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シルヴァランド物語~放課後の勇者~   作者: 想兼 ヒロ


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第16話 心の重石

「あー、次は観月かぁ。せっかく、ランナー出たのにな」

「守備の準備しとこーぜ。どうせ、チェンジだしさ」


 背後から落胆と中傷の声。これから打席に向かう雄輝に、わざと聞こえるように言っているのがよく分かった。

(まぁ、俺自身も期待してないし)

 雄輝はそんな彼らに怒るでもなく、淡々と準備を続けていた。


 本日は球技大会。いつのまにかメンバーに入れられていたソフトボールの試合に雄輝は出ている。サボろうとも思ったのだが、人数ギリギリでは大問題になりそうで渋々参加していた。


(う~ん、スッキリしないなぁ)


 先日、シルヴァランドで神魔七柱のニである怪鳥ケラトプスを倒したばかりで頭がボンヤリとしている。肉体的な疲労は抜けているものの、精神的な疲労が尾を引いているのだ。

 先程までからかいの声を上げていた級友達も、つまらなさそうに黙っている。雄輝の張り合いのなさに面白みがなくなったのだ。


 静まり返ったベンチ。クラスの人間関係を構築していなかった雄輝を応援する声はない。

 ただ一人を除いて。


「観月、とにかく振ってけよ。当たる、当たる!」


 チラリと雄輝は振り返る。坊主頭の男子生徒が一人、熱心に声を出していた。

(張り切ってるな、あいつ)

 雄輝は名前を思い出そうとする。確か、竹内明といったか。


 球技大会のルールで一人だけ、同じ競技の部活動に参加している生徒が出れることになっている。その丸刈りが示すように、明はチーム内唯一の野球部員だ。


 一生懸命なのも無理はない。


 そんな明の真っ直ぐな声援に、少しだけ雄輝はクレアの表情を思い出す。

(……しゃーない。ちょっと真面目にやるか)


 今までの雄輝であれば、期待をされるということを億劫に思っていた。期待されていること自体も己にとって負荷になるし、さらにそれを裏切れば、とてつもない重さでのしかかってくる。

 そんな状況から、雄輝はずっと逃げていた。


 それがクレアと出会ってからは、どうだろう。


 彼女は際限なく自分にずっと期待をかけてくる。その応酬に、雄輝の逃げ場は完全に封じられた。

 彼女の、あの無根拠な自信はどこからやってくるのか。雄輝は必ず何かを成し遂げてくれると、彼女はずっと信じている。

 どれだけ、邪険に扱おうとしても、雄輝がそれに罪悪感を感じてしまうほどにクレアは真っ直ぐに感情をぶつけてくるのだ。


 それに、期待に応えたときの気持ちよさも知ってしまった。


 その結果。もし失敗して、今まであんなに嫌がっていた心の負荷を感じたとしても。

 それならそれでいいか、と雄輝は思えるようになったのだ。


(バットなんか振ったことないんだけど。さて、どうするか)


 打席に立っては見たが、何をしたらいいか分からない。バットをボールに当てればいい。それは理解できるのだが、それだけだ。

 色々と考えていると、投手がボールを投げ込んでくる。突っ立ったまま雄輝が見送ると、審判役の先生が「ストライク」と宣言する。なかなか良いコントロールをしている。


(おっせぇ)

 ケラトプスの口から吐き出される炎球に比べれば、まるで止まっているかのようだ。


 もう一球、見逃してみる。再びストライクだが、これぐらいの速さであれば当てられるような気がした。


 次は振ってみよう。雄輝のバットを持つ手に力がこもる。


 ボールが来た。せーの、で雄輝はバットを当てにいく。

(ありゃ?)

 しかし、彼の思惑通りとはいかず、ボールはまるで雄輝のバットを避けるように素通りしていった。


「ストライク、バッターアウト!」


 審判の声に「ああ、やっぱりか」とチームメイトが立ち上がる。塁に出たものの、得点は奪えずに攻守交代だ。

 ただ、唯一しっかりと雄輝の打席を見ていた明は違和感に首を傾げる。


「あいつ、何のスポーツもやってないよな」


 雄輝の振りは素人のそれだ。バットがかなり遠回りして、あれでボールを打つのは至難の業だ。

 しかし、その振る速さは目を見張る物があった。何かしらの運動をしていないと、そこまでの筋力はつかないだろう。


 戻ってきた雄輝に、明は彼用のグローブを手渡した。

「惜しいな、もうちょっとだったのに」

 本音を言えば、そこまで惜しくはない。しかし、本当のことを言う必要もない。あくまでも球技大会、楽しくやれればいいと明はニコニコと励ました。


 そんな明の言葉を雄輝はクールに返すのか、無視してくるのか。普段の彼を見ていれば、そんな感じだろうと明は推測する。


「そうか?」

 しかし、雄輝の反応は彼にとって予想外のものだった。あまり表情は変えていないが、少し悔しそうだったのだ。

「むちゃくちゃズレてたけど。まぁ、おまえが言うなら、そうなんだろうな」


 グローブを受け取って、守備位置に向かう雄輝の背中を見て明は再び首を傾げた。

「あんな感じなんだな、観月って」

 今までまともに話したことはなかったし、ちょっと自分とは違いすぎて遠ざけていたくらいだ。だから、雄輝のことはよく知らなかった。


 思ったよりも話しやすそうだと、明は雄輝の人物評を書き換えた。


「意外とやる気あるんだ。俺も頑張らないと」

 チームの空気が重く、自身の空回りっぷりを自覚していただけあって明は嬉しく思う。ちょっと、楽しくなってきた。


「しっかりと抑えるぞー」


 チームメイトに声をかけるも、返ってくるのは薄い反応。ライトにいる雄輝も片手を上げるだけだ。

 しかし、それだけで十分だと明は思う。


(良かった、十分に楽しめそうだ)

 ちょっと不安であったが、なんとかなりそうだと内心胸を撫で下ろす明であった。

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