナは、胸いっぱいに、大きく息をすいこんだ。

潮風(しおかぜ)にのって、甘くみずみずしい果実の香りが、ふたりを歓迎するようにただよっている。


あたりには、まぶしいほど赤く染まったポムの実が、いたるところですずなりになっていた。


その大きさといったら!

今年はとくに豊作で、アンナたちの身長よりも巨大な実が、いくつもあった。


アンナはにんまりと笑って、意気ようようと弟をふりかえった。


「さーて、ニック。次はなにをすればいい?」

「ちょっとまって」


そういうと、ニックはリュックサックに手をつっこんで、がさごそとなかをあさった。

デコボコといびつにふくらんだリュックサックには、ニックお手製の秘密道具が、ぎっしりとつめこまれている。


「これだ!」


とり出したのは、がんじょうな(あみ)

それを風見台(かざみだい)にひろげると、ニックは得意げな表情でいった。


「ポムの実をこれでつつむんだ!」


ふたりは、たくさんある実のなかから、いちばん大きくて熟した実をひとつ選ぶと、網の上にのせ、すっぽりとおおった。


網の四隅(よすみ)には、かぎ状のフックがついており、ニックはそれを大きな滑車(かっしゃ)へつなげた。

そこまで見たところで、ようやくアンナもピンときた。


「まさか、ここまで引っぱってきたロープで、ポムの実を丸ごと運ぶつもり?」

「ご名答!」


そんなこと、本当にできるのだろうか。


「ほら、アンナもつかまって。出発するよ!」

「う、うん!」


ふたりは、家までつづく長いロープに滑車(かっしゃ)を設置すると、網でつつんだ巨大なポムの実に、両側からしがみついた。


「「せーのっ!」」


タイミングよく枝をけり、滑車をロープの軌道(きどう)へのせる。

とたんに、いきおいよく車輪がまわりだした。


ロープは、進行方向へむかってゆるやかなくだりになっており、車輪がまわるたびに、どんどん速度をましていく。


風が耳もとを駆けぬけ、周囲の景色が、ものすごい速さでうしろへと流れていく。


「すごいっ、すごいわ!」


アンナは、歓声とも悲鳴ともつかない声をあげた。


「ニック、あなたって天才ね!」


これなら、あっというまに家までたどりつけるだろう。

しかし、そう喜んだのもつかのま、アンナはふと、ささいな違和感をおぼえた。


そういえば、ゴンドラのルートは一本の長いロープではなく、いくつもの短いロープをむすんでつなげたものではなかったか……。

つまり、このまま進んでいくと――。


その瞬間、少女はハッとした。


まっすぐはられたロープのさき、その進行方向に、大きなクヌギの木がたちふさがっている。


「ニック! このままじゃぶつかるわ!」

「…………」

「ねぇ、きこえないの!? はやくとまらなきゃっ!」


さけびながら、アンナは嫌な予感をおぼえた。


「……アンナ、落ちついて聞いて」

「いいから、はやくいいなさい!」


ニックはもごもごと、消えいるような声で白状した。


「ブレーキのこと、考えてなかった……」


木にぶつかるまで、のこり三秒。


「ニックのうっかりものぉおー!」


どーん、とけたたましい騒音とともに、ふたりは宙へ放りだされた。

頭からハギのしげみへつっこみ、目をまわすアンナ。

しばし放心状態で横たわる少女のまわりを、小鳥たちが迷惑そうに飛びまわっている。


「……ニック、だいじょうぶ?」

「な、なんとか……」


となりでは、同じようにニックがひっくりかえって、ぼうぜんと晴れわたった空をあおいでいた。

その横顔は、こころなしか落ちこんでいる。


「……ごめん、ぼくの考えが甘かったよ」


作戦が失敗したことを、気にやんでいるようだった。

アンナはいきおいよく体をおこすと、ニックの腕をつかんで、ハギのしげみから助けおこした。


「元気だして! はじめての挑戦に、失敗はつきものよ!」

「……そういうものかな?」

「そういうものよ!」


アンナはからりと笑うと、服についた葉っぱをはらって、いさましく腕まくりをした。


「まだ時間はあるわ。絶対に成功させて、おばあちゃんをびっくりさせましょう!」


アンナの前むきな言葉に、ニックはしばらくあっけにとられた様子だったが、やがて(まゆ)をたらして苦笑した。


「……かなわないなぁ、アンナには」


「なあに?」

「いいや、おかげで新しいアイデアを思いついたよ」


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