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戦鬼か、それとも悪魔か

 力量調節の方法をマスターしたショウは、早速人助けをする日々を送り始めた。


 元より彼は“一日一善”をモットーに生きており、改めて意識を大きく変えるようなことはしていない。強いて言うなら、人助けが可能な範囲が以前と比べてかなり広くなった。それぐらいである。


 足腰の悪い老人の荷物運びを手伝ったり、迷子となった子供を見つけたら空を飛んで家に届けるのは序の口。落とし物やペット探しに倒壊したデパートの瓦礫撤去や火事から逃げ遅れた人の救助。目に付く“善行”はできる範囲で全て行い、溢れ落ちてしまいそうな尊い命と眩しい笑顔を数え切れないほど掬い上げて行った。


 彼の善行成就の精神は町中だけに留まらず、復帰した学校においても発揮された。


 サイボーグとなったことで、世界に出回るあらゆる分野の知識を手にしたので本来なら学校に行く必要はないショウだったが、彼は得た知識を使って「第二の先生」として活躍することにしたのである。


 漢字や英単語を忘れたならショウに質問すれば正確な回答が返ってくる。数学や理科の計算方法に頭を抱えて意味不明になっても、ショウに頼めばとても分かりやすい説明で理解させてくれる。本職顔負けの指導技術で多くの生徒に慕われる存在になった。


 社会の授業がつまらなくて寝てばかりだった生徒はショウから歴史の奥深さを教えられたことによって授業を楽しく受けるようになったし、体育が苦手な生徒も無理をしない範囲で一段階上へのステップアップをさせてくれるショウのおかげで授業が苦にならなくなったり。以前にも増して熱心に授業を受ける生徒が増えたことから学校の先生がショウに抱く感情はどれも好感情だ。


 これだけの善行をしておいて、ショウは一切傲り高ぶることなく、かつ出しゃばることもないので隙がまるで見つからない。


 ショウが次々と善行を重ねていくので、SNSでの反響は凄まじいものとなった。前々からショウのことを支持していた者は熱狂し、逆に嘲り罵っていた者は一層口汚い言葉を吐き捨てるようになった。


 彼のことを聖人君子と捉えるか、それとも偽善者と捉えるか。大きく二分され、人々はお互いの顔が見えないことを利用して相手が傷つく言葉ばかりを選択していく。そんな惨状にショウは心を痛めていたが、自分一人ではどうしようもないことを悟っていた彼が言及することもなかった。


 争いを止める手段は一つしかない。自分を偽善者だと嗤う人を黙らせるぐらい、もっと多くの人を助ける。とても単純だが、単純故に非常に厳しい選択を彼は取った。全てはナナミと交わした約束を果たすために。


 そんなある日のこと。事件は起こった。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄

「現場から中継です! 本日の午後三時頃、S県S市のコンビニエンスストアにて立て籠もり事件が発生しました。犯人は店内にいた小学生を含む十人を人質としており、依然警察との睨み合いが続いています!」


 ショウの住む町より少し離れた場所で人質を伴った立て籠もり事件が発生し、現場は騒然としていた。事件を起こした犯人は刃物と拳銃を所持しており、警察が説得のため近づくと発狂気味に叫びながら乱射するので、警察は解決策を見出すことができずにいた。


 そこへ、偶然遠出をしていたショウが通りがかった。


「あれ、警察の皆さん。事件ですか?」

「君はサイボーグの鶴見くんか。ああ、立て籠もり事件だよ。犯人は中年の男で凶器を持っていて、唯一の出入り口に近づけば発狂して拳銃を乱射。人質は十人で、いつ殺されてもおかしくない。正直言って手詰まりのところなんだ」


 警察や救急にもショウの名前は知られており、事件現場で彼と遭遇した際には原則として手助けを要請するという決まりになっている。通常なら侵入が不可能な経路からでもショウは突入可能なため、このような立て籠もり事件では切り札的存在になっていた。


 もっとも、ショウに殺人の可能性がある事件の手助けを要請するのは初のことだ。現場付近で中継していたリポーターはショウに気がつくと彼を映し出し、やや興奮した口調で喋る。


「速報です! たった今、サイボーグ鶴見ショウが現場に駆けつけました! 警察と何やら話し込んでますが……?」


 ショウは透視とサーモグラフィーを使って人質の安否を確認する。犯人だと思われる男性を含めて計十一人を確認したところで、見覚えのある顔を見つけたショウは目を見開いた。


 クラスメイトの男子と女子が一人ずつコンビニ内にいることが分かったのである。さらに小学生とその母親であろう妊婦。老人一人。刃物によって怪我をしている大学生ぐらいの男が一人。残りは店員。


 犯人がどんな目的で犯行に及んだのかは知らなかったが、自分の知るクラスメイトが危険に脅かされていることと、既に怪我人が出てしまっていることに強い怒りを感じるショウ。すると、彼の顔面に変化が現れた。


 顔面全体に赤黒く醜い手術痕が浮かび上がったのだ。さらに透視を使用する際に変色した紅眼が淡く光り出す。


 鬼の形相を遥かに超える恐ろしさを持ったショウの顔面に、近くにいた警察官やリポーターは腰を抜かしそうになった。


「……僕に考えがあります」


 感情を押し殺した声に警察官は我に帰る。見た目は恐ろしかったが、滲み出る正義感を正確に読み取った警察官はショウのことを信用することにした。


「言ってみてくれ」

「建物の天井を破壊して僕が店内に侵入します。そのまま犯人を無力化して確保します。警察の皆さんは、僕が入り口の扉を開け放したら人質にされた人を救出してください」


 即答で「お願いする」とはとても言いにくい提案。だが、このまま時間をかけると人質の命に危険が及ぶ。そう判断した警察官はほんの少しだけ目を閉じて考え込むと、ショウの目を真っ直ぐ見てから頭を下げた。


「分かった。中学生の君にこんなことを頼むのは本当に申し訳ないし情けないのだが、頼めるか?」

「任せてください。犠牲者を出さずにこの事件を終わらせて見せます」


 そう言うと、ショウは飛び上がって全身に仕込まれた重力制御装置を起動。一跳びでコンビニの屋根に飛び乗り、かつ足音を立てずに降り立った。


 全身に仕込まれた重力制御装置は、彼の身体にかかる重力を自由に変更することができるとんでもない技術である。月面クラスの重力に変更してフワフワと移動することもできるし、無重力にした上で足の裏を変形させてマッハ6で飛行することも可能だ。


 透視で人がいない場所を探し出し、被害が及ばないような力調整を整えたショウは拳を握り、そのまま天井を殴りつけた。


ドォゴアアン!


 凄まじい轟音と共に天井が砕ける。人一人が通れるぐらいの穴が開き、そこへスルリと身を放り込んで店内にアッサリと侵入を果たす。


「チッ、今度は何だよクソッタレがぁ! どいつもこいつも邪魔ばかりしやがって……!」


 ショウが飛び込んできた様子は粉塵よって見えなかったらしく、立て籠もり犯は口汚い言葉を吐き出しながら物に八つ当たり。しかしそれでも怒りは収まらなかったようで、荒々しく手近な子供を引き寄せるとこめかみに銃口を押し当てる。


 それを確認したショウはすぐさま行動を開始した。


「待って、今すぐその子を離して! 撃つなら僕を撃つんだ!」


 突然響いた若々しい声に、立て籠もり犯はビクリと体を揺らした。


 音を立てずに立て籠もり犯に接近し、大声を張り上げて威嚇しながら子供を奪取。物陰に隠すと犯人の前に出て仁王立ちする。


 轟音が鳴り響いたと思ったら赤黒い手術痕に真っ赤な瞳を持つ少年が唐突に現れて、自分が一切気がつかぬ内に人質を奪われて。到底現実とは言えない摩訶不思議な出来事に立て籠もり犯は狼狽えた。


 彼は知らなかった。目の前に立つ男が人を遥かに超える力を持ったサイボーグであることを。それ故に、恐怖を無理やり捻じ伏せて殺意を剥き出しにすることができた。


「何で。何でこんな真似をするんですか。こんなことしても、何の意味もないのに……」

「うるせえ、お前みたいなガキに俺の気持ちが分かるか! いつもみたいに上手く行く予定だったのに、クソッ! 金とその辺の女を持って逃げちまえば良かったなぁ!」


 迸る人間の悪意。醜い本性。直視するのも憚られる汚い私利私欲。純粋で曇りのない心を持つショウにとって、男が吐き出した言葉は鳥肌が立つほどに気分が悪く、また怒りを感じずにはいられなかった。


「こんな誰も幸せにならない真似をするのは間違ってる! 貴方一人が笑顔になるために、何人もの人が涙を流すのはおかしいですよ!」

「こんの甘ちゃん坊やが……!」


 手に持つ拳銃の引き金を引いて、目の前に立つ障害物を殺害するべく鉛玉を撃ち出す。立て籠もり犯にとって、ショウの存在はどうしようもないぐらいに世間知らずの甘ちゃん坊やであり、何よりも彼を苛立たせる存在だ。撃ち出した鉛玉が命中したのを確認すると、確実な死を与えるために何回も引き金を引く。


 ショウの腕に。脚に。腹に。胸に。頭に。次々と弾丸が命中する。男の腕は確かであり、サラリと零した言葉から常習犯であることが分かる。ショウは知らなかったが、今回立て籠もり事件を起こした男は巷を騒がせる通り魔であった。既に何人もの男女を殺害して来ただけはあり、拳銃の取り扱いもかなり手慣れている様子である。


 だが、今回は相手にする人間を男は間違えてしまった。


「ウ、ウソだろ!? 確かに命中したはずなのにっ」

「……もう止めてください。こんなバカなことは終わりにしてくださいよ!」


 弾丸をその身に受けても身じろぎ一つしない。命中したと思われる場所には薄く傷が入った程度で、弾丸自体は弾かれて地面に転がっていた。


 立て籠もり犯が店長に命じて店の電気を落としていたので店内は暗いのだが、そのせいでショウが持つ煌々と輝く瞳と手術痕が異常なまでの威圧感を放っている。


 その姿を戦鬼と称すか。それとも悪魔だと呼ぶか。あまりにも現実から剥離したショウの立ち振る舞いが、立て籠もり犯に焦りと恐怖を生むには十分すぎた。


 ゆっくり歩いて近づこうとするショウに対し、男は拳銃を捨ててナイフを握ると地面を蹴って急迫。ショウの胸元にナイフをグサリと突き立てた。


「この悪魔がっ。死ね、死ね、死ねえ――!」


 何度も何度も。ナイフを突き立てグリンと掻き混ぜて。その数が数十を超えたところで男は気がつく。まるで口に入ってこない、鉄の味がする鮮血の存在に。そして未だに汚れていない、ナイフを握っている自分の手に。


「ぐうお、離せこのガキ!」

「もう終わりにしましょう。こんなこと続けても何も生まないです」

「ふざけるな! クソ、何だよこの力はっ。お前本当に人間なのか!?」


 ナイフを持った男の腕を握って瞬く間に無力化すると、静かな声で「諦めろ」と諭すショウ。その行為がさらに立て籠り犯の怒りを増させていくが、万力にでも掴まれたかのように男の腕はピクリとも動かない。


 口汚く罵り、滑稽にも空いている腕で殴ったり蹴ったりして抵抗をするが、男の攻撃を何度受けても顔色一つ変えないショウに、次第に男の心の中が恐怖という感情だけで支配されていく。


 あくまでも言葉は刺すような調子でない。しかし男の顔を黙って見つめるショウの瞳は絶対零度のごとく冷え切っており、キュッと一文字に結ばれた口元からは今にも憤怒の感情が乗った言葉が飛び出そうだ。


 恐怖に染められて膝の力が抜け始めたのを見逃さなかったショウは、軽く腿を蹴って地面へ転がすと、そのまま馬乗りになって男を見下ろした。


「眠ってください」


 そして拳を振り下ろす。ただし男の顔面のすぐ横に向かって。男には視認できない速度で落とされた鉄槌は地面を深々と抉ったあとに局地的な地震を起こした。


 息を呑み込んで男はそのまま気絶した。原因は恐怖によってオーバーヒートした脳が意識を強制シャットダウンしたからである。


 警察突入の合図となる扉の開け放しを行うために立ち上がり、気絶した立て籠もり犯を一瞥してから扉に向かって行った。


 その様子を物陰から感情の一切を消して見ていた男子がいたことに、ショウは全く気がつかなかった。

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