男の子
「お友達、いっぱいできるといいね。」
「うん。」
母一人、子一人、祖母一人。
あまり外に出ることもなく、青白い顔をした子供だった、私。
近所に友達もいなくて、いつも家で足の悪いおばあちゃんと折り紙をしていた、私。
入園手続きのため、保育園に来ていたのだが。
友達という意味が、よくわからない。
たくさん同じくらいの年頃の子どもがいるけれど、どうしていいのかわからない。
「あそぼ。」
見たことのない子が、私に声をかけた。
返事をする間もなく、手を取られて、積み木の前に連れていかれた。
「これでいえつくろう。」
一緒に、積み木をやることに、なった。
初めて遊ぶ、積み木は、とても楽しくて、いつの間にか夢中になっていた。
三角の積み木を取ろうと、手を伸ばした時。
「それ!つかうやつ!!」
手を伸ばした私の、無防備なおなかを、仲良く遊んでいた子が、殴りつけた。
「ぐ、ぇっ・・・」
そんなに、きつくたたかれたわけでは、ない。でも、ばっちり、みぞおちにはまってしまい、私はその場に倒れ込んだ。
痛むおなかと、気持ちの悪さをこらえて、泣きながら母親のもとに向かった。
私は保育園に入りたくないと、初めてだだをこねた。
ここには、私を攻撃する子がいる。何度も何度も、おなかの赤くなった部分を見せながら、殴った子を指差しながら訴えても、母親は困ったような表情で私を見るばかりだった。
「男の子は乱暴だから…近づかないようにしなさい。」
母親は仕事をしていたから、私は保育園に入らなければならなかった。
…保育園は、最悪だった。
私のおなかを殴りつけた子が、同じクラスにいた。
とても乱暴な子で、突き飛ばされたり、クレヨンを折られたり、いつも泣いてばかりいた。
けれど、保育園に通わなければならない。
私は教室の隅で、いつも隠れるようにしてお迎えの時間をまった。
私はいつしか、男の子が嫌いになってしまっていた。
何をしても怒鳴られる、ものを取られる、叩かれる。髪を切られたり、怪我をさせられたり。給食も取られたし、一生懸命書いた絵はぐちゃぐちゃにされた。
怒らずに、ただめそめそと泣く私は、男の子たちにとって、おもしろいおもちゃだったのだろう。
保育園を卒園して小学校に入っても、状況は変わらなかった。
宿題は破られ、習字は黒く塗りつぶされ、給食で牛乳を飲めるのは週に一度。ランドセルは傷だらけで、上靴がなくてはだしで教室内を歩き回る日々。
小学二年生の時、おばあちゃんが亡くなって、私は転校することになった。
母と二人、アパート暮らしが始まった。
引っ越し先の小学校は田舎で、クラスも一クラスしかなかった。
男子四人に、女子四人。
みんな、とてもやさしくて、びっくり、した。
ものを取らない、作品をほめてくれる、給食を全部食べられる、手をつないでくれる。
みんなと、仲良しに、なった。
でも。
どうしても、男の子が、怖くて仕方が、ない。
また、私の事殴るんだよね。
また、私の給食食べちゃうんだよね。
また、私の宿題破るんだよね。
また、私の靴池に投げるんだよね。
また、また、また、また。
やけに口数の少ない女子として、私は小学校を卒業する。
中学に入ると、クラスの人数が増えた。
一クラス、男子15人、女子16人。
一年生の頃、男子の様子が少しおかしくなった。
髪の色を変え、おかしな制服に身を包み。
バイクに乗って校庭を走り回り。
私は、極力、男子のそばに寄らないようにしていたものの。
なぜか、男子に目を付けられて、校庭で、バイクに轢かれた。
救急車のサイレンの音、怒鳴る男子の声。
私は、学校に行けなくなってしまった。
何度も、男子が家を訪ねてくる。
母親は、仕事に出かけていて、不在。
怖い、とても怖い。
私は、男子が怖くて仕方がない。
怖い、とても怖い。
チャイムの電源を抜く。
怖い、とても怖い。
音をたてずに、電気を付けずに母の帰りを待つ毎日。
怖い、とても怖い。
学校に行けなくなった私を、母は叱らなかった。
怖い、とても怖い。
私は、男子のいない世界に行きたいと、心から願った。
学校に行かず、自宅で一人勉強に励んだ私は、都会の女子高に進学することになった。
奨学金を借り、寮に入り。アルバイトをしながら、勉強に励む毎日。男子が怖いという事情を話し、それを理解してくれた新聞店と、お弁当屋さんで働いた。
私の恐怖する対象は、小さな男の子と、小学生の男の子と、中学生の男子と、高校生の男子。
若い男性も、苦手だ。中年以降の男性も、少し荒っぽい声を聞くと、体がすくんで、しまう。
温厚な新聞店のおじいちゃん達や、のんびりしたお弁当屋のおじさん店長をはじめ…たくさんの人たちがサポートをしてくれて、私はだんだん、普通の人間になっていった。
お弁当屋さんで、男の子を見かけても、厨房に逃げ込むことはなくなった。
お弁当屋さんで、男子を見かけても、足が震えることはなくなった。
新聞配達で、ジョギングをする中学生男子を見ても立ち止まらなくなった。
新聞配達で、朝刊を待ち構えている男の子に手渡しする事ができるようになった。
女子高を卒業した私は、そのままお弁当屋さんに就職をした。
一人暮らしが始まった。毎日普通に生活をしていた。派手な生活はしないで、堅実に、地味に生きていた。
なるべく、男の子と遭遇しないように。
なるべく、男子と遭遇しないように。
なるべく、男性と遭遇しないように。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年がいることに気が付いた。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年と、初めて目を合わせた。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年と、よく目が合うようになった。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年と、よく笑い合うようになった。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年が、私に手を差し出した。
私は、その手を、取る事ができなかった。
だって、私は、男の子が怖いから。
だって、私は、男子が怖いから。
いつまた。
怖くてたまらない瞬間が私を襲うのか、見当もつかない。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年は、手を取らない私に向かってにっこり微笑んだ。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年は、手を取らない私に向かってにっこり微笑んだ。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年は、手を取らない私に向かってにっこり微笑んだ。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年は、手を取らない私に向かってにっこり微笑んだ。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年は、手を取らない私に向かってにっこり微笑んだ。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年は、手を取らない私に向かってにっこり微笑んだ。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年の、手を、取ってみてもいいかなと思った。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年の、手を、取ってみてもいいかなと思った。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年の、手を、取ってみてもいいかなと思った。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年の、手を、取ってみてもいいかなと思った。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年の、手を、取ってみてもいいかなと思った。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年の、手を、取ってみてもいいかなと思った。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年の、手を、取ってみた。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年の手は、とても温かくて、優しかった。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年の手が、私の手を握るようになった。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年の手を、私の手が探すようになった。
毎日お弁当を買いに来る、素朴な青年の手は、いつも私の手を握るようになった。
私は、家族を手に入れた。
孤独だった日々が、変わった。
毎日笑って、たまに怒って。毎日喜んで、たまに泣いて。
私は、感情を出せる場所を手に入れた。
私は、感情を共にしてくれる人を、見つけた。
やがて、私は身籠った。
おなかの中に、私があれほどまでに恐怖した、男の子が、いる。
私から、生まれてくる、男の子。
会える日が、怖い。
私は、男の子を、愛せるのだろうか。
生まれてきた男の子は、ずいぶんおとなしい子だった。
よく笑って、いつも機嫌のいい、あまりしゃべらない子供だった。
乳児の時は、いつも機嫌よく抱っこをされていた。
幼児になると、いつも私と手をつないでぽてぽてと歩くようになった。
言葉は少ないけれど、いつも私に何かをプレゼントしてくれる、優しい子になった。
保育園の入園の時期を、迎えた。
もしかしたら、恐怖で動けなくなってしまうかも、しれない。
私は、自分の事情をすべて主人に伝えてある。優しい主人と一緒に、保育園の入園手続きに向かった。
やんちゃな男の子が保育園内を駆け巡って、いる。
吐き気が、した。
私は、やはり。
私は、男の子が。
私は。
私は。
「だいじょうぶ。」
震える私の手を、小さな手が、ぎゅっと握った。
私は、男の子が。
「大丈夫だよ。」
震える私の手を、大きな手が、ぎゅっと握った。
私は。
私は。
私は、だいじょうぶ。
私は、大丈夫。
私は、男の子が、怖い。
私は、男の子が怖いけど。
私を守ってくれるのも、男の子だと気が付いた。
私を包み込んでくれるのも、男の子だと気が付いた。
私は、男の子が。
私は。
男の子が、怖かったけれど。
私を守ってくれる男の子が、少しづつ大きくなってゆくように。
私の中の、男の子に対する恐怖心が、小さくなってゆく。
私の手を握ってくれる、小さな手。
小さな手は、どんどん大きくなっていく。
小さな男の子は、やがて男子になった。
好奇心旺盛で、元気いっぱいの男子になった。
時折、やんちゃな男子を連れてくることがあった。
思わず、部屋に篭る、私。
私が顔をあわせようとしないことなど、微塵も気が付かずに、無邪気にお菓子をねだる、男子。
少し震える手で、おやつを作って差し出したら、男子はみんなニコニコしながら、私にお礼を言った。
私をいじめる男子は、ここにはいないのだと、気が付いた。
私の作るものを、おいしいといって喜んで食べる男子がここにいるのだと、気が付いた。
男子はやがて、私の背を追い越して、ずいぶんたくましくなった。
男子は、主人の背をも追い越し、ずいぶんたくましい男性になった。
ずいぶんたくましくなったので、年頃の女子から、怖いと評されることが多くなった。
けれど、私は、息子がとても優しいことを知っている。
息子が、とても頼もしいことを知っている。
息子がいたから、立ち直ることができたのだと、知っている。
ある日、息子が可愛い女性を連れてきた。
…少し、震えているように見える。
息子の選んだ女性なら、大丈夫だと、私は知っている。
息子の奥さんが、まもなく出産を控えている。
息子の奥さんは、うちで里帰り出産をするのだ。
「うう、どうしよう、無事生まれるかな、ちゃんと育つかな、不安が、不安がすごいです…!!!」
「大丈夫よ、ちゃんとサポートするもの。私も、パパも、秀ちゃんも。」
「だって、男の子って育てるの難しいっていうじゃないですか…。」
息子の奥さんのおなかの中には、男の子が、育って、いるのだ。
私が、かつて、怖くてたまらなかった、男の子。
私が、ずっと、その怖さにおびえて生きてきた、男子という存在になる、男の子。
私は。
男の子が。
…男の子が。
とても優しくて、ちょっとやんちゃで。
少し失敗しがちで、小さなことを気にしない、おおらかな男の子。
目標に向かって、まっすぐに突き進む、力強さを持つ男子。
大切な人を守ることのできる、頼りがいのある、男性。
私は、男の子が。
「大丈夫よ、私、男の子大好きだもの!」
私は、男の子が、大好きになれたと、気が、付いた。