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17話 悲願

 俺たちは図書館へ向かい、手分けして光の柱と果ての森について調べた。

 移動に数日掛かったが、果ての森には辿り着いた。恐らく、もうすぐ着くだろう。


「そんなに遠い場所じゃなくてよかったね。」


 元日本人の感覚からすれば移動に数日かかる場所なんて遠いように感じるが、この世界には電車や車なんていう便利な移動手段は無い。

 そう考えれば徒歩で数日は近い範囲なのだろう。この世界の感覚で言えばリラの言葉は間違っていない。


「そう言えば…結局、“神様の奇跡”、だったか? あれの結末ってなんだったんだ? 確か2人で一緒に暮らしてめでたしめでたしって話じゃなかったか?」


 マッスが唐突に思い出したように言う。

 マッスの家にその絵本があるので、エンディングは鮮明に覚えているはずだ。多分、マッスの兄や両親が何回も何回も読んで聞かせただろうからな。


「…マッスの家にあったのはそうだった。

 でも、あの街の図書館に置いてあったのを読んでみたら…そうじゃなかった。二つ、場面が省略されてたんだ。」


「省略?」


「ああ。

 一つ目は試練をクリアした後、最高神から条件を出されたこと。

 もう一つは、恋人が生き返った後だ。」


「…どんな感じだったの?」


「……先に行っておく。

 聞いて驚け、あの話、本当はバッドエンドだったんだよ。」


「バッドエンド…?」


「…試練をクリアした男、ビーンは試練をクリアしたことを最高神に言った。

 そしたら、最高神はこう言ったんだ。

『よかろう、そなたの想い人を蘇らせよう。

 ただし、そなたの家族の命と引き換えにだ。』

 …だったか。一字一句きれいに覚えてるわけじゃないけどな。

 そして、ビーンはその条件を飲んで、想い人を蘇らせた。」


「そんな! 家族を犠牲にして生き返らせてたの!?」


「そうだ。

 そして、もう一つの書かれてなかった場面は後悔したビーンだった。

 想い人を生き返らせて、結婚したビーンだったが、本当に祝福して欲しかった人はもうそこにはいなかった。

 彼はそのことを一生悔やみ続けた。

 …これが本当の童話、“神様の奇跡”だ。

 多分、最高神の信仰を落としたくなかったとか、教育上よくないとかで改変されて他の村や町に流したんだろうな。」


 日本でも幼いころ聞かされた昔話が、海外の原作ではえぐい最後だったとかそういう話は多い。

 珍しい話では無いのだろう。だが、真相を聞かされた時のモヤモヤした感情はあまり味わいたくないものだ。


「悲しい話だね…」


 今思えば、マッスの家で読んだ絵本の最後のページはそれを示唆していたのだろう。

 ビーンと恋人だけが書かれていた挿絵。いや、ビーンの家族が居ない挿絵は。


「でも、最高神様はどうしてその試練をクリアできなかったアインに助言なんてしたんだ?」


「…俺もそこは引っかかってて、いくつか理由を考えてみた。

 言葉通り二柱の神の試練を突破した報酬とか、その場の気まぐれとか…

 本当は優しい神様だった、ってのだけは無いな…だったら生贄を差し出せとか言わないだろうし。

 もしくは…断る、って言うのが試練の正解だったのかもしれないな。ヒントだけ与えて、そこからは自分で頑張れ、みたいな。」


「助言してくれるだけありがたいって考えた方が良いのかもね。捨てる神あれば拾う神あり、だよね。」


「全然違うぞ…」


 諺は間違っていないのだが、使いどころを圧倒的に間違えている。

 って言うかノイの奴、どこから諺の知識を仕入れてくるのだろうか。もしかして、たまに読んでるあの本から…?


「……ねえ、もしかしてあれ…」


「…かもしれないな。」


 木々の隙間から見えた光。

 その光へ歩いて行くと、開けた場所にでた。

 中心には天へと昇る光の柱。その周囲には草一本生えていない。不思議な場所だ。


「なに? これ…もしかして、魔法?」


「…さっきまでこんなのあった?」


 ノイの問いには俺もリラもマッスも首を振った。

 確かに先程見た光に似ている。だが、天を貫く程の高さではなかった。もしそうなら森の外からでも見えたはずだろう。

 だが、その光はここに来るまで見えなかった。リラが言ったように、この世界で禁じられているはずの魔法か、それとも――


「……アイン、これなんだと思う?

 アイン?」


「………」


 気付けば、俺は光の柱に向かって歩いていた。

 そこに俺の意思は無い。体が勝手に動いているような感覚だ。

 だが、何故かそれに抵抗する気が起きない。本能の赴くまま、と言うのは少し違う気がするが…

 …任せておけばいい、そう思った。


「おい、アイン! 何をする気だ!?」


「危ないよ! そんな訳分かんないのに近付いたら何が起きるかわかんないよ!?」


 2人の制止も聞かず、俺の体は光の柱にとうとう触れる。

 そのまま入ろうとした瞬間、後ろから予期せぬ衝撃が走って倒れ込んだ。

 振り返ることも出来ず、視界が暗転した。








「………」


 背中が鈍く痛いさっきの衝撃の痛みか。

 どうやら、長い時間気絶していたと言う訳ではないらしい。

 瞑っていた目を開けると、真っ先に草が目に入った。

 なんてことはない普通の雑草だ。でも、それは俺の郷愁を刺激した。

 もしやと思い、うつぶせのまま顔を上げて周囲を見渡す。

 目に映ったのは雑多な雑草と水の流れ。


「………あぁ、そうか…」


 帰ってきたんだ、俺。

 飾り気のある言葉は浮かばない。ただ、事実を思い浮かべただけだ。

 だが、それで充分だ。涙は流れる。とめどなく、いつまでも流せると思えるほどに。


「ああ、ああ…!」


 悲願は達成された。

 16年もの間思い続けてきた悲願は。

 そこに今、当たり前のように存在した。

 それがなによりも嬉しくて。

 それがなによりも尊くて。


「……アイン、ここは……」


「…リラ。

 俺は、俺はやっと帰ってこれたんだ。

 ()()()!」


「……そう、なんだ…」


 歓喜でむせび泣く俺とは裏腹に。

 背中に乗るリラは何故か、寂しそうな顔をしていた。







「懐かしいな…昔はよく、ここで秋華と遊びに来てたんだ。」


 何もかもが懐かしい。

 空が、川が、土が、空気が。

 踏みしめた土の感触すら特別に思える。


「そう…」


「……どうした? 妙に元気が無いな。」


「なんでもない。

 それより、ここはどこなの?」


「ここは俺の家の近くにある河川敷、よく子供の遊び場になってる場所だ。

 夏になるとそこの川に入って、水のかけあいをしてる子供とか家族とかがいる。まあ、俺は中学入ってからはほとんど来てなかったけどな。」


「ちゅーがく?」


「ああ、小学校…リラたちで言うエメンだな。その後に入る学校だ。

 更にその後、大概の奴は高校。高校を卒業したら就職か大学か…」


「こーこー? だいがく? しょーがっこーを出たら就職しないの?」


「中学までは義務教育だからな。行かなきゃいけないんだよ。」


「へー…変わった国だね、ここ。」


「国って言うか…世界ごと違うからな。常識が違うのは当たり前だ。」


「当たり前…なんだ。」


「ああ。この世界は向こうに比べて科学が発展してる。

 信じられるか? 熊より早く走る機械がいっぱい走ってて、動く絵が映る箱があって……どうした? 詰まらないか?」


「……う、ううん!? 聞いてて面白いよ! 冗談みたいだけど、あれ見たら本当なんだなって…」


「あれ? …ああ。」


 リラが見せたのは川の上にある橋を走っている車だ。

 実物を見せられれば信じるだろう。むしろ疑えなくなる。


「それより、これからどうするの?」


「まずは家に帰る。ただいまって―――」


 ――待った。

 俺は転生している。つまり、俺はこの世界では死んでいる。

 しかも、今の俺は日本で死んだ時とそっくりの容姿だ。死んでいた家族が突如、何事も無かったかのように家に帰ってきたら……


「―――言えないな…」


「え? なんで?」


「だって俺、こっちの世界じゃ死んでるし…見た目瓜二つだから、死人が来たって騒ぎになりそうだし…」


「ちょ、ちょっと! じゃあどうするの!? アインはシューカって人に会いに来たんだよね!?

 シューカにも会えないんじゃ、ここに来た意味無いじゃん!」


 そうだよそうだったよ、長年夢見て来たくせに実際に来たらこの始末だ。なんで今までそんな当たり前のこと考えてなかったんだよ、世紀のおおまぬけか俺は!


「アイン、誰か来た!」


「ちょっと待てリラ、今それどころじゃ」

「嶺二…?」


「……え?」


 忘れるはずもない。

 ずっと恋焦がれていた。

 ずっと声を聞きたかった。

 ずっとまた会いたかった。


「……秋、華?」


 振り向いた先に居たのは、紛れも無く彼女だった。

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