婚約式 始まる
本日はついに婚約式の日である。
当事者のわたしとハンスは勿論のこと、セブリアン伯爵家とフラベル公爵家が総出で準備に取りかかっている。
お姉さまやフリーダも手伝いに来てくれた。
特にフリーダは側仕え科で優秀者に選ばれているだけあって、コルネリウスが請け負っている、追加で必要なものの手配の代行や細かい飾り付けなどを丁寧にしてくれた。
お陰で前日の昼頃には準備がすべて完了して、今日の朝は最終確認を簡単に行っただけで済んだ。
わたしとハンスは時間が余ったのでシュリンドル大神殿の神殿長と一緒に婚約式の予行演習をしていて、今はちょうど終わったところだ。
「とても良くできています。この通りにしていただければ本番でも大丈夫でしょう」
「御指南いただきありがたく思う」
「なあに、指南というほどのものではありませんよ。これからも、疑問などがあれば何なりとお聞きください。この老骨の知りうることならば何でもお話致します」
ハンスの堅苦しい態度に対して、神殿長は緊張をほぐすかのようにゆっくりと言った。
「では、わたしから一つだけ質問してもよろしいでしょうか?」
「ええ、勿論です」
「以前から気になってはいたのですが、どうして結婚式だけでなく婚約式も行うのですか?それもわざわざ神殿で」
わたしは小さな頃から気になっていたことを聞いた。
おそらく、婚約式は必須の儀ではない。
なぜなら、中下級貴族は婚約式を行うことがほとんどないし、上級貴族もしないこともあって、極めつけは神殿での儀式を形式も内面も大切にするシャトレ地方の貴族でさえもしないことの方が多いからだ。
「それは、結婚式では親族や友人以外に仕事上関わりのある人が多く来るので、家族や近しい人だけで内々での結婚式の様なものを執り行いたいと考えた昔の人が作ったそうです。今でも、招待する人数は婚約式の方がとても少ないでしょう?」
「そうだったのですね。では、神殿で行う理由は?」
「婚約が破棄する意思がないことを表明するためだと言われています」
婚約式では結婚式の誓いよりは文面が少ないものの誓約の儀が同じように行われる。
神々を崇拝するこの国では、神殿で神々に対して誓ったことをひっくり返すのは御法度とされている。
そうならば、必須ではなくそもそも後付けの婚約式にシャトレ貴族が拘るはずもないし、資金的に豊かではないことも多い中下級貴族は内輪で婚約発表パーティーを開いて終わりだろう。
「教えてくださりありがとうございました」
わたしは身だしなみの準備の時間が近づいていたこともあって、神殿長に一礼をしてから神殿内で借りている着替え用の部屋に向かった。
婚約式用のドレスは結婚式ほど重厚なものを使うわけではないけど、普段着のドレスよりは当然大きく、とても一人では着れないのでアイナが手伝ってくれる。
「お嬢様も婚約をする御年頃ですか。つい先日まで私の腰の辺りの身長でしたのに今では私の肩の辺りまで伸びて、月日の流れは本当に早いものですね」
アイナがわたしの髪に今日のためにハンスとフラベル公爵夫人から贈られた桃色の花を象った髪飾りを着けながら、感慨深くしみじみとした声色で言った。
「そうかしら。わたしにはとても長かったように感じられるのだけど······」
特にここ最近は普段から長いと思っていた一日のことが何日にも感じられることもある。
「そりゃあ、お嬢様は若いですからね。いつの日かお嬢様も歳を取れば私の言葉の意味が分かりますよ」
「そういうものかしら」
アイナはわたしの言葉に無言でゆっくりと頷く。
まるで、時の経過を一瞬でも僅かでも遅らせようとしているかのごとく
わたしはアイナの無言の意味を推し量りかねていたが、やがて一つの結論にたどり着く。
そうか、アイナはまだわたしと一緒にフラベル公爵領に来ることが決まっているわけではないんだ。
元々フラベル公爵領の近くにあるオーステルダルクの貴族と婚約していたリアーナはわたしの側近として着いてくることになったけど、アイナの夫はフラベル公爵領出身でもわたしと特別関係があるわけでもないので、必ず側仕えのままでいられる確証はない。
でも、わたしはアイナは必ず一緒に来ることになると考えている。
それに、今日は婚約式であってわたしの年齢も考えて結婚してフラベル公爵領に行くのは三年後くらいになるから、アイナが説得する時間はたくさん残されているのだ。
「結婚はまだまだ先ですよ。今日するのは婚約式です。······わたしがフラベル公爵領に行くときはアイナも一緒に付いてきてくれますか?」
「······はい。勿論です」
アイナは頬に涙を浮かべたようにも見えたがすぐに平常心を取り戻して化粧に取りかかる。
その後はアイナが結婚したときの話や最近とても会話するようになったお父様のことなどを話しているうちに用意がすべて整った。
「お嬢様、終わりましたよ。ご存じだとは思いますが整髪料を使って固めている部分もあるので、大きく揺れることのないように注意してください。姿鏡を見ますか?」
鏡を受け取ってわたしは髪飾りと髪色の相性を見た。
予想できていたことだけど、わたしの髪色と調和していて髪飾りの良さが最大限に浮き上がっている。
「アイナ、········」
アイナに話しかけようとしたときにドアをノックする音が部屋中に響いた。このノックにしては有り得ない大きな音を出すのはハンスだろう。
「ハンスです。そろそろ、婚約式が始まるのでお迎えに上がりました」
「私が開けて参りますね」
アイナがドアを開けると、案の定ハンスが立っていて、その隣にはフラベル公爵がいた。
「おはようございます、フラベル公爵。今日はわざわざフェリシス公爵領までご足労いただき、ありがとう存じます」
「いやいや、私も楽しみにしているのだよ。それよりもフラベルの騎士たちがパウリーナを見たがってたくさん来てしまった。あれでも、抑えた方なのだが婚約式なのに申し訳ない」
フラベル公爵もそうだが公爵夫人もとても楽しみにしてくれているようだ。
そして何より、フラベルの騎士たちはわたしが騎士科の座学最優秀を取ったことで、好感度と興味を持ったらしい。
フラベル公爵が頭を抱えているので、よほどの人数が来てしまったのだろう。
「婚約式の参列者にしては多すぎるので、神殿の護衛という形で参加してもらうことにしました」
これに関してはハンスが機転を利かせて上手く誤魔化してくれたらしい。多少の不自然さはあると思うが何とかなるだろう。
フラベル公爵は要件を伝えると「妻が待っているから」といってそさくさと会場に戻った。
「それでは、私たちも行きましょう。歩きにくくはないですか?」
「大丈夫です。アイナ、行って参りますね。お父様かお母様が会場の前の方にいるはずなので、アイナもそこで見てください」
わたしはアイナに手を振ってから、一度待って会場に向けて髪を崩さないようにゆっくりと歩き、数分後に会場に到着した。




