僕がこの世界に生まれたのは、運命の女神様の悪戯なんだね。
遠夜の頬についた米粒を取って食べる。にぱぁと笑って「ありがとー」と礼を述べてくれる。
小さく「どういたしまして」と返して昼飯を完食。食後のコーヒーを飲みながら、遠夜と談笑していた。
午前の授業の英語が難しかったと遠夜はしゅんとなりながら言う。ドイツ語は自由に操れるのに。
後日本語も不自由。不思議だと思ったが、思い出してみれば昔はドイツに住んでいたんだ。
十歳になるまで、ドイツにいて。父親の転勤で日本に帰ってきた。十六になって、ようやく遠夜は日本になれた。
それでも、難しい日本語は理解ができない。それと、日本の情勢も分かっていない。
ドイツだけど、田舎と違って都会には危険な人間がたくさんいる。ましてや、遠夜は愛らしいから。簡単に攫われる。
何度誘拐未遂があったことか。
「十夜、次の授業なに?」
「確か、体育」
「ほうほう。何するの?」
「さぁ」
「そっかー」
空になった紙パックを潰しながら、遠夜は空を見上げていた。何かあるのかと思い我も空を見上げる。
眩しいぐらいの青空が広がっているだけだ。
「あのねー」
「ん?」
「たまに、不思議な夢見るの。俺は、どこかの家に住んでいて。そこに、恋人と友人がいるの」
遠夜の言葉に思わず紙パックを握り締めてしまった。思い出すなと念じる。
だって、それは――
「後、幼馴染と従姉弟がいるの。でね、十夜達が、悪者で。俺それ見て悲しくなった。それで、最後は」
だめだ。遠夜。言うな。頼むから。
「友人と恋人に見捨てられて、幼馴染に看取られるの」
手から握りつぶした紙パックが落ちた。くすくす笑う遠夜の声がやけに遠く聞こえた。
我はその夢を知っている。だって、それは夢ではない。実際にあったことだ。
くらりと眩暈を覚えた。一番思い出してほしくないことだった。平穏な生活。幸せな日常。
それだけ、遠夜に知っていてほしかった。
「Ich wurde in dieser Welt geboren ist der Unfug der schicksalhaften Göttin.」
意識を失う前。温和な遠夜からは、想像できない憎らし気な声でそんなこと呟いているのが聞こえた。