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約束

 世界初の成功したサイボーグ。この噂があっという間に広まり、今や世界中で注目される時の人となったショウ。連日彼の家には記者たちがやって来て、自分が思うままに質問を投げかける。


 その度に外へ出て、一つ一つ丁寧に答えていく彼の様子がまた世間では騒がれていた。


 例えばこの質問だ。


「貴方はサイボーグになりましたが、その力を何に使おうと考えていますか?」


 おそらく記者を含め、彼に注目する全人類が尋ねたかっであろうこの質問に対するショウの回答はこうである。


「この力は人の手に余る強大な力です。国一個を滅ぼすのも、逆に興すのも簡単だと思います。でも僕はそんなこと望んでいない。誰もが心から笑える世界を作るためにも、この力は困っている人を助けるために使おうと思います」


 彼に対して行われたインタビューの内容は瞬く間にネットへ拡散され、様々な反響を呼び起こした。


 ショウの人間離れした心の純粋さに感動し、彼のことを聖人君子と崇め讃える者。上辺だけの偽善を並べてるだけのバケモノだと蔑み恐れる者。連日、ネットでは様々な場所で“サイボーグ賛成派”と“サイボーグ反対派”による口論が繰り広げられている。


 その内容を一部抜粋しよう。


『ショウって人めっちゃ心綺麗だけど、サイボーグて聖人君子しかなれないのかなぁ』


 この書き込みに対しては、様々な方面から答えが飛んで来た。


『そりゃそうでしょ。サイボーグってよく分からんけどエグ強いんでしょ? そんな力を犯罪者が持ったら国が壊れるだろうし』

『あいつが心が綺麗って、あんなの偽善に決まってるでしょ。あいつは驕り高ぶってる。テレビの前だから調子の良いこと言ってるだけ』


 ショウを聖人君子と信じて疑わない者は彼を侮辱する発言に憤る。


『あの人って最近起きたデパートの倒壊事件で数人の命を救った人でしょ? そんな人が偽善者とは思えない』

『人をそんな風にしか見れないなんて、君は可哀想な人だね』

『あの人が何か事件を起こした訳でもないのにその言い方はないだろ』

『人としてその発言はどうなのさ?』


逆にショウを嘲っている者は彼を信じている者から正論と思わしき発言を食らわされて顔を赤くしてキーボードを叩く。


『言葉尻だけで信じるとかマジ?』

『普通に考えてサイボーグなんか危険極まりないだろ。今は大人しくしてるだけで、時間が経ったら本性を表すに決まってる』

『そう簡単に人を信じるのもどうかしてる』

『頭悪すぎ。サイボーグに殺されるのはお前らみたいなバカからだな』


 ショウを取り扱ったSNSでのスレッドはことごとく荒れ、時には日を跨いでも言い争いが終息しないことさえあった。


 争いを望まないショウの知らないところで、今日も人々は何の意味もなく口汚く互いを罵り合って醜い姿を晒す。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄

バリンッ!


「あ、しまった。またやっちゃった」


 争いの種へ知らずのうちになっている当の本人は、家に帰ってからはサイボーグの強力な力をセーブするために訓練に勤しんでいた。


 以前の感覚で物を触ると簡単に壊れるので、かなり苦心んしてこそいるが、これでもかなり制御の方法を覚えた方である、最初の頃は触れた物全てを粉々に粉砕していたので、軽く三十を超える食器や家具がお陀仏となった。


「難しいなぁ。でも、これができないと人に触ることすらままならないからな……」


 割れてしまった食器を片付けながら一人ボヤくショウ。サイボーグになってからは疲れという物をまるで感じなくなってしまい、気がつけば十時間ほど経っていることもザラにある。


 力の制御ができなければ人助けはもちろんのこと、一般生活すら送れない。早いところ学校へ復帰したいという気持ちもあってか、ショウはここ三日は休憩をほとんど取っていない。


 流石に心的な疲れを何となく感じ始めたなぁ……となったところで、彼の家のインターホンが鳴った。


 恐る恐る扉を開けると、そこには……。


「あ、鶴見くん。久しぶりだね」


 美少女がいた。


「あれ、佐伯さん!? 一体どうしたの?」


 佐伯さん。正確には佐伯ナナミ。ショウのクラスメイトであると同時に、彼が密かに想いを寄せている少女である。かなり整った顔立ちをしており、性格も良いためクラス内でも人気の高い女子だ。


 そんな憧れの人が突然来訪したことに分かりやすく目を丸くしたショウを見てナナミはクスリと笑う。


「鶴見くんとお話ししたくて。学校帰りだけど寄り道したんだ」

「僕と? って、立ち話もあれだから……ちょっとだけ待ってね。外出る準備するから」


 急いで家の中へ戻り、特殊加工を施されたの制服を着込んでマフラーを身につけたショウは、これまた特殊加工をしてある靴を履いて外へ出る。


「お待たせ。この格好なら外を出歩いても怪しまれないでしょ?」

「ふふ、確かにそうだね。それじゃあ行こうか」


 夕暮れが照らす街中を二人が行く。ナナミの足取りに合わせながら少し歩いたところで、彼は早速最大の疑問を彼女にぶつけた。


「君が寄り道するって、余程の理由があるってことかな?」


 ナナミは優等生だ。テストでは常に学年上位に食い込む成績だし、校則違反をしたことだって一度もない。とても寄り道をするような人間には見えなかったので、真っ先にショウは質問をすることにしたのである。


 彼の予想はほとんど正解であり、ナナミは否定することなく微笑む。夕日に照らされたナナミの笑顔が美しくて目が釘付けになったショウにまたクスリと笑いを零すと、彼女はゆっくりと事情を説明し始めた。


「お礼が言いたかったんだ」

「お礼?」


 目をパチクリさせるショウ。何か礼を言われるようなことをしたのだろうかと首を傾げる。軽く一ヶ月は学校へ行ってないこともあり、答えが全く出てこないショウは「うむむ……」と唸ることしかできない。


 見かねたナナミは笑みをいっそう深くして答えを口にする。


「デパートの倒壊事故で、私の弟を鶴見くんは助けてくれていたんだ。瓦礫に閉じ込まれる前に、ポイって投げた小学生ぐらいの男の子を覚えてない?」

「あー……ああ! あの子か。え、あれって佐伯さんの弟くんだったの? 弟くんいるの知らなかったよ」


 まさかのカミングアウトであった。驚愕と同時に、身近な人の大切な家族を救えたことをショウはとても嬉しく思う。あの日、彼が自分が命を削ってまで人命救助に出たのは間違ってなかったのだ。


 破顔するショウに釣られてナナミもさらに笑みが深くなった。


「本当にありがとう。鶴見くんがあの日いなかったら、私の弟は間違いなくあの世へ旅立ってたと思う」


 ほんの少しの間見せた憂いを帯びた顔もまた美しく、そして可憐で儚い。何度も見惚れてはその度頭を振り、何とかして煩悩を退散させようとする。


 惚れた女の子が浮かべる様々な表情は、思春期真っ盛りの中学三年生からするとどれも破壊力抜群だ。時には怒った顔や泣いてる顔ですらも愛おしく、そして美しく感じてしまう。


 そんなショウに向けられた曇り一つない最高の笑顔。考えうる限りで最高の贈り物を受け取ったショウの表情は明るい。身は機械類で形成されているが、彼の持つ心はどんな人よりも人間らしかった。


 ふと気がつけば、二人はナナミの家の前まで辿り着いていた。長いようで短い散歩はこれで終わりである。


「それじゃあ、僕はこの辺で帰るとするかな。佐伯さんと久しぶりに話せて楽しかったよ」

「あ、待って待って。確かに散歩はここまでだけど、もう少し鶴見くんとお話ししたいんだ。ダメかな?」


 ショウからダメという選択肢が出てくるはずがない。先ほどのナナミのようにクスリと声を漏らすと、笑顔で大きく縦に頷いた。


 ナナミの家に入るために設置されている石階段に二人は腰を下ろす。足をブラブラとさせるナナミと静かに座るショウ。面白いぐらいに対極的だ。道行く人が微笑ましい物を見守るかのような目で見やる。


「鶴見くんが身につけてるそのマフラー。すごく似合ってるよ。作って良かった」

「え、このマフラー佐伯さんが作ったの? と言うことは、まさか手編みで……!?」


 ご名答。そう言わんばかりにナナミは微笑む。風に吹かれてパタパタと揺れる白いマフラーがまさかナナミ作だとは思っていなかったショウの衝撃度は大きい。


「メッセージは読んでくれた?」

「そ、そりゃもちろん。 ……まさか佐伯さんが作ったなんて思わなかったよ」


 今日はこの短時間で驚かされてばかりだとショウは苦笑いする。最初にメッセージを読んだときは軽い気持ちで見ていたショウだが、恋心を抱く少女からのメッセージと知れば変わってくる。とても照れくさい。


 背中を走るむず痒さに何とも言えない表情を浮かべ、頭をポリポリ掻いて照れ隠し。


『ありがとう、私たちのヒーロー!』という言葉の重みが増した。無論、彼女個人の気持ちではないのは承知しているが、この文字を縫い付けたのは他ならないナナミである。一体どんな思いでこの文字を縫い付けたのか。想像が次々と膨らんでは消えていく。


「やっぱりそのマフラーを付けてると、鶴見くんがスーパーヒーローに見えてくるよ」

「ヒーロー。僕がヒーロー……」

「私にとっても、弟にとっても貴方はヒーローだよ。胸を張って大丈夫。誰よりも優しくて、誰よりも綺麗な心を持っている鶴見くんを私は信じてるからね」


 大変荷が重たい。しかし嬉しく思うし、幸福を感じている。ショウの心中は決して穏やかとは言えない。だが、それでも彼は笑みを浮かべた。


 守りたいと思った。澄んだ海のように穢れ一つないナナミの笑顔を、絶対に曇らせたくないと思った。


 ヒョイとショウは立ち上がる。急に動いたショウに気を取られたナナミだが、夕日に照らされて神々しく輝くショウの横顔に見惚れる。


「君のような笑顔を浮かべられる人がもっと増えるように。誰もが心から笑えるように。僕は頑張ってみるよ。このマフラーに誓ってね」


 一度はきょとんと彼の話を聞き流し。真意に気がついてナナミは笑みを零し。立ち上がってショウの隣に並ぶと、とびきりの笑顔で“約束”を口にした。


「うん、約束だよ。この町に笑顔が増えるのを楽しみにしてるね!」


 ナナミと交わした約束。一言一句を心に刻み、ショウは新たな決意をするのだった。

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