話し合い
わたしは回復した翌々日から学園に戻ったのだが、そんなわたしを待ち構えていたのは休んでいる間に未履修のまま溜まっていた大量の講義だった。
不慮の事故の結果による講義の欠席のために振り替え講義を受けることが出来るように、フェリシス公爵領とフラベル公爵領が連名で交渉をしてくれたらしい。
また、一部の講義に於いては最初に試験を受けて合格点に達すれば履修済みという判定も出してもらえることになったので負担は少なかった。
でも、通常講義と平行して別の講義も受けるのは予想以上に時間のかかることで、全てを終えた頃には今年の学園も終了間近になっていた。
通年であれば、最低でも10日は時間があったので学園の友達とゆっくりとお茶会をするのが恒例だったけど、今年は時間がない上にやることが多くて参加できなかった。
わたしの卒業が来年なので、学生の内にあと何度か機会があることが救いだ。
そして、わたしのやることとは勿論ハンスとの関係を親に報告して婚約の許可と発表の日取りを決めることだ。
わたしは今日の話し合いが予定されている部屋にハンスと共に向かっていた。
ハンスが参加する騎士科の学生の実技最優秀を決める一騎討ち大会の予選が終わってから一緒に向かう予定だった。
しかし、予選で当たった相手との実力が拮抗していて大幅に長引いてしまったので、事前に示し合わせた集合時間を大きく越えてしまっている。
なので、わたしたちは公の場での貴族としてはしたなくない程度に早足で歩いていた。
ちなみに話し合いはわたしとハンスの両親に加えて叔父のフェリシス公爵とお姉さまの8人で行われる。
フェリシス公爵は影響力の強いフラベル公爵の爵位継承者との婚約なので、話の全容を理解しておく必要があることが参加の理由だ。
お姉さまはわたしたち二人のことを一番近くで客観的に見ている立場なので説明要員として手伝ってもらっている。
フェリシス公爵領側の方は全く問題ない。
元々がわたしの一存で決めていいという話だったし、昨日の内にフェリシス公爵や両親からの許可は改めて取り直している。
問題はフラベル公爵領側がどのように出てくるかだ。
ハンスによるとフラベル公爵はそこまで表面的な身分に固執しないとは聞いているけど、何かしらの一悶着があるだろう。
「パウリーナ様、それほど緊張する必要はありませんよ。事前に大方の説明と許可を済ませているのです」
「それはそうですけど······」
確かにある程度の方針は両者で纏まっているはずだし、話し合いが開かれるということは前向きに検討されているのだろう。
それでも、わたしの中には不安が渦巻く。
「有り得ないとは思いますが、もしも、父上が無理難題を吹っ掛けるならば、私はフェリシス公爵の下に行くと決めています。なので、安心してください」
わたしはハンスの微笑みに力を貰って、エスコートされながら話し合いをする部屋に足を踏み入れた。
「遅れてしまい申し訳ありません」
「いいや。我々も今揃ったばかりゆえ、気にする必要はない。遅れた理由は大方ハンスなのだろう?」
「その通りです、父上。剣技大会の予選が思いの外長引いてしまいました」
開口一番にわたしは遅刻の謝罪をしたが、フラベル公爵は集まったばかりだと見え見えの嘘をついた。
なぜ嘘かと分かったかというと、臨席者の目の前のテーブルに置かれている紅茶が冷めているからだ。
でも、この行動によってフラベル公爵が少しのことを気にしない寛容な人物だと理解できる。
「では、自己紹介も済ませたことですし、早速本題に入りましょう。我が姪のパウリーナと貴方の息子のハンス殿が婚約したいと言っていますが、それについてはどのようにお考えでしょうか、フラベル公爵?」
フラベル公爵はゆっくりと目を閉じて、考え込むような仕草を見せる。
やっぱり、フラベル公爵にはハンスのわたしとの婚約に思うところがあるのかもしれない。
話し合いは難航すると覚悟したが、予想に反して目を開いたフラベル公爵から帰ってきた言葉は「異論などない」の一言だった。
「わたしが魔力をほぼ失くしており、中級貴族格としての扱いになることに対しては、何か思うところなどないのですか?」
わたしはフラベル公爵にわたしの事情が伝わっていないことを懸念して、自分から打ち明けて返答を待つ。
「パウリーナ嬢が上級貴族でなくなるとしても、ハンスの想い人であることに代わりはない。他の領地ではどうなっとるかは知らんが、フラベルでは身分差はさほど気にはされん。二人の意思で決めたのなら我々はそれを尊重して歓迎するのみよ」
何でも、フラベルは暑い気候も一因としてあるのか性格もハンスのように熱い人が多く、形式よりも中身を重要視する人が多いらしい。
なので、他の貴族からも非難される可能性はほぼないそうだ。
ハンスの耳打ちによると、これは公爵個人の考えではなく、領地全体の気質として間違いはないらしい。
それに、わざわざ領地の特性を明示して安心材料も提供してくれたように、ハンスが強く言っているために仕方なしに受け入れているのではなく、心から歓迎してくれているのが一目見て感じられた。
「私も夫と同じ意見です。そもそも、パウリーナ様が魔力を失ったのはハンスを助けるためだったと聞いています。返しきれない恩を受けていて、お互いが愛し合っているのに、それを引き裂く道理も権限も私達には端からありませんもの。私もパウリーナ様が嫁入りしてくれるなら大歓迎です」
フラベル公爵夫人はまるで聖母のごとき優しげな笑みを浮かべながら言った。
後ろに形式的な護衛として控えているミラージェス伯爵やその他の騎士も頷いてくれている。
「ありがとうございます」
わたしは嬉しさの感情がこもりすぎて、微妙に裏返った声で二人への感謝を述べた。
その後は婚約期間をどのくらいにするか等で話し合いは長引いたものの予定していた時間内になんとか収まって、婚約に関しても無事承諾された。
「意外と簡単に話がまとまりましたね」
わたしは安堵を含んだ笑顔をこぼしながら、みんなが帰ってハンスと二人きりになった部屋の中で言った。
「そうですね。私自身も少々驚かされました。いくら父上が身分差に拘らない人だとしても、領主としての利益を加味すれば何かしらすると考えていました」
「もしかすると、フラベル公爵は敢えてなにも要求しないことで信用を勝ち取ったのかもしれませんね」
ハンスはそうなっていた場合のことを想像したらしく、僅かに沈痛で申し訳なさそうな表情になったので、わたしは気を逸らすためにおどけて見せた。
上手く成功したみたいで、ハンスは表情を一転させて笑い声を上げて笑う。
「父上は無意識にそう考えた可能性が高いと思いますが、ミラージェス伯爵辺りはそんなことも想定していた可能性も高いですね」
アンリエットの父親は魔術師だったそうだから、ハンスの言う通り、魔術具の素材が豊富なフェリシスとの関係を円滑にする狙いがあったかもしれない。
「でもまあ、婚約が無事に成立して良かったです」
「本当に」
ハンスはしみじみとした表情で肯定する。
わたしも同じような気持ちだ。
フラベル公爵が格式を重視する人で、魔力を失った人を爵位継承者の婚約者にするなどとんでもない、と言うような人だったらどうだっただろうか、などとは考えたくもない。
「これからは婚約者としてよろしくお願いしますね。······それと、ハンス様にこれを差し上げます」
わたしは懐から小さな箱を渡した。
「これは?」
「ハンス様が剣技大会で二年連続の優勝を飾れるように自分で作ったお守りです。でも、優勝も大事ですが絶対に怪我しないでくださいね」
「大切にします」
ハンスはお守りを強く握りしめて今日一番かもしれない笑顔を溢して言った。
それから3日後、無事に剣技大会も終了してハンスの卒業式の日になった。
あと二話くらいで完結します。




