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 広がる大自然に澄んだ空気。機械や電気に頼る生活をする日本、特に都会ではまず見られないであろう素晴らしい景色に暫しの間、鶴見ショウは唖然とする。


 ほんの少し前まで彼は神社の裏手にある森を彷徨っていた。その理由は単純で、誰もいない場所へ行きたいと思っていたからだ。


 中学3年生の男子が持つ純粋な心を深く傷つけられて、ショウは逃げるようにして学校を飛び出し、そのまま森までやって来た。


 そんな彼の目の前に突如として現れた光の扉。そこをくぐり抜けた先に広がっていたのは大自然。言葉を失うのが当然である。


 果てまで広がる大自然に圧倒されながら、ショウはこの世界にやって来るまでのおよそ1ヶ月を振り返るのだった。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄

1ヶ月前


 徐々に覚めていく自身の意識に気がついたショウは、酷く自分の身体が軽くなっていることに違和感を感じる。寝起きだと言うのに力が溢れて止まらない。初めての感覚に、ただ彼は戸惑う。


「ああ、見ろ! 手術成功だぞ!」

「本当に良かった。助けられて、本当に良かったぁ……」

「父さんに母さん? どうしたの、そんなにはしゃいで」


 子供のようにはしゃぐ両親に苦笑いを零し、ヒョイと起き上がったショウは自分の周りに立っている無数の人影と、近くの机に置かれた書類を見てフリーズする。


「手術」という単語を聞いたこともあってか、自身の腕に刺さる無数の管を見たところでそこまで気にはならない。しかし、目に飛び込んできた書類の文字は彼を驚愕させるには十分の内容であった。


 その書類にはこう書いてあった。


“サイボーグ手術の行程”


 彼が書類を見ていることに気がついたショウの両親は、これまでのはしゃぎっぷりとは打って変わってシリアスな雰囲気になる。


「ショウ。どうか気を確かにして聞いてくれ。お前はもう人間じゃない。その書類を見てある程度察したかもしれないが、お前はサイボーグとして生まれ変わったんだ」


 サイボーグ。人体の一部を機械や人工の筋肉に置き換え、通常の人間よりも確実に持つ力が大きくなる未来の技術。創作物でも度々現れる、非現実的な半生物。


 ショウは母親から一枚の紙を手渡された。ズラッと文字が羅列して頭が痛くなりそうな書類に顔を顰めながら眺めると、一番上の段には「軍用サイボーグ0号の性能一覧」と書かれていた。


 文字を眺めるたびに彼は何回も見返す。一部抜粋してみよう。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

・摂氏3000℃から氷点下100℃までの耐性

・小型原子炉内蔵による無尽蔵のエネルギー

・ナノロボットによる形状変化

・半径20kmの羽音を聴き取れる

・ジェット飛行機能

・最大でマッハ6まで加速可能

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 記されている能力はこれだけではない。詰め込まれた能力が多すぎて言葉にできない脳みそや指先全てのマシンガン。膝からのマイクロミサイルに全身に仕込まれた重力操作装置エトセトラエトセトラ。次々と目に入ってくる物騒かつ理解不能な自身の能力に、早速ショウの脳はオーバーヒート寸前である。


「父さん。これって、どう言うことなの」

「……すまない。お前を生き返らせるためにサイボーグ手術を施したんだが、国からのお達しでどうしても軍用に改造しなければならなかったんだ」

「母さん、説明してよ。何だよこのマシンガンって。僕の身体はどうなってしまったんだよ!?」

「落ち着いて、ショウ」

「落ち着いてられないよ! 何で僕が軍用サイボーグなんだよ! そもそも、何で僕にサイボーグ手術なんかを……!」


 頭を抱えるショウ。最後に起きていた時に自分は何をしてどんな目に遭ったのか。それをたった今思い出し、頭痛と吐き気を催して呻き声を上げる。


 あの日。ショウは学校帰りに文房具を買うため、家からそう遠くない位置にある大きなデパートへ足を運んだ。丁度その日に切らしたシャーペンの芯と自主学習用のノートを買ってレジ袋に詰め込み、そのままデパートの出口に彼は向かおうとしたところで、彼は悲劇に襲われたのである。


 ポロポロと砂のようなものが天井から降ってきて「何だこれ?」と思ったショウが次に見たのは、デパートの天井が音を立てて崩壊する光景だった。


 一ヶ月に一回は実施される学校での地震の避難訓練が功を奏し、たまたま近くにあったベンチの下へ隠れて轟音が鳴り止むのを待ち、何とか即死を免れたショウはしばらく動けずにいた。音が収まり、砂煙のように舞う粉塵が晴れてようやく戻った視界が捉えたもの。それはただの地獄絵図で、彼は言葉を失って周りを見渡すことしかできない。


 だが、周りを見た時にチラリと目に入った人影らしきものを捉えた瞬間、ショウはその場から離れてその人影向かって一目散に走った。


 彼はとても優しい心の持ち主だ。困っている人がいたら居ても立ってもいられなくなるし、厄介事であると分かっていても首を突っ込んでしまう。この時も例外ではなく、瓦礫をひょいひょい乗り越えながら全力疾走している。


 その人影は倒壊に巻き込まれて足をケガして歩けなくなった老婆であった。「すぐに助けないと命が危ない」と判断したショウはケガした老婆を背負い、足場が悪くてガシガシ削られる体力を無視して店の出口付近まで運んだ。


 既に救助隊が到着しており、瓦礫で塞がれた入り口の外側からは喧騒が聞こえてくる。入り口を突破できるのは時間の問題だが、このまま待つだけでは死人が出る、もしくは増えると恐れたショウはまた動き出す。


『誰か、誰かいませんか! 声を出せるなら出して、位置を教えてください!』


 すると、次々とか細いながらも上がる助けを求める声、声、声。聞こえた順から片っ端に向かい、ケガの状態を聞いてはヒョイと背負う。そして瓦礫を乗り越えて行き、まだ倒壊物の少ない出口付近に運んで座らせていく。息が上がり、陸上部で鍛えた脚が悲鳴を上げても止まることなく、何度も彼は瓦礫と瓦礫の間を往復して救える命をその手で掬い上げていった。


 視認できる限りでは最後の一人となった、腰が抜けて立てない小学生の男の子を背負って出口付近を目指すショウ。何度も瓦礫の山を重たい人間背負って往復した彼の体力的はもう限界であり、鉛のような足と激しく鼓動する心臓を抱えて、それでも止まらずに道半ばまでやって来た。その時である。


 二度目にして、本格的な倒壊が始まった。


 今度の倒壊は比喩抜きに天井その物が落ちてきた。次々と落ちてくる瓦礫を間一髪で避けるが、疲労から思うようには動かない足腰で逃げ切ることは不可能と察したショウが取った行動は一つ。


『ごめん、少し我慢してくれ!』

『え、ちょ。うわぁ!?』


 背負っていた男の子を抱えるようにして持つと、渾身の力を入れて出口付近目がけて放り投げたのである。


 火事場の馬鹿力が発揮されたこともあり、男の子はかなりの距離を移動してから地面へ落ち、そのタイミングで降ってきた一際大きな瓦礫が巻き起こした風によって出口付近まで押し出された。


 反面、ショウは出口とは真逆の方向に吹っ飛ばされた。足腰が全く力が入らないこともあって、瓦礫の上を転がってからすぐには立てなかったことが致命傷となる。


 でこぼこの瓦礫の上を転がって擦り傷を作り、前述のように足腰が言うことを聞かないので立ち上がることもできなかったショウを、無慈悲にも瓦礫が襲いかかった。


 スローモーションで落ちてくる瓦礫を捉えたショウ。しかし、「今すぐ逃げろ!」と警鈴を鳴らす脳とは裏腹に、彼の身体はほんの一ミリも動かない。


 瓦礫が目と鼻の先まで落ちてきたところで、ショウは意識を失った……。


「……そうだ。僕は潰されて、そのまま」


 全てを思い出し、酷い頭痛に悩まされながらもショウは心を落ち着かせる。実際に痛みを感じた訳ではないが、最後に見た景色からして自分は瓦礫の下敷きになったと察した。


 瓦礫に押し潰されたとでもなれば奇跡でも起こらない限りは即死。しかし、裏技的な技術であるサイボーグ手術を施されたことによって生き返った。そう思うことで、自分はもう人間ではないと言うショックを一応乗り切ることができたのである。


「お前が救助されたのは倒壊が始まってから三時間後だった。倒壊だけではなく火災まで起こって、救助までの時間が遅れてしまった。発見された時には、もうショウは息をしてなかったんだ」

「遺体をサイボーグ化させることで生き返らせたってこと?」

「脳死までは至ってないのが幸いしてな。軍用サイボーグに改造するという条件付きでだが、ショウの蘇生手術を国から許可された」

「そうだったんだ。だから軍用サイボーグなんだね」


 打って変わって穏やかな声。大人の汚い思惑で好き勝手に身体を弄くられ、国家を滅ぼすのも容易となってしまったと言うのに。人の心以外は全てが人外へと成り果てたと言うのに。


 ショウのことをよく知る両親はいつも通りの彼だと安堵し、少し離れて待機している国お抱えの技術者は驚愕する。


「父さんに母さん。それに僕を改造してくれた技術者の皆さん。本当にありがとう」


 ぺこりと頭を下げるショウに、技術者たちの困惑は深みを増していく。もっと恨まれて、最悪殺されてしまうかもしれない。そう覚悟していただけに、技術者たちは拍子抜けしてなんだか変な気分になっている。


「生き返らせてくれて。それに強くしてくれて。この力があれば、困っている人をもっと助けられるようになる」


 その言葉に一人の技術者が涙を流した。それに釣られて次々と技術者は目から大粒の涙を零していく。


 なんて、なんて優しいのか。一点の曇りもない、綺麗な宝石のような心を持っているのだろうか。技術者の誰もがそう思った。


 笑みを浮かべて感謝の言葉を口にするショウに満足したのか、彼の父親は大きく頷いてから制服の形を取った特殊服と、彼の動きに耐えられるように特殊加工を施した白いマフラーをショウに手渡す。


「この服を着ていれば、仮にショウが能力を発動させたとしても全裸になる心配はない。そしてこのマフラーは、お前があの日助けた子供の家族から受け取った物だ。こちらも加工はしているが、それ以外はもらった時の状態のままだよ」

「マフラー? ……あ、小さく文字が縫い付けられてるね」


 裏側に縫い付けれた文字を読み、ショウはクスリと声を漏らした。


『ありがとう、私たちのヒーロー!』


 文字を眺め、笑みを零して。ショウは制服を着込んでからマフラーを身につけた。


 世間を揺るがす、原初にして最強。そして知る人のみが知る、ヒーローであり聖人のサイボーグが生まれた瞬間であった。

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