地獄より怖いものはあるらしい。
蒼葉遠夜に手を出してはならない。
何故って?
地獄にいた方がマシだと思う報復を受けるからだ。
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カーテンを閉めず開け放たれた窓から、朝日が差し込む。眩い光に目を細めながら十夜は目を覚ました。
腕の中の片割れの寝顔を見つめる。何か幸せな夢を見ているのかもごもご口を動かしては笑っていた。
ああ、本当に。遠夜は可愛い。本当に同じ母体から生まれ出たのか疑問を抱くほど。
サラサラのダークブラウンの髪は肩ほどまで伸びている。少女かと見間違うような顔立ち。
雪の様に白い肌。紅い唇。華奢な身体。
大きな瞳の色は、万華鏡のように何色にも輝く。
コロコロ変わる表情は見てて飽きない。時計に視線を遣ればいい加減起こさなきゃいけない時間だ。
ああ、もったいない。
「遠夜。朝だ。起きろ」
細い肩を折らないように優しく手を置いて揺さぶる。小さく呻いて、遠夜は目を覚ました。
ふわふわとする視点が、徐々に我に当たる。我を視界に収め遠夜は、ふんわりと笑った。
「おはよう、十夜」
男にしては少し高く甘い声。本当に、遠夜は可愛い。全てを魅了してしまう。
さて、そんな幸せな朝の時間。身支度を終え朝食を終えた我達は高校に向かうために外にいた。
遠夜を乗せるため自転車を駐輪場から持ってくる。
「いい? 私の言うことを復唱してね? 知らない人には着いていかない。クレープ奢ってあげるって言われても断ること」
「う、えっと。知らない人にはついていかない。クレープ奢ってもらってもついていかない」
次男の講義を遠夜は受けていた。これ、毎朝の光景なんだよな。これをしないと長女の海響は後をつけてくるし。
なので、毎日毎日繰り返す。
「違うでしょ。遠夜。奢ってあげるって言われても、だよ」
「ついていかないよ」
ようやく終わった講義。遠夜は、我のとこに来れば自転車のかごに鞄を入れた。
先に我が自転車に乗れば、遠夜が後ろに乗る。腰に回される腕。落ちるなよと思いながら、ペダルをゆっくり漕ぎ始めた。
坂道を上る。遠夜は凄く軽いので落ちないのか毎日不安だ。
そういえば、今日はテストだったかな。
数十分、自転車を漕いで、高校に着く。駐輪場で自転車を停めて遠夜が降りたのを確認して彼の手を引く。
ふらふらしている片割れは、すぐにどこかに行ってしまう。離さないようにと手を握って下駄箱に向かう。
「あ」
先に下駄箱を開けた遠夜が何かを見つけたのか声を出した。そちらに視線を遣る。
ちょこんと遠夜の内履きの上に置かれた手紙。ああ、ラブレターか。
「この人十夜と間違えてるね」
なんて言う片割れはかなり鈍い。