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静かな世界で二人は微笑う。

作者: 近藤ハジメ

 今日は体育の授業でグラウンドに出る。野球やサッカーをやっているクラスイト達は楽しみみたいだけど、運動が苦手な僕は昨日からずっと憂鬱な気分だ。そもそも今の季節は気温が低めで少し肌寒い。これだったら体育館でバスケットボールやバドミントンをやっていた方がまだマシだ。

 今は体育の前の授業中だけど、全く集中できていない。それどころか黒板の文字をノートに書き写す事すら追い付いていなかった。僕がまだ書いていない部分の文字が消されてしまい、焦っていると隣から一冊のノートが差し出された。

「鉛筆。動いて無かったわよ」

 隣の席の沢口さんだ。彼女は教室で目立たないけれど、裏では大人しめの女子が好きな男子達から密かに人気がある。僕も実はその一人で、唯一まともに会話が出来る沢口さんの事を少し気になり出しているところだ。

「何か考え事?」

「うん。次の体育が嫌だなー、って」

「あー……」

 沢口さんも納得した顔で教室の窓からグラウンドを見下ろした。

 低学年の生徒だろうか、どうやら彼らの授業は長距離走らしく、この寒空の下で永遠と続くかの様な地獄の周回を走らされていた。

「私もちょっと、いやかなり嫌かなぁ」

 苦い顔をしながら沢口さんも呟いた。沢口さんは勉強は得意だけれど、体育や身体を動かす系統の運動があまり得意じゃない。もちろん、沢口さんは努力家だから毎度頑張っているけれど、クラス平均的に言えば下の中が良いところだろう。ちなみに僕は下の下。最下層だ。

「ボイコット出来ないかな……」

「いや、無理よ」

 思わず漏れた本音に、沢口さんから冷静なツッコミが突き刺さった。

「うーん、仮病?」

「それが現実的な手でしょうけど、バレたら怒られるわよね」

「大丈夫。何回かやったけどバレなかった!」

「やったのね……」

 そういえばこの前の数学の授業だけいなかったな、とこの告白を聞きながら思い出した沢口は呆れた。自分が思い当たるだけでも授業中に一時間とかいなかった事何度かある。その後にやけに元気というか、達成感がある表情をしていた。あれも全部仮病だったのか?と疑ってしまった。

「それ以外だと何があるかな」

「先生が病気とかで自習になる事はよくあるわよね」

「ああ、あるね。そういえば英語の稲葉先生は大丈夫なのかな」

「もうそろそろ安定期に入るらしいから、学校に復帰してくるみたいよ」

「じゃあお腹も大きくなってるかな」

「そうね。五ヶ月だからかなり大きくなってると思うわよ」

 二人の話題の中心にいる英語の科目担任である稲葉は現在、妊娠中のため休暇を取っていた。本人も運動のために安定期に入ったら職場復帰すると言っていたから、もうすぐ復帰してくるだろう。稲葉は生徒からも教師からも好かれる人で、稲葉と仲が良い家庭科の北条などあからさまに悲しんでいた。

 少し話が逸れてしまったので僕は「でも体育が自習になったらどうなるんだろうね」と話題を戻した。

「体育だし、やっぱり体育になるのかしら。体育の座学ってあんまり思い浮かばないし」

「そうだよね。体育館で卓球とかバドミントンとかにならないかなー」

「もしかしたら先生が変わるだけで通常通り授業はやるかもしれないし」

「……ありそう」

 八方塞がりだ。やはり学生の身分で授業をボイコットするなんて無理があったのかもしれない。

「やっぱり仮病しか無いよ。沢口さんも一緒に欠席しようよ」

「嫌よ。私、皆勤賞もかかってるし」

 とキッパリ断られた。

 沢口さんはやはり優等生で、学校を休む事も無いし授業を欠席する事も一度も無かった。ちなみに皆勤賞を取ると図書カード五千円分が貰えるみたいだけど、沢口さんがそれを理由に頑張っているとは思えないし、やっぱり偉いと思う。

 一時限欠席するだけでも、皆勤賞は無しになってしまうみたいなので仮病での欠席は沢口さんも出来ないだろう。

「私も一緒に嫌な思いをするんだから、大丈夫よ」

「ん……」

「一緒に頑張りましょう」

「そうだね、少しくらい頑張るよ」

 体育をボイコットする事を諦めて、僕は沢口さんが貸してくれたノートから下記写す事に集中した。

 それから程無くしてあっという間に授業終了の時間がやって来た。

 もうすぐグラウンドに出るんだ。気分は最低に沈んでいて、身体が重たくなっていた。 

 その時だ。ぽつり、と窓に跡が出来た。何だ?と思うと跡は次第に多くなり、それが雨だと気付く。

 雨は一気に強くなり、一瞬でグラウンドの土がベチョベチョになる程に強い雨が降り注いだ。

 グラウンドに出ていた生徒達が一斉に校舎に戻ってくる。中には上着を傘にしている生徒もおり、この雨がどれだけ強いのかが分かった。

 次いで、授業中にも関わらず教室の扉が勢いよく開かれる。入って来たのは体育の大山先生だ。

「山口先生、授業中にすみません」

「いえいえ。もう終わるところでしたから」

「えー、みんな。この雨なので本日は体育館の中で卓球を行う事にする。時間までに体育館の中に集合しているように」

 まるで神の言葉の様だ。

 沈みきっていた僕の気分は盛り返し、最高の気分になった。

 するととんとんと左側の肩を突つかれた。見ると沢口さんも嬉しそうな顔をしている。きっと僕も同じ表情なんだろう。

「やた」

「ぐっ」

 二人で机の下、小さく交わした拳。

 授業中に交わした、このほんのりと小さく甘酸っぱく、くだらない高校生の日常の一ページを僕は一生忘れないだろう。

仕事に行く途中、どうして雨って悲しいイメージが多いんだろうなって気になって、楽しい雨の物語を書きたくなりました。この物語は「運動が苦手な子供が運動会が中止になったら嬉しいだろうな」と考えて書き出し、次第に運動会が体躯の授業に変わり、完全短編読みきりにしようと思っていたのに沢田さんを登場させてしまい、最後のグータッチの場面が思い浮かびました。今もこの二人の物語がもっと見れたらいいのにな、と思って長編にしようか悩んでいます。

この短編でいいねや高評価、感想を沢山頂ければ連載しようと思います。それ以外でも「面白かった」「続きが見てみたい」などの感想もとても励みになります。よろしくお願いします。

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