表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大樹の冒険  作者: 天川藍
22/22

22 ふたりの冒険家

数日後の夜。

大海原(おおうなばら)のむこうから、ふたたび嵐がやってきた。


大樹の根の洞窟では、赤毛のふたごが、あわただしく駆けまわっている。


「アンナ、準備はできた!?」

「もうすこし!!」


たたきつけるような雨のなか、ふたりは手にランタンをにぎりしめ、ひとつの巨大な網を洞窟の水面にひろげている。


「本当にこんなのでだいじょうぶなの!?」

「たぶんね! そろそろくるよ!! のりこんで!!」

「わ、わっ、ちょっとまってーー!!」


ほどなくして、はげしい突風が吹き荒れた。

波がさかまき、洞窟の海面がぼこぼこと、沸騰したように泡だつ。


光る玉が、水をおしのけ、大気へと浮かびあがってきたのだ。


それらはすべて、巨大な網のなかにからめとられ、大きなひとつのかたまりとなって、ゆっくりと上昇をはじめた。


アンナとニックは、大急ぎで麻布(あさぬの)の袋のなかへもぐりこんだ。

直後、ひときわ強い暴風が、光る玉の群れを天空へとさらっていく。


たちまち、網にむすばれたロープがピンとのびて、ふたりをのせた袋は、ふわりと洞窟をはなれた。


「「飛んだーっ!」」


ふたりは、嵐の騒音にまけないくらい、大きな歓声をあげた。

袋から身をのりだして、下をのぞけば、結晶の森がみるみるちいさくなっていく。


頭上には、数百もの光る玉がよりあつまって、気球のようになった巨大な球体が、まばゆいばかりの光を放っていた。


その光景は、まるで巨大な満月が、夜空へと帰っていくかのようだった。


「忘れ物はない? おみやげは、ちゃんともった?」

「……おみやげって、たったこれっぽっちじゃないか」


心底がっかりした様子で、ニックはポケットから結晶のカケラをとり出した。


その言葉のとおり、彼らがもってきた荷物は、このちいさなカケラと、冒険手帳、そしてオカリナとナイフしかない。


「しかたないじゃない。重さで飛べなくなったら困る、っていったのはニックよ?」

「そうだけどさぁ~」


ニックは、なおも煮えきらない態度で、うじうじといいつのった。


こんな強攻策をとらなければ、大事なお手製の探検道具も、リュックサックごとおきざりにせずにすんだのだ。


本来であれば、アンナが降りてきた樹壁(じゅへき)をのぼって、地道に帰る予定だった。


しかしながら、大樹の根もとには、まだなん匹もの大蛇がうろついていて、それらとふたたび戦うリスクを考えたら、必然的に荷物を犠牲にせざるをえなかったのだ。


なごりおしげに、遠ざかる海岸を見つめるニック。

その肩を、アンナはポン、と軽くたたいた。


「また来たらいいじゃない」

「……それもそうだね」


ふたりは、おたがいの顔を横目で見ると、同時にニヤリ、とほくそ笑んだ。


彼らにとって、大樹の根もとは、もはや攻略ずみの場所なのだ。

ふたりの冒険手帳には、この数日で探検した結晶の森の記録が、びっしりと書きこまれている。


「家に帰ったら、さっそく地図を描かなきゃね!」

「これは骨がおれるぞー!」


ふふふふ、と、ふたりは楽しげに笑った。


ほんのすこし前まで、ふたりの冒険の地図は、家と風見台だけだった。

それが大樹を降りて、根の国までいってきたと知ったら、きっとおばあちゃんや村のみんなは、びっくりすることだろう。


「あ、そうだ。地図を描く前に、モニカとお茶会をしなきゃ」


そういって、アンナは首もとから、彼女にもらったお守りをひっぱり出した。


あの日、モニカはアンナのことを「勇気がある」といってくれたが、樹壁(じゅへき)で心折れそうな時、はげましてくれたのはこのお守りだった。


「帰ったら、お礼をいわないとね……」


これすごい効力だったよ、と、ニックもおそろいのお守りを手にしていった。

ふたりはすこしのあいだ沈黙すると、まったくおなじタイミングで目くばせをした。


「……ニック、いまなに考えてたの?」

「……アンナこそ、いいこと思いついた、って顔しているよ」


ふたりは、ニッ、と口のはしをあげると、声をそろえていった。


「「結晶のカケラは、モニカへのおみやげにしよう!」」


勇気をもらったお礼に、これほどピッタリな物はない。

彼女なら、きっと素敵なアクセサリーに仕立てなおしてくれるだろう。


その時。ふたりの耳に、遠くで尾をひくような低い音がきこえた。


きょろきょろとあたりを見まわすと、東のほうの空が、うっすらと明るくなっている。

いつのまにか、嵐の渦を抜けたのだ。


眼下では、白い雲を毛布のようにまとった大樹が、朝の光をあびて、いままさに目覚めの時をむかえようとしている。


「「わぁっ!!」」


ふたりは感嘆の声をあげた。

大樹の全体像を見るのは、これがはじめてだったのだ。


雄大なその枝は雲をつき抜け、おいしげる深緑の葉は、天をもおおいかくさんばかり。


その大樹から、ふたたび重厚な音色が響いてきた。


「……この音って」

風笛(かざぶえ)だわ!」


吹きつける風にその枝葉をゆらし、大気を震わせて、大樹が歌っている。


それはあまりにも、神秘的な光景だった。


「――……ねぇ、ニック」


雄大な景色をその瞳に焼きつけながら、アンナは胸をはった。


「さすがのおとうさんとおかあさんも、空から大樹をながめたことはないんじゃない?」


根拠などない。しかし、アンナには自信があった。

なぜなら、両親の冒険手帳に『光る玉をかき集めて、空を飛んだ』なんてムチャな作戦は、いっさい書かれていなかったのだから。


「――かもね!」


ニックも笑ってうなずいた。

その時、ふたりのちょうど真下を、バラバラになった風見台(かざみだい)が横ぎった。


「「あっ!」」


だがしかし、嵐の渦を出ていきおいをうしなった光る玉は、ゆるやかな風に流されて、風見台の上空をとおりすぎていく。


このままでは、大樹からどんどんはなれて、海のまんなかで落下してしまうだろう。

もはや迷っている余裕はなかった。


「よし、飛び降りるよ、ニック!」


「えぇっ!」


とまどうニックの腕をつかんで、アンナはいきおいよく、大空へとジャンプした。




   ― 了 ―


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ