幽霊は時代についていけなくなったようです
幽霊物を書こうとしたらどうしてこうなった
「最近の若いもんは心霊写真も知らんのか」
男は顔をしかめて呟いた。
「昔はなあ、心霊写真とか普通にあって心霊特番とかで霊能者が呼ばれたりもっとこう夢があった」
最近の若者をけなすという古代エジプトから連綿と続く伝統を吐き出す男の姿は半透明で輪郭が微妙にぼやけていた。
男は所謂幽霊であった。日本の幽霊らしく足はない。
男は若者の肩越しにパソコンを覗き込んだ。
「昔は子供がパソコン持つとかありえなかった」
ぶつぶつと文句を垂れる。
男の生きていたころパソコンは高級品だった。パソコン一台で車が買える値段だった。
このパソコンは青年のバイト代で買える程度の安物だったのだが、男はそんなことは知らないし知っていたとしても文句をつけただろう。
*****
「げえっ、なんか変なもん写ってる」
青年は顔をしかめた。自分の後ろに白くぼやけた何かが映り込んでいる。
友人が中古の軽自動車を買った記念に友人たちと一緒に海に行ってきた。
冷静に考えたらクラゲの時期に泳げるはずもなかったが、まあその場のノリだ。
そして友人の一人にデジカメを貸して自分も写真に入った結果がこれである。
「あー、やっぱ高くても日本製にしときゃよかったかなー」
どこぞのネットショップで聞いたことのないメーカーのデジカメが80%引きだったからつい買ってしまった。
誰でも知ってる日本の会社のデジカメを見たら結構いいお値段だったのでそっ閉じしたのは当然棚に上げている。
別に壊れてもいいか、ぐらいの軽い気持ちだったが、実際に壊れたら文句をつけたくなるのが人間である。
しかも「完全に壊れてしまったわけではないがなんとなく調子が悪い」程度だと捨てるにも踏ん切りがつかなかったりする。
もちろん日本語どころか英語の説明書すらついていなかった製品に保証がついているはずもない。完全に自己責任というやつだ。
「うーん、とりあえず渡す前に消しとくか」
「俺の後ろに後光が差すようになった件」とかいうどこぞのトラックによる大量轢殺事件が起きる小説サイトに載っていそうな題名で印刷する前に送ろうかとも思ったが、どう見ても後光に見えないしむしろじっと見ていたらおっさんのように見えてきた。
「ないわー、マジないわー」
せめて女の子、と思った瞬間、108人のアイドルグループのボッチ疑惑のあるセンターが、CDを出すことになった後輩たちが笑顔で仲良くくっついている後ろから目線を下に向けた顔をにゅっと出しているコラ画像を思い出した。
「ktkr」
これぞ天啓。思わずネットスラングで叫んで画像編集を始める。
とりあえず写真を撮った友人を後ろから突き出すようにして…
「うん。つまらん」
青年は真顔でそう言った。
やる前に気づけよということが世の中には多数ある。これもその一つだったようだ。
あれはあくまでも人気ナンバーワンのボッチが友達と楽しそうにしている後輩の後ろから顔を出しているから面白いのであって、友人が顔を出しているだけだと単に踏み台を使っているのと変わらない。
なお、別の場所で晒された、アイドルたちの本来の画像は「仲良さげな後輩を微妙に悲しげな表情でチラ見しているセンター」というもので「俺の心にダイレクトアタック!」「もうやめて!俺のHPはゼロよ!」「やめたげてよぅ!」「全俺が泣いた」などというボッチたちの阿鼻叫喚を巻き起こしたのは余談である。
「まあ『集合写真(笑)』ってタイトルで送っとくか」
クラゲまみれの海岸には人がいなかったため全員が入った写真が撮れなかったからこれはこれでいいや、と青年は一つ頷いた。
編集した画像をフォルダに保存してからいつもの小説サイトを覗く。今日も元気に主人公が轢殺されていた。
とりあえず、これから転生する主人公を轢き殺すためにあちこちの世界に転移するトラック運転手の小説にブックマークをつけておく。
「なんか肩重いなー」
ぐるぐると肩を回す。
パソコンのいじりすぎかもしれない。
青年は寝ている間に変な夢を見た。ついでに金縛りにもあった。
「くそっ。月曜日め!」
目覚まし時計にたたき起こされて気持ちよくない朝を迎えた。
日曜日じゃなくて土曜日に出かければよかった。そんなことがちらりと頭に浮かんだ。
*****
男は深くため息をついた。
どうやら映っている影が人間のようには見えたらしい。
「どうしてそこで心霊写真が出てこないんだ」
男は憮然とした表情で呟いた。
海で人影が映り込んでるといったら心霊写真の定番じゃないか。
なぜそこで画像を加工する。
注意を引こうと肩を叩いてもスカスカすり抜ける。
画像の加工が終わったらネット小説とやらを読みだした。
どうやら主人公がトラックに轢かれて異世界に行くのが定番らしい。
なんでトラックに轢かれると異世界に行くんだ。事故死後の定番は地縛霊だろ。
戦死するとヴァルハラに行くヴァイキングじゃないんだぞ。
肩をスカスカやっていたら肩が重くなったようだ。
男が念を送っていたのが効いたらしい。
所謂霊障というやつだが、単なるパソコンのいじりすぎで片付けられた。
腹が立つから寝ている青年の上に移動して念を送る。
いい具合にうなされて金縛りにもあったようだ。
なお、赤の他人の顔を覗き込むのは若い女性か老婆でなくてはいけない。
幽霊業界は男に厳しい。
結局青年には単なる疲れで済まされて、男は出て行った青年の後から肩を落として部屋を後にした。
「昔はよかった」
男は空を見上げた。
腹が立つほどいい天気だ。
こんな天気じゃ写真にも映れない。
元が単なる一般人では怨霊にもなれない。
怨霊になるにも高貴な血筋とか類稀なる才能とか天に弓引く反逆者とかいう特別な素質が必要なのだ。
「もう幽霊やめようかな」
男は溜息をついた。
自分の時代は終わったのかもしれない。
男の体が薄れる。
執念が薄れて幽霊としての存在が成仏しかけているのだ。
男の中で記憶が走馬灯のように甦る。
平凡な人生、飲酒運転でガードレールに突っ込んで崖の下に落ちて、死んで幽霊になって、心霊スポットとか、心霊写真とか、テレビの取材もあったな。
めくるめく栄光の死後の記憶。
そう、あの死後の思い出を抱いて成仏…
「成仏してたまるかー!」
男はカッと目を見開いた。
薄れた体が一瞬で濃くなった。
前よりも若干ぼやけ方が少なくなっている。
「そうだ。あの頃は俺もちゃんと幽霊してたじゃないか」
事故が起こりやすい場所で出るとかいうベタな幽霊だったが少し写真に映ってみせれば心霊写真として持てはやされたのだ。
「もう一度あの場所からやり直そう」
なお、男の生きていた時代では飲酒運転に対する意識はかなり緩く、場所によっては居酒屋に駐車場がないと客が来ないとかいうシャレにならないこともあったりした。
なお、運転代行など存在しない時代である。
飲酒したら運転しないように。飲んだら乗るなは合言葉。
この小説は飲酒運転を推奨するものではありません。
男は意気揚々と自分が死んだ場所へ戻っていった。
自分が死んだ場所がきっちり事故対策されていて、男が愕然とするのはまた別の話。
主人公は飲酒運転で自爆してますが、昔から飲酒運転に対する罰則はありました。
ただ、飲酒に対する意識が今よりかなりゆるーいです。
そこらへんはバブル崩壊前に社会人になった人に聞けばわかるかな、と。
本編でも触れた駐車場の件とか、飲酒運転中に飲酒検問に引っかかったけど「息を吐いて」って言ってきた警官の鼻が詰まっててそのままスルーされたとかなにそれこわい。
では、幽霊が出る小説というネタをくれたお酒をたしなむ某人に一言
「みずだけのんでろおっさん」
じゃ!