婚約式 前編
わたしたちが会場に足を踏み入れると、それまで談笑に興じていた人たちの注目がこちらに向いた。
婚約式は堅苦しいものではないので、わたしもハンスもそれぞれの知り合いと少しずつ話しながら定められた場所に進む。
わたしたちの入場が終わると、続いて神殿長も入場して書見台に聖典を置き、朗々とした声で神話を読み上げていく。
結婚式では神話の大まかな流れと婚姻に関する話を全て話すので、それだけで二時間近く掛かるらしいけど、今回は婚約式なので、フラベル公爵夫妻とお父様お母様が要望した神話だけをピックアップしている。
神話の後に全員が跪いて神々への祈りを済ませると、次はいよいよ何度も練習した婚約の誓いの儀式だ。
「パウリーナ・セブリアン並びにハンス・フラベル。其方たちは心から婚約を望んでいることが偽りでないと神々へ誓えるか?」
「はい。私、ハンス・フラベルは婚約を望んでいること、その思いが真実のものであると神々に誓います」
「わたし、パウリーナ・セブリアンも誓います」
誓いの儀式は基本的に神殿長の問いに対して、二人が返答する形で行われる。
例外は·······
「あれを見ろ!」
その時、参加者の一人が神殿長の背後、つまりわたしたちから見て前方のやや上側を指差して言った。
誓いの儀式中の突然の大声なので、他の参加者はその人を咎めるような視線を送ろうとしたが、指の先で起こっていることを見て、そちらに釘付けになった。
「神の祝福······」
神殿長が掠れそうな声で呟いた。
新緑色の光が日光の差し込むはずのない位置から降り注いで、その光から漏れ出た金色の粉末がわたしとハンスの元にやって来た。
つまり、この祝福はわたしとハンスに対して行われたものだということらしい。
この間、婚約式は一時中断状態になる。
神職に携わる人たちは神殿長のように、祝福を間近で見られた感動のあまり涙を流している者もいる。
その他の参加者は、突然の事態に混乱して放心状態になっている人もいれば、過去に見たことがあるのかそれほど取り乱すことなく、祝福が授けられたことを喜ぶ余裕がある人もいる。
「これより、誓いの儀式は二人が神々に直接対話することになる。パウリーナ・セブリアンとハンス・フラベルの両名は前に出なさい」
神殿長がそれまでいた書見台から離れてお父様達がいる方に引いていくと同時に、わたしたちは書見台の更にその先の神々の像の前に立つ。
これが例外だ。
神々からの祝福があった場合は、神殿長との問答形式ではなく、祝福を受けた当事者が自ら神々に誓う形式が取られることになると決まっている。
非公式の儀式なのに何でそんなことが決まっているのだろうかと不思議に思ったけど、もしかしたら過去に何度か祝福があって、その際の混乱を防ぐために定められたのかもしれない。
まあ、そんな疑問は置いておいて、大神殿の天井を彩っていた新緑色の光はいつの間にか神々の像の元に移動している。
まるで、光そのものが神々で、依り代に宿ることで会話をしようとしているみたいだ。
ハンスも同じように考えたのか、神々の像を向きながらも意識を新緑色の光に傾けて誓いを始める。
「神よ。私、ハンス・フラベルはこちらにいるパウリーナ・セブリアン伯爵令嬢と婚約するつもりです。私はパウリーナ様と初めて話したのは二ヶ月ほど前でしたが、実は一昨年の冬に学園で開かれた夜会でパウリーナ様を見かけて、それ以降ずっと好意を抱いておりました。ただ、その時は運悪く名前を聞くことはおろか、会話することも出来ずに終わってしまい、探し回ってやっとパウリーナ様にたどり着いたのは昨年の学園の最終日でした。この二年間の間に、私は自分の気持ちに向き合い一時の情熱ではないと確信して、名前を知りながらも会えないもどかしさに想いを募らせていきました」
わたしはハンスの誓いの言葉が人々の前で行われている気恥ずかしさを覚えながら聞いていた。
遠回りに遠回りを重ねてきた結果、わたしが知ったのはその道筋の最後の方だったと言うことだろうか。
ハンスの告白はわたしにとって、いきなりのことだったけど、ハンスにとっては二年間も掛けて育んだ恋情だったらしい。
「そしてついに、初めて話すことが叶った日に私はパウリーナ様に告白をしたのです。私は女性の機敏を理解できていなかったようで、側近から苦言を呈されたことも友人から叱られたこともあります」
何でだろう、後ろから注がれる視線が生暖かいものになってきている気がする。
理由は分かる。
誓いとは自分の婚約に対する所信を述べるだけでいいのに、ハンスが好意を抱いた状況から全てを赤裸々に話しているからだ。
もしくは、告白を受ける側からはあまりにも非常識すぎる行動に対しての同情だろう。
ハンス様、言い過ぎです!!
そう叫んで、この地獄のような状況から抜け出したいけど、流石にこんな場所でそんなはしたない真似をするわけにはいかない。
神々の像から「貴女も苦労するわね」と慰めるような声が届いたような気がした。
次回、最終話の予定です。




