雇われヒーロー
僕は雇われヒーロー。怪物と戦うヒーロー。毎日毎日、戦って 貰える給料はほんの少し。こんなに危険を冒しているのに。 真っ赤な格好悪いヘルメット被って、痛い思いまでして。なんだってこんなに辛い思いをしなくちゃならないんだ。他の人達は幸せそうにしてるのに。
「僕があんた達の平和を守っているんだ。幸せそうに笑いやがって」
誰にも届かない愚痴をこぼし、俯きながら家路につく。時刻はもう午前十二時。明日も仕事は山積みだろう。
安アパートにつくなりベッドに体を沈めた。憂鬱だ。全てが憂鬱。
もうこんな仕事辞めてしまおうか。
そうだ別にこれは義務じゃない。所詮、仕事なんだから。そうすればこんな生活なんてしなくて済む。この、もやもやした気分からも解放されるだろう。
ヒーローの代わりなんていくらでも居るさ。
僕はそれならこんなものはもう要らないと、満面の笑顔を浮かべてヒーローのヘルメットを床に思い切り叩きつけ、そのまま心地良い眠りについた。
明日からは自分の好きな事をしよう。誰にも邪魔されず、自由に。
小鳥の囀りが聞こえる。朝か。ベッドから起きてカーテンを開けた。
電柱に何羽かの雀が止まっている。体を寄せ合うその姿に、自然と顔がほころんだ。
どれくらい久しぶりだろうか、こんな気持ちの良い朝を向かえたのは。
これから何をしようか。
まあ、時間は十分ある。まず朝食を摂ろう。
どうせなら洒落たカフェか何処で食べよう。
僕は自由なんだから。
床に無造作に置かれていた財布を掴んで、僕は玄関の扉を開けた。
高いビルが立ち並ぶ街を歩く。 街をゆっくり歩いた事なんて今まで無かった。
こんなにごみごみした場所だったっけ。
時間がゆっくり流れる。良いものだ、自由っていうのは。気持ちが澄んでる。
そんな気分の中で、一つの小さなカフェを見つけた。
腹も減っていたし、僕はその店に入る事にした。
そこは人気がないらしく席には僕以外、誰も居なかった。
でもこういうのも悪くない。静かで落ち着ける。
さて何を注文しようか。考えていると、手を繋いだ若い男女が入って来た。
傍から見ても恋人同士だというのが分かった。
二人で仲良く向かい合って椅子に座って、笑い合って。
平和だ。
初めて実感した。僕がヒーローとして築いた平和。 もうヒーローに戻る気は無いけど。
結局、軽食のセットを注文してその店を後にした。
そのまま僕は、日が暮れるまで街をぶらついた。
歩き疲れてアパートに帰る。
疲れてはいたけど、心は充実していた。
初めて手に入れた自由。初めて感じた平和。
なにもかもが新鮮で、これからの生活が楽しみだった。
満たされた気持ちの中でなんとなくテレビをつけた。大分傷んでいて音質が悪い。
でも僕はそんなテレビに釘付けになる。
放送されていたのはこの街の風景。でもそれは僕の見た平和な街ではない。
怪物が暴れ回って、人を襲っている。
ニュースキャスターが危険の中、街で起きた悲劇について、声を荒げて説明している。
画面の下方の字幕には、『街の危機にも関わらずヒーロー現れず』の文字。
僕は直ぐさま、テレビを消した。僕はもうヒーローじゃない、責任なんて感じなくてもいい。
大丈夫。他の誰かがなんとかしてくれる。大丈夫。
必死に自分を落ち着かせる。なんでこんなにも胸が高鳴るのだろう。
僕はヒーローじゃない。あの自由に、平和に満足したじゃないか。
なのになんで……
なあ、誰か教えてくれよ。僕はどうすればいい?
それからの僕は自堕落になった。何をすればいいのか分からなくて。ただ時間が過ぎて行く。
落ち着かない。
くそなんなんだよ、これじゃヒーローだった頃と一緒だ。いやそれよりもっと酷い。
ああ、そうだまたあのカフェに行こう。きっとあそこに行けば落ち着ける。
僕はふらふらと出掛けて行った。よろめきながら入った店は、やはり静かなままだった。
でも前と違う点が一つ。女性が俯いて泣いている。あの時、男の人と手を繋いでいたあの人だ。
その手には一枚の写真が握られていた。
恋人の写真。幸せそうに笑っている。
きっと怪物に殺されたんだ。
…………僕のせいで?
違うそうじゃない。僕のせいじゃない。他人が死んでも僕には関係ない。
…………本当に関係無いの?
だって僕はヒーローじゃない。誰かを助ける必要なんてない。
…………本当にそれでいいの?
ああ気付いた。今更になってようやく。
僕は自分が傷つくのを恐がって逃げてたんだ。
いつからだろう人の為のヒーローじゃなく、自分の為の仕事にしてしまっていたのは。
最初は確かに在った。自分がいくら傷ついたとしても、守りたいものが心の中に。
なのに僕はいつの間にか自分を守ってた。
涙がこぼれ落ちてきた。
これは自分の為の涙?ううん違う。
これは人の為の涙。
さあ行こう。
ひび割れた真っ赤なヘルメットを被って。
声高らかに叫んでやろう。
「もう大丈夫。僕はヒーローだ! 」