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シルヴァランド物語~放課後の勇者~   作者: 想兼 ヒロ


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第24話 「終わり」なき物語

 虹色の刃がきらめく。(ゆう)()が放った(いつ)(せん)で大蛇の首は宙を舞った。

 耳に突き刺さる断末魔の悲鳴。雄輝の心を、ぎりぎりと締め付けてくる。だいじょぶ、俺はやれる。そう言い聞かす。


「こんなことをしても、どうせ終わらない。また繰り返すだけ」


 ハーピエスの(さい)()(ささや)きが、意味を持って雄輝の耳に届く。

「うるせぇよ」

 繰り返すって何だ。分からないことを言うんじゃない。そう、雄輝は愚痴を言いたい気分になる。心を乱そうとしているんだろうが、そこまでの事情を雄輝はまだ知らない。


「そうだ、クレアは」

 その意味を、話してくれると約束した。雄輝は顔をあげる。ハーピエスの美しい少女の体が灰になって崩れていく。


 その、灰色の煙の中。

 雄輝の目には、あの日見た純白の翼が遠ざかっていくのが見えた。



 クレアは森の中の岩の上に一人で座っていた。

 彼女の姿を見失っていた雄輝はその姿を見て小さく息を吐く。先ほどまで焦っていた顔も見せず、何も言わずに隣に座った。


 しばらくの沈黙。風が岩肌を()で、遠くで何かが転がる音がする。それは永遠に続くように見えて、実は一瞬だった。


「私、頑張ったんですよ。聞いてもらえますか?」

「……ああ」

 唐突に口を開いたクレアに、雄輝は小さく(うなず)く。話してほしいと言ったのは自分だ。どんなことでも受け止める。

 雄輝の真剣なまなざしを見て、クレアは笑った。(うれ)いを帯びた目で。


 クレアが最初におかしなことに気づいたのは初めてオデュポーンと(たい)()したときだ。雄輝に伝えた弱点、頂点に一つだけある赤い目に気づくことができず、無駄に力を消費した。そして、結末は、あの忌ま忌ましい口に飲み込まれたのだ。

 クレアが語る、その生々しさに雄輝はぞっとした。


「でも、目覚めたらベッドの上だったんです。外に出たら、まだ、神魔の軍勢が攻め込んできていない穏やかな日常で」

 夢かと思った。しかし、夢とは思えなかった。クレアの芯にはオデュポーンによって刻まれた死の恐怖が残っていたから。


 それから、何度も死んでは繰り替えす死に戻りの日々が始まった。クレアはその度に大切な人たちが未来を奪われる地獄に直面し、自身にたたき込まれる死の衝撃に心をすり減らした。いつしか、慣れと言うよりも感情が鈍ってきた。もう、クレアの心は限界を超え、()()な少女の頃のそれとは別物になっていた。

 それでも、クレアは前を向いた。自分のこの特殊な状況は天命なのだと。いつか、本当の意味で皆が救われるために与えられている試練なのだと。


 この戦いに「終わり」を連れてくることが自分の役割なのだ、と。


「そして、私は死闘を繰り返し、経験値を積んで、ついに神魔王を倒したんですよ。めでたし、めでたし~」

 クレアはパチパチと手を(たた)く。その間隔が徐々に広がっていき、最後には力なく両手を下ろした。

「……とは、ならなかったから、まだ私はここにいるんです」


――なんで、なんで! 私、頑張った。頑張ったのにっ。


 神魔王が倒れ伏した瞬間、クレアに襲ってきたのは何度も味わった嫌な感覚だ。自分が死ぬときといっしょのそれはクレアを(いや)(おう)なしに包み込んでいく。


「私が欲しかった『終わり』はそこには無かった。何も、無かった」


 視界が白くなっていく。無音だった世界に、きりきりときしむ耳鳴りのような音が響く。

 全てが消えようとしていた瞬間、倒したはずの神魔王の口が動いた。摩耗した記憶の中で、それだけははっきりと覚えている。


「『おまえではダメだ』」


――私ではダメだったから、ですね。


 クレアの口から出た神魔王の言葉を聞いた瞬間、かつて心話の魔法で(ささや)かれた言葉を思い出した。


「私は世界をつなぐ方法を調べ尽くしました。そして、ユウキさん。あなたと出会えました」

 異世界も、いくつか渡った。その都度、自分はこの世界の住人ではないという事実が突き刺さるだけであった。そして、何度目か、もう忘れた頃に渡った世界で運命が開けた。

 自分を見てくれる、思ってくれる存在に出会えたのだ。


「これで本当に変わるのか、私には分かりません。実際、どうなるかは予想つかないです。それでも」

 クレアはまっすぐな視線を雄輝に向ける。あの時と同じ、(あお)(あお)く澄んだ目に雄輝の姿が映る。


「どうか、私と一緒にこの世界を救ってください」


 雄輝は首を縦に振るつもりだった。しかし、できなかった。何かが違う、そう思ったから。黙っている雄輝にクレアの瞳に不安の色が浮かんだとき、雄輝は言った。


「クレア、前も言ったことあるけど、もうちょっと別の言い方ないか?」

 思ってもいなかった提案に、きょとんとした顔をするクレア。しかし、すぐに笑顔になる。それは、先ほどまでの悲壮なものとは違う、本当の笑みだった。

 クレアは思い出していた。彼に(あお)(よろい)を贈ったときのことを。それは、もはやすり減った心に、しっかりと刻み込まれた雄輝との思い出。


「分かりました。言い直します」

 晴れやかな気持ちで、クレアは頭を下げる。


 一瞬、唇を噛みしめてから、クレアは顔を上げた。

「どうか、私を助けてください」

 その声は震えていたが、確かな決意が蒼の目に宿っていた。


「いいな、それ。やる気出てきた」

 あの時と同じ、ニカッと子どもらしい笑顔を見せる雄輝にクレアの心は温かくなった。彼となら、どこまでも飛んでいける。

 そう、信じることができたのであった。

 雄輝はクレアに拳を突き出す。クレアは軽く(ほほ)()んでから、彼のそれに自分のを合わせた。コツン、と軽い感触。意思を確かめるには、それで十分だった。


「じゃあ、見に行くか。その『終わり』っての」

「はい!」


 そして、二人は神魔王の待つ神魔の領域へとやってきた。おどろおどろしい雰囲気のその地は、もともと()(れい)な野生花の群生地だったそうだ。

「それはそれは、色だけでなく花の香りでも埋め尽くされていたそうで」

「……今は魔物臭さしかないけどな」

 しかし、神魔の力が時空の裂け目からあふれ出て、今では生命の(かけ)()も感じられない邪悪な場所となっていた。空気は重く、色彩は抜け落ち、彩度の低い色で世界は塗りつぶされていた。


 この真っ黒な見るとラストステージってこんな感じがするよな、と雄輝はのんきに考えていた。襲い来る敵の猛襲を退けながら、そんなどうでもいいことが頭を占める。

 雄輝は雄輝で、この特殊な状況に慣れてしまっていた。命を奪われる心配はクレアの(よろい)のおかげでない。命を奪う心労は、感じないわけではないが、吹き飛ばした。


 クレアのやりたいことをする。その誓いを胸に。


 迷い無く進み続ける。最後の扉の前。ようやくか、と雄輝が息を整えると、左右から敵の軍勢が押し寄せる。

 凶暴な牙をむき、恐ろしい爪をたて、(ほう)(こう)が空気と雄輝の身を震わせる。じりじりと、こちらを包囲するように近づいてくる。逃げ場はない。逃げるつもりもないが。

「手厚い歓迎だこと」

 このまま神魔王に立ち向かっても挟み撃ちになってしまう。そうなると、さすがに分が悪いか。

 雄輝がそんなことを考えていると、クレアと目が合った。右目を閉じてウィンクする。


「其は純白の翼。魔を封ず壁となれ」


 クレアの翼から、ぱあっと羽根が散った。その白は雄輝とクレアの間に壁をつくる。

 (ぼう)(ぜん)とする雄輝にクレアは笑いかける。無理をしていない、心からの笑みだった。


「ここは任せてください。だいじょぶです。ここでは死んだこと、ありませんから」

 雄輝は顔をしかめそうになって、力をいれて表情を戻す。あまり笑えないジョークを、楽しそうに(あお)い瞳を輝かせてクレアは言い放った。


 ぺこり、と頭を下げるクレア。

「ユウキさん。『終わり』を、私に見せてください。お願いします」


 雄輝は息を飲んだ。常に他者のために走り続けた少女の、己のための願い。雄輝は、泣きそうになる心を抑えながら、笑顔を返す。

「分かった、行ってくる」

 食いしばった歯が、クレアには聞こえない(かす)かな音を立てる。そして、雄輝は背を向けてかけだした。背中にクレアの視線を受け、羽ばたく音を聞きながら。


 この足は、クレアの願いを(かな)えるまで止めない。そう、決意を新たにして。

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