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大樹の冒険  作者: 天川藍
13/22

13 嵐の暗闇へ


それは、ほんのつかの間の出来事だった。


天高く昇る光の玉は、瞬くまに雨雲のむこうへと飛びさり、あたりはふたたび漆黒の暗闇につつまれた。


まるで、夢でも見ていたかような、ふわふわとした感動にひたりながら、ふたりはしばらくぼうぜんとその場にたちつくした。


「……見た?」

「……見た」


にぎりしめた互いの手のひらは、じんわりと汗をかいている。

ふたりはゆっくりと顔を見あわせると、しだいに、噛みころすような笑い声をもらした。


「見たよね!」

「うん、たしかに見た!」

「光ってた!」

「すごい数で!」

「ぶわーって、飛んでったね!」

「あれは一体なんなんだ!?」


大興奮でまくしたてながら、ふたりは大声で笑いあった。


未知との遭遇――。これこそ、長年おいもとめていた冒険の醍醐味(だいごみ)だ。

はげしく吹きつける風も雨も、もはやまったく気にならない。


ひとしきり語りあったふたりは、満ちたりた様子で、興奮さめやらぬ余韻(よいん)にひたった。


今日は最高の一日だ。

両親の秘密の部屋を見つけ、彼らの冒険が、現実のものだったと知ることができた。


奇跡のような光景は、あまりにも短い時間だったけれど、あの一瞬の出来事を、きっとこのさきも忘れることはないだろう。


アンナはふいに、ふわぁっ、と大きなあくびをもらした。

とたんに、ここちよい眠気と疲れがしのびよってくる。


思いかえせば、今日は朝から働きどおしだった。

くわえて、いつもならとっくにベッドで眠りについている時間である。

アンナは重たいまぶたをこすると、ニックへふりかえった。


「……帰ろっか」

「うん、帰ろう」


なごりおしさを感じながらも、ふたりは手をつなぎなおして、きびすをかえした。



――しかし、次の瞬間。


すさまじい突風の大波が、ふたりのあいだをかけぬけた。


直後、風見台(かざみだい)が嫌な音をたてて壊れ、バラバラになった破片が、ふたりの体へたたきつけられる。

足もとの床板が崩れさり、少女の体は、たちまち宙へとほうりだされた。


アンナは、声にならない悲鳴をあげた。

とっさにちかくの枝へすがりつき、からくも落下をまぬがれる。


しかしその時――少女の瞳に、信じられないものが映った。


「――……え?」


虚空(こくう)に、ニックの体がなげだされている。


「待っ――!!」


アンナはとっさに腕をのばした。

指さきに、深緑色の防水マントがかする。


しかしその感触を最後に、ふたごの弟は、みるみる木の葉のようにちいさくなって、暗い嵐のむこうへと()みこまれていった。


「……ニックーーーッ!!」


意をけっして、アンナは風見台(かざみだい)から下へとのびる細い枝へ飛びうつった。


「あぁっ、そんな、ニック!? ニック! ニック!!」


枝から枝へ、なかば転がり落ちるように、不安定な足場をおりていく。

しかしそれは、すぐに終わりをむかえた。


風見台(かざみだい)がある場所は、大樹のもっとも下層に位置している。

これより下には枝はなく、断崖絶壁(だんがいぜっぺき)ともいうべき大樹の(みき)が、奈落の底までつづいているのだ。


アンナは、細い枝に宙ぶらりんになって、行き場をうしない、とほうにくれた。


その時――突然、下から突きあげるような風が吹き、少女の体は後方へと吹き飛ばされた。

枝道(えだみち)にたたきつけられ、アンナはなすすべもなく、体をまるめながら転がった。


たてつづけに、稲妻が天を割るような音をたてて落ち、黒々とした雲海に光が走る。

まるで、この世の絶望をかきあつめたような情景に、アンナはしばしぼうぜんとした。


「――……ニックが、落ちた」


そうだ、落ちた、落ちたのだ。

アンナの頭は、ようやく目の前でおきた現実を理解した。


「どうしよう、どうしよう……」


考えても考えても、よいアイデアなどうかばない。

こんなとき、知恵をかしてくれるかしこい弟は、たったいま目の前で消えてしまった。


ニックはもう、いないのだ。


アンナは枝さきへにじりより、はるか下をのぞきこんだ。

とぐろをまいた黒雲が、ときおりするどい閃光を放ち、(さか)まく突風を吹きあげている。


とたんに、ぞくり、と背筋に震えがはしった。

腹の底が凍りつくような恐怖が、少女の手足をしばりつける。


――大樹から落ちて、生きていられるわけがない。


万が一、運よく助かったとしても、大樹の下には〝根の国〟という死者の国があって、怖ろしい怪物が待ちうけているという。


それでも――、アンナはたちあがった。


「……助けなきゃ」


大樹をおりて、ニックをさがしにいかなければ。

もはや選択肢など、ひとつしかない。


アンナは全速力で、もときた道をひきかえした。


たとえ望みがほんのわずかだったとしても、この目でたしかめるまでは、絶対にあきらめない。

そう胸に誓って。


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