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季節の最後に

作者: こす森キッド

※ノクターンノベルズ投稿作品『甘美へ誘う者』からの続き物です。

可能であれば、是非そちらも読んでみてください。


1.



 Sさんの学校の学祭から、二週間が過ぎた。


 学祭で見たある光景をきっかけに、俺とSさんの関係には新たな変化が徴しかけたものの、その後はほとんど以前と変わらない空気感に戻っていた。


 学祭直後の月曜日、俺は彼女に対し過激な“意地悪”をした。

 その時の気まずさもあって、少しの間二人のやり取りはどこかギクシャクしていた。


 あれに関しては、俺もその場で湧き上がった衝動のままにやり過ぎてしまったと事後に反省していたので、あれ以降は今まで通りの物腰柔らかく接する態度に努めて戻すようにしていた。

 Sさんの方でも『自分から隙を見せ過ぎてしまった』と思っているのか、あの月曜日のことに自分から触れることはなく、怖々としていた雰囲気が俺の態度を見るにつれてだんだん和らいでいった。

 おかげで学祭から一週間経った頃には、ほぼ今まで通りの二人に戻れたような気がしていた。


 ただ、Sさんの方では、あの学祭に関することで一つ心残りがある様子だった。



2.



 その日は、俺が彼女の家に遊びに行くことになっていた。

 どちらかの家に二人で集まるということは、それすなわち『Sさんが俺の見ている前で身体をトランプに変化させる』という“ガス抜き”を行うことの合図になっていた。

 しかし、あの月曜日以降、“ガス抜き”を行うのは初めてのことである。

 そのせいか、Sさんは自分の家に向かう道中、やや緊張の面持ちであった。


 正直なところ、俺も彼女を無闇に怖がらせたくないし、そもそも毎回ああいう過激なやり方を取るのは柄に合わないと思っていた。

 なので、今日はそういう言動は絶対に取らないと、彼女の家に向かう前に自分から宣誓していた。


 ただ、正直なところ、『100%、絶対に、あの月曜日の時みたいなことは金輪際もうしない』と言い切れる自信は、俺にはなかった。

 何かのきっかけで、Sさんがまたあの嗜虐心をくすぐるような表情を見せたとしたら、俺は堪え切れずまた同じような行為に及んでしまうかもしれない。

 そんな気がするのだ。


 単純に思い返せば、あの日のあれは、別にSさんの身体や心を取り返しがつかないところまで傷付けるほどのものでもない、一種の可愛いじゃれあいの範疇に留まる行為ではあった。

 ──どちらかと言うと、俺は思慮もなしにああいった行為を積み重ねていった先に待ち受けているであろう結末、二人の間に訪れる不幸を想像し、恐れているのだった。

 悲しい終わり方だけは、どうしても避けたい。



 少しずつ冬の気配が降りてきている昼下がりだった。

 空は灰色を湛えた雲によって半分ほど覆われているが、今朝の予報通りなら午後にかけて少しずつでも晴れていくはずだった。



 Sさんの家にお邪魔する。

 訪れるのはあの月曜日以来で、二週間程度しか経たないこともあり、中の様子は大して変わっていない。

 ただ、部屋の中で何か軽作業をしたのだろうか、部屋に置いてある物の配置がちょっとずつ変わっている気がした。



 少し二人で寛いだ後、普段ならそろそろ“いつものアレ”を……と思うような時間に差し掛かる。

 先ほどまで緊張気味だったSさんだが、家に到着してからは何か覚悟を決めたかのように、落ち着いた雰囲気を漂わせている。


「実は今日、K君に見せたいものがあるんだ」

 こちらを向いて、俺に微笑みかける。

「見せたいもの?」

「今から着替えるから、良いって言うまでここで待っててね」

 そう言うと、彼女は久々の悪戯っぽい笑みを浮かべながら、奥の方の間へ引っ込んでいった。

 えっ、なんだろう?気になる……。


 普段通りの流れだと、ここでSさんが俺たちが以前通っていた学校の体操服に着替え、その体操服姿を起点にしてトランプ人間形態に変化していくのが慣例となっている。

 体操服ではなく、違うものに着替えるということなのか?



 しばらくすると、奥の方から声がした。

「良いよ、こっちに来て」

 それに従って中に入ると、そこには──。



 学祭の時に見せた、あのメイドコスに着替えたSさんが立っていた。


 ……いや、よく見ると、学祭の時とは少しずつ外見が変わっている。


 今のSさんは、丸首とハーフパンツの体操服を着て、その上からメイドコスを身につけていた。

 そのメイド服は、下に着た体操服も隙間から見せつつ、自然な見た目に収まるように仕立て直されていた。


 どうやら、部屋の物の配置が変わっていたのは、この仕立て直し作業のためだったらしい。


 白黒のモノトーンだった半袖メイド服の生地は要所要所で大胆にオミットされ、その隙間から丸首体操服の赤と白が覗いていた。

 丸首の襟と袖口に付いている緩み防止用の赤い縁取りと、左胸に小さくプリントされた校章のマーク、そして胸に縫い付けられた大きな名札の上半分、これらがちゃんと見えるように調整されていた。

 一方で、肩から脇下にかけて、メイドコスに付いていた白いふわふわとしたフリルはそのままにしてある。


 また、下に履いているフリル付きの白いスカートは随分丈が短くされていて、その下、赤いハーフパンツの裾が顔を出している。

 Sさん自身のセンスとバランス感覚の賜物だろう、その立ち姿には赤白の丸首体操服と黒白のメイド服、その両方の意匠が存在感を主張し、かつそれらは自然な形で融け合い、共存していた。


 なるほどこれは、学祭の時の、リベンジであるらしい。

 あの時見たメイドコスも勿論すごく可愛かったのだが、その直前に見たあるコスプレの影に隠れて、二人の間ではインパクトが薄れてしまっていたから……。


 Sさんの顔には、目尻や口角に照れ臭そうな表情が浮かんでいた。

 しかし、それを精一杯の笑顔でもって上書きしてしまえと、両手を身体の前で重ねていかにもメイドさんという感じのポーズで、ニッコリと俺に笑いかける。


「どうですか、“ご主人様”?

 可愛い?」


 言うまでもない、と言いたかった。

 ……いや、こういうのはちゃんと言葉にしないとダメだな。


「もんんんのすごく、可愛い!」

 あんまり可愛すぎるものだから、多分、感情に表情が追いついていない。

 真顔のまま、俺はSさんにサムズアップを差し出した。


「本当に?

 お世辞じゃない?

 気持ち悪く、ないかな……?」

「本当の本当。

 気持ち悪いわけないじゃん。

 え、なんで?なんでそんな可愛いことになってんの?

 この世のものとは思えないんだけど?

 えっ、なに?もしかして、そういう道のプロでいらっしゃった?

 すごい、信じられない、天才すぎる、ファビュラス……」


 俺の顔に表情が届くまでの間、ろくろを回すようなジェスチャーを取りながら、死滅寸前の語彙を尽くして彼女に感想を伝えようとする。


 まさか、Sさんにこんなデザインセンスや縫製技術があるなんて、知らなかった。

 可愛らしい小物とかを自分で作る趣味を持っていることは知っていたのだが、ここまでレベルが高かったとは……。




 ちなみにここから20行くらいは、俺の内心での独り言である。

 Sさんに気持ちがられちゃうからね!


 体操服やメイド服といった“コスチューム”には、それらが本来運用されるべく想定されていたシチュエーションから逸脱した場合に、途端に背徳感を伴った色香のようなものが漂い始めるものだ。

 そのケレン味こそが、一部の熱狂的ファンの心を掴んで離さない一因ではないかと、俺は考える。

 今のSさんの姿は、体操服やメイド服が持っているその“一番オイシイ所”、そのポテンシャルを高い次元で融合させることに成功していた。


 ここまで言葉を連ねておいてなんだが、正直俺は今までメイドコスの良さについてはあまりよく分かっていなかった。

 巷ではメイド服こそがコスプレの代名詞という風潮があるように感じられるが、自分にはピンときていなかった。

 しかし、眼前のこの可愛い生命体を見よ!

 もちろん、Sさんという意中の女の子が着ているという補正がかかっていることは、否定できない。

 しかし、それを差し引いても……。

 胸元に大きな名札が縫い付けられた丸首体操服、シックなモノトーンに白いフリルが目を引くメイド服、そしてSさんという世界一可愛い女の子、それらが可愛さの黄金比、ひいては“可愛さの三位一体”をこの世に顕現させていたのだ。


 主は来ませり。

 ビバ!

 聖女Sを讃えよ。




 さて、この時点で既に、俺の情緒は焼け野原と化している訳だが、なんとこれで終わりではないとSさんは言う。

 まさか……?!



「変わるとこ、ちゃんと見ててね?」


 そう言うと、Sさんの身体はトランプ人間形態への変化を開始した。

 しかし、その様相は普段と似て非なる。


「はっ、うっ、んっ」

 ムニュムニュムニュと、内側からカード型の四角い枠が広がっていくかのように、Sさんの着ている丸首体操服が膨張し、Sさんの身体を包み込んでいく。

 その過程で、その生地は体操服の上に着たメイドコスを巻き込んで変形していった。


 丸首体操服のみならず、メイド服の意匠までもがトランプ人間形態の四角い身体に取り込まれ、Sさんの素肌の延長線上へ同化していく。


 一方、ハーフパンツもいつものように丸首体操服に飲み込まれていったが、その過程で上に履いた白いスカートも少しずつ巻き込まれながら丸首に吸収されていき、徐々にSさんの色白の脚が露わになっていく。

 ただ、完全に丸首の中に飲み込まれてその面影を消してしまったハーフパンツとは異なり、四角いトランプ型になった身体、その底面付近に、スカートの名残として白いフリルが残された。



 やがて、Sさんの顔、前腕より先、そして付け根から先の両脚を除いて全身が丸首の生地によって包み込まれ、トランプ人間としての外型が完成した。


「んっ……」

 最後の仕上げとばかりに、カード前面の左上と右下に『♡2』というインデックスと、中央線上に『♡♡』というマークが浮かび上がる。

 同時に、カード裏面には市販のトランプでよく見られる幾何学模様が刻み込まれ、定着していく。



 こうして、Sさんの身体の変化が完了した。

 上手くいってますようにと、彼女は祈るような表情で閉じていた瞼を開く。



 Sさんの身体は、一見装飾の付いたトランプの着ぐるみを着込んでいるように見えるが、実際は変化の過程でメイド服を巻き込みながら膨張した丸首が、彼女の素肌と一体化し身体の一部となっているのだ。


 そのカード前面には、普段通りに名札や左胸の校章マーク、赤い縁取りだった穴が付いている。

 それらに加えて、元々はメイド服の生地だった黒色のラインや、エプロンらしきものの意匠が残り、トランプ表面の模様として定着している。


 一方で、メイド服に付いていた白いフリルは、トランプの模様には吸収されず、配置は調整されながらもほぼそのままカード表面を飾る装飾として残っている。

 フリルは、カードの右上と左上から柔らかい曲線を描きながら両腕が生えている縁穴を経由し、エプロンだったものの意匠の形に沿って再度右下と左下へと繋がっている。

 また、両腕が生えている縁穴にも丸く取り囲むようにフリルがあしらわれ、トランプの底面の縁周りにもまるでスカートを装飾するそれのようにフリルが一周巻くように付いていた。

 そのフリルの翳から、Sさんの白い脚がスラリと伸びている。


 また、全体的な印象として、変化の過程でメイド服の生地を吸収した影響によるものだろうか、いつもよりもカード表面が柔らかそうな質感になっている。

 ふわふわとしたフリルの装飾も相まって、なんだか、非常に抱き心地が良さそうに見える。


 そういうのもあって、今のSさんのトランプ人間形態は、まるで人間大のトランプカード型の抱き枕のような、そんな雰囲気を醸し出していた。



「ど、どう?可愛い?」

 Sさんが照れ臭そうな表情を浮かべて、視線を逸らしてしまわぬよう、頑張って俺の方を見ている。

 ドレスの裾を持ち上げる時のように、トランプの底面にひらめく白いフリルを両手でつまみ、顔を少し傾けてポーズを取っている。

 その姿を見て、俺は……。



「…………………………」

 俺はとうとう、言語野を完璧に焼き払われてしまい、ただただ絶句していた。


「……K君、K君?

 お願いだから、何か感想をちょうだい?!

 この格好を見せて沈黙されるの、流石に恥ずかし過ぎるから……!」

 フリルの付いたカード底辺をギュッと両手で握りながら、彼女は俺に感想を懇願してくる。

 そう言われても……。


 目の前のこの姿の、空前絶後の可愛さを、適切に表現できる言葉が見つからない。

 見つからないと言うよりも、この世に存在しないといった方が正しいかもしれない。



「えっ、ええっ!?

 どうしたの、えっ、大丈夫?!!」


 Sさんが急に慌て始めた。

 何事かと思ったら、なんのことはない、俺は鼻から噴火してしまっていた。

 あまりに巨大な感情を抱え込めず俺の体がキャパオーバーを起こしたらしい。

 さもありなん、と俺は思っていた。

 自分の体の異変がごく自然なものだと腑に落ちるぐらいに、目の前の光景は俺のど真ん中に深々と突き刺さっていた。


「きゃわっ……」

 せめて何か言葉にせねばと、遠のきかけた意識の中、その一言だけなんとか俺は呟いていた。



3.



「抱擁しても、いい、ですか?」

「……うん、いいよ」

 俺からの要望に、Sさんは了承する。


 既に何度も互いの家を訪れるような関係になっているにも関わらず、意外とこういうことはあまりしてこなかったなと、今更気づく。

 どうしても、Sさんの“定期的にトランプ姿に戻りたい”と言う生理的欲求解消の方を優先してしまい、こういった営みが疎かになってしまっていたようだ。


 互いの体を近づけて、ゆっくりと、女の子座りをしているSさんのトランプ型の身体に手を回していく。

 そのSさんの背後、窓の向こう、停泊していた灰色の雲がだんだん流れていき、落ち着いた色をした午後の空が覗き始めたのが見えた。


 すごく、いい匂いがする。

 多分シャンプーと、体操服を洗った時の柔軟剤と……その奥に、トランプ人間に変化する過程でかいたものであろうSさんの汗、その陽の光の温かさのような体臭を感じる。

「……恥ずかしいから、あんまり嗅がないで」

「そう言われても……、だってすごくいい匂いだから」



 少しずつ力を加えながら、Sさんを抱きしめる。

 俺の腕の形に合わせて彼女の四角い身体がたわむ。

 くすぐったそうな微笑を浮かべた彼女も、カード面から生えた前腕を俺の腰に添えて、抱き返してくる。


 ……ふわふわしてて、すごく、柔らかい。


 通常のトランプ人間形態の時でも、Sさんの身体は人肌と同程度の弾性を保っていた。

 しかし、今の彼女の身体はいつもにも増してより柔らかく、触感としてはまるで本物の抱き枕を抱いているような、そんな気分になる。


 と同時に、そこには人肌と同じように、Sさんの体温が息づいていた。


 心地の良い、落ち着くような温かさ。

 休みの日の朝、時間を気にせず毛布にくるまってぼんやり安らいでいるような、そういう感覚。



「すごく、気持ちいい……」

「本当?良かった……」

 Sさんの両瞳、その奥にはハートマークが浮かんでいたが、その色味はいつもと少し違う。

 いつものように衝動に身を任せるような情熱的な赤ではなく、安らいだ心の内を示すような、落ち着いたピンク色だった。

 俺と同じように、Sさんも俺に抱きしめられて、リラックスしているのが分かった。

 そのことがまた、俺の中にジワジワと多幸感をもたらしてくれる。



 それから二人、部屋の中でただじっと、抱きしめ合っていた。

 互いの身体の感触、今はそれ以外、何もいらなかった。

 抱きしめ合ったまま、目の前の愛しい人に、感謝の言葉を伝える。



「その姿を俺に見せてくれて、本当にありがとう、Sさん」

「どういたしまして。

 こちらこそ、私と一緒にいてくれて、ありがとう、K君」


 そんな言葉のやり取りだけで、自然と、体の奥から温かさが湧いてくる。


 静けさの中に、隣の部屋のテレビの音だろうか、厳冬を予想する気象予報士の声が微かに聞こえてきた。


 でも、Sさんと二人一緒なら、今年の冬もきっと乗り越えられる。

 そんな気がした。



おわり

多分また何か思いついたら書くんだろうとは思ってますが、ここで一区切りというつもりで頑張って書きました。

いつも沢山の方に読んでいただけて、本当にありがとうございます。

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