第1話 天使の誘い
最後に笑ったのはいつだっただろうか。
雄輝は何となく嫌な気分になって、通学路を外れた。学校へ足が向かわない。特に理由はない。ただ、気が向かないのだ。
強いてあげれば「何もない」ことが嫌だった。勉強も運動も、特にする意義を見つけられない。
学生服が重い。小学校の頃は軽かったなと、雄輝は大きく嘆息した。
何も考えずに進んでいくと、小さな神社が目に入った。ああ、懐かしいなと若干気持ちが緩んだ。
幼いころ、近所のお兄さんがよく連れてきてくれた。お互い、両親共働きで彼にとっては暇つぶしだったのだろうが、よく日が落ちるまで遊んでくれた。
そんな彼とも、いつの間にか疎遠になってしまったが。
鳥居をくぐれば、変わらぬ景色が雄輝を迎えてくれた。
「相変わらず、でっけぇなぁ」
一際目を引くのが、社を護るかのように立っている巨木だ。狭い敷地に窮屈そうに構えるそれは、今もなお異彩を放っている。
町中だと言うのに生活の空気が感じられない。緑が音を吸収しているのか、木々の呼吸の音すら聞こえてきそうなほどに周囲は静まり返っていた。
「そうそう」
もう一つ、思い出したことがあって雄輝は巨木に近づいた。走り回るのに疲れると、その木の根本にあるくぼみで休んでいたのだ。家から持ってきた本を読んだり、携帯ゲームをしてみたり。
ここに来てから陰鬱な空気が薄まったことを感じている雄輝は、幼いころのように座ってみようかと太い幹を回り込んだ。
が、そこにあるべきスペースは見慣れないもので埋められていた。
「なに、これ」
そこには木で作られた箱が置かれていた。丁寧な装飾が施されたそれは、子どもなら中に隠れられるのではないかというほどに大きなものである。
(そういえば、宝箱ってこんな感じだったな。)
記憶から、とあるテレビゲームの映像を引っ張り出して、目の前の箱と照合させる。思いの外、しっくりときた。その分、眼前の光景から一気に現実感が失われる。
頭をかく。どうしたものかと思案して、ただどうすることもできずに首を傾げた。
触れてみたいという気持ちは少なくともある。なくなったと思っていた好奇心が残っていたのには驚いた。だが、このまま、放置しておくのが懸命かもしれない。
そんな沈黙は、思いもがけない場所から破られた。
「貴方には、それが見えるのですか? 」
「え? 」
頭上から聞こえた声に、雄輝は頭を持ち上げた。
目に入ってきたのは、真っ白な翼。その白を背中に背負った少女は、巨木の枝に腰をかけて、雄輝を見下ろしながらさらに続ける。
「良かった。ようやく、出会えました」
にっこりと笑うのに合わせて、桃色の長い髪が揺れた。物語の天使を思わせる容貌に心を奪われる。幻想的な光景に言葉を失っていた雄輝は足元の宝箱が開いていることに気づかなかった。
「おわっ」
体を襲う浮遊感とともに歪む視界。そこで意識が途切れた雄輝が、自身の身が宝箱に吸い込まれたことを知るのは後のこと。
これが、「終わり」に向かう物語。その始まりである。




