20話 アイン
「地獄の底って、どういうこと? 死んでたって事?」
「おいおい、比喩だよ、比喩。本当に死んだわけじゃないって。
実は生きてたってだけ。詰まらないオチだ。」
「実は、生きてた…?」
じゃあ、俺は。
俺は一体、なんなんだ?
なんで小野嶺二の記憶を持って生まれたんだ?
前世の記憶は全部幻だったってだけなのか…?
「じゃあ、嶺二が崖から落ちた後に居た幽霊ってなんなの!?
お坊さんを呼んで、成仏してもらったのは…」
…成仏?
「その手の詐欺に引っかかったんだろ。
…って、普通なら言うんだけどな。ちょっと今回のは訳アリなんだ。いいお坊さんに恵まれたな。
尤も、そのせいでそこの男が生まれたわけだけどな…」
彼が視線を寄こした先に居たのは俺だった。
「俺が?
どういうことだよ、お前は何を知ってるんだよ!」
「……お前の世界の神様が教えてくれたんだ。」
「………あの意地の悪いカミサマがか?」
「ああ。確かにかなり意地が悪かったな。変なところでもったいぶったりとか、わざと訳の分からない言い回しをしたりとか…
…おっと、そうじゃなかった。
そんじゃ、種明かしといこうか。」
パン、と大きく手を叩いて仕切り直した。
秋華も俺も彼の言葉を待つ。
「あの時、崖から落ちた俺は瀕死の重傷を負った。
それを崖の下に居た他の登山客が見つけたみたいで、すぐに病院に運び込まれたらしい。
らしいっていうのも、俺その時…っていうか、それからしばらく気絶しててさ。
その上荷物は崖から落ちた時に無くなってたから、身元を証明するものが一切なかったらしい。
それで、つい最近まで寝てて…さっきやっと起きて、夜の病院を抜け出してここまで来たって訳だ。」
「…けがの程度は分からないけど、しばらく気絶する程の重傷ならしばらくリハビリがいるだろ。なのに、なんで目が覚めてすぐにここに来られたんだ? 怪我してるようにも見えないし。」
「寝てる間に怪我が治った…って訳じゃないのは分かるよな。
意地の悪い神様から直してもらって、ついでに連れてきてもらったんだよ。『このままじゃ彼女が取られるよ~』とか言われてな。
で、来てみたらお前が俺の彼女を泣かせてただろ? だからお前をぶん殴ったんだよ。」
…嶺二が今ここに居る理由は分かった。
だが、まだ答えられていない疑問が残っている。
「………じゃあ。
じゃあ、俺はなんなんだ?」
小野嶺二は生きている。
では、小野嶺二の記憶を持って生まれた俺は? どうして記憶を持っていたのか。どうして彼の感情が生きていたのか。
「……お前は特殊なんだよ。
生霊が転生した、稀有な転生体なんだ。」
「生霊…!?」
「お前も秋華も聞いたことくらいあるだろ。
生きてる人間の魂だけ離れるっていうヤツだ。幽体離脱ってさ。
何故かはわからないけど、俺の場合は魂の一部だけが幽体離脱したらしい。
その生霊が秋華たちが雇ったお坊さんに払われて、成仏してしまった…その結果、生まれたのがお前だ。
お前は間違いなく俺が転生した人間だ。来世の自分を見るなんて、ぞっとしない体験をさせてくれてありがとな。」
「………」
俺が、成仏した生霊?
俺が、小野嶺二の魂の一部?
理解が追い付かなかった。嶺二の説明がまるで意味も分からない外国語のように漂い、反復し続ける。
「……信じ、られない。」
「そりゃな。
俺だって今でも半信半疑だ。カミサマから聞いた時は頭がどうにかなったのかと思ったよ。
まあ…俺たちはそれを信じなきゃならない状況にあるんだけどな。」
「………」
俺は、自分が何なのか。
さっぱり答えを掴めなかった。
何時間も呆然として、気が付けばもう、朝日が昇っていた。
俺は家に戻る気も起きず、ただ剣を埋めた場所の近くで座り込んでいた。
埋まっている剣をぼんやりと見続けて何時間経っただろうか。
「アイン!」
聞きなれた声に振り向くと、リラが居た。
家を追い出されてしまったのだろうか。そうなるともう本当に戻れなくなったな…
「アイン、どうしたの!?
アインのそっくりさんに何か言われたの!? 夜、ここでなにがあったの!?」
「リラ……」
心配して、懸命に呼びかけてくれるリラのことが――
「……今は、放っておいてくれないか?」
――今は、鬱陶しく思った。
リラには悪気が無いどころか、善意で心配してくれることはもちろんわかる。
気遣いからくる行動であることも分かっている。
でも、それ以上に俺の心はボロボロだった。指し伸ばされた手すらもはねのけてしまう、そんな脆さがあった。
その手に包まれてしまうだけで、壊れてしまいそうだ。
「アイン…?」
「………」
とてつもなく、惨めだった。
好きなはずの彼女の優しさを、受け取らなくて。
それで下を向き続ける、自分が。
「アイン…」
彼女は悪くないと分かっているのに。
八つ当たりしてしまっている、自分が。
「………俺は…なんなんだ…」
分からない。
なにをしているんだ。
分からない。
なにをしているんだ。
すれ違い、ぶつかり合い、交錯する。
頭の中はもう、ぐちゃぐちゃだった。
「…貴方は、アインだよ。」
予想外の返答。
「…え?」
予想外の行動。
返事の無い問いに返事が。
冷え切った全てに温もりが。
リラは俺を包み込むように抱擁し、言葉を掛けた。
「貴方は、アイン。
私の幼馴染で…私が大好きで。
目標の為に一生懸命に頑張って…その目標を叶えた、すごい人。
もっと胸を張っていいのに、俯いてる人。
貴方はもう、私が知らない小野嶺二って人じゃない。
私が大好きな、アイン。」
温かい。温かい。
心が、涙が、全てが、温かい。
俺は、泣いた。
愛する人を抱きしめて。
温かい涙を、流し続けた。




