告白のお返事
本日二話目です
馬車はすでに出発して、当然の事だが行きに通った道を引き返している。
ハンスは乗り物酔いをしやすい体質ではあるが、流石にまだ元気だ。
「コンフィザーリの店前での話の続きを聞かせていただいても構いませんか?」
「はい」
数分の時間をかけて防音結界の魔術具を起動させると、対角線に座っているハンスはわたしの目を見ながら言った。
この数分の時間がわたしが準備するために用意された猶予のような気がしてならなかった。
もう逃げることは、告白の返事を引き伸ばすことはできない。正直な気持ちを伝えなければいけない。
ハンスと身も心も向き合うと決心して口を開く。
「正直に言いますと、わたしはハンス様の事が好きなのだと思います」
「そうですか。とても嬉しいですが、『思います』とはどのような意味でしょうか?」
ハンスはわたしの言葉に喜色を浮かべながらも、疑問点を見つけたことで、一度表情を引き締める。
「それは······」
「咎めているわけではありません。ただ、貴女の気持ちを一欠片でも多く知りたいと考えているのです」
ハンスは口籠ったわたしがハンスに咎められていると受け取ったと思ったのか弁明をした。
内実は答えを探していただけだが、これ以上黙っているとハンスを不安にさせるような気がしたので、ありのままの言葉を伝えることにした。
「わたしには以前に恋をしたことがないので、恋がどのような感情なのかよく解らないのです。ですが、ハンス様といると不思議に心が上気して、お姉さまやフリーダ、リアーナたちと居るときとはまた違う楽しさを感じます。それに、他の人に言われたりされたりしても全く恥ずかしくもないことが、ハンス様が相手だと恥ずかしく、顔が熱くなるのです。それをアイナに相談したときに恋だと諭されました。恋愛対象として好きだと気づいたのはそのときです。でも、それが本当に『恋』という感情なのか確信が持てないから、そのように言ったのです」
それにわたしは家族や伯父のフェリシス公爵たち親戚と家にいる使用人以外の男性と深く接した経験がほとんどない。
同年代で血縁関係のない男性となれば、友人と呼べるほどに親しい人はたぶん一人もいないと思う。
学園に在籍する以上、一人くらいは異性といえども親しい人が出来そうなものだが、同年代の男性と話すのが苦手だと知っていたお姉さまやリアーナ、フリーダたちがいつも仲立ちしてくれていたので接するのは最小限で済んでいた。
「なるほど。プルデンシア様から男性と接した経験が少ないので言動、行動には細心の注意を払うようにとは聞いていましたがそういうことですか」
どうやら、ハンスはお姉さまからわたしの事についてある程度詳しいところまで聞いていたらしい。
「不安ではないのですか?」
自分で言うのは烏滸がましいが好きだと思っている相手が好きだけどそれが恋なのか分からない等と言えば普通は不安に感じると思う。
少なくともわたしがハンスの立場だったらそのように思うはずだ。
「確かにもどかしくはありますけど不安ではありません。·····一つ質問してもいいですか?」
唐突な話題転換だと思ったが、わたしは了承する。
「では、今日のデートの相手がアンリエットだった場合を想像してください。その時に感じたことが、今日私と過ごしてみて感じたことと、どのような違いがあったか教えてください」
今日となりにいたのがハンスではなくて、アンリエットだったら······
「楽しかったことは変わらないと思いますが、今日ほどは楽しめなかったと思います。新しい一面を知れたことに一々喜びのような感情をこれほど大きく感じることはなかったでしょうし、天地がひっくり返ったとしても好きとは言わなかったと思います」
「そうですか」
ハンスは何かをごまかすように下を向いた。
時間を置いて、ハンスはもう一度顔をあげて、わたしをまっすぐ見据えながらこれまでにないほど真剣な顔で話し始めた。
「一番最初に伝えた通り、私は貴女の事が好きです。フェリシス公爵の姪という立場に惹かれて告白をしたわけではありません。パウリーナ・セブリアンという一人の少女自身を好きになったのです。嬉しいときはすぐとなりにいて一緒に笑い合いたい。悲しいときはすぐとなりにいて悲しみを共有して、励ましたいと思います。友達になろうと言っているわけではありません。友達に対しても、確かに同じようにしますが、貴女とのそれは全く重みが異なるものです」
ハンスの言葉にわたしの胸の鼓動が加速度的に速くなってとても苦しい。でも、同時にひどく胸が高鳴ってとても嬉しい。
この人がもしわたしじゃなくて他の女性と結ばれたら······いや、そんなの絶対に嫌だ!
その考えが一瞬脳裏を掠めただけで、嫌悪とも嫉妬ともつかない感情がわたしの胸と脳を支配する。
ああ、これが恋なんだな。そう直感した。
家族や家族同然のセブリアン伯爵家の使用人はもちろんのこと、お姉さまや友達にも抱いたことがない未知の気持ちだった。
恋物語や他の人から聞いた恋の話では熱心に想っていても失うこともあるそうだ。
怖くもあるし、足がすくんでしまう。
この気持ちを知ってしまった以上、失ったときの喪失感は想像するに堪えないものだろう。
その時、わたしは正気でいられるだろうか。
そんな自信は全くない。
おそらく無理だ。
色々な事情があって親交が元々少なかったお祖父様や曾おばあ様が亡くなったときでさえも、心に引きずり続けるほど悲しかったのだ。
ましてや、一番大切になった人が居なくなれば耐えられないだろう。
「ハンス様、あなたはわたしのとなりにずっといてくれますか?居なくなったりしませんか?」
心のうちに巣くっていて、わたしの心を揺らしていた不安の塊のようなものが小さな声になって馬車の中に散乱した。
「いなくなりませんよ。貴女のためならば精霊王や大精霊、神々を敵に回してでも生き抜きます。あなたに望まれる限り、絶対にとなりにいます」
神々は言うにあらず、精霊王や大精霊はこの世界に数多いる精霊の中でも最上位に君臨している精霊たちで、通常契約することが多い下位精霊や中位精霊とは比べることも出来ない強さを持つ。
その圧倒的な力はもしも邪悪な思想に用いられれば国が滅びることもありうると言われる。
その三者と敵対するという言葉はたとえ冗談であっても軽々しく口にすることは許されない。
過去にはなんの気もなく魔が差して「神々と敵対しても」と口にした国王が貴族たちから激しい避難を受けて投獄されたという伝説すらあるほどだ。
まあ、今は防音結界の魔術具を張っていて、わたし以外に聞いている人がいないこともあるだろうが、それを抜き差ししても軽々と言える言葉ではなく、よほどの決心を感じさせるものだった。
その言葉はわたしの不安で揺れて落ちそうになっていた心を繋ぎ止める網には十分すぎるほどだ。
「ありがとうございます」
涙がわたしの頬を伝う。悲しくて流れる涙とは違う。嬉しいときに流れるいわゆる嬉し涙という物だろう。
「もう一度言います。パウリーナ様、私の告白を受け入れてくださいますか?」
「はい」
わたしは涙を溢しながら、消え入るような小さな声でハンスの告白を受け入れた。
馬車の中は様々な感情が飛び散り、渦巻いていたがその感情が喜怒哀楽のうちの『喜』に類する感情であることだけは共通していた。
しかし、その幸せな空気の近くには脅威が差し迫っていた。
次回は閑話を挟みたいと思います。




