決着
ともみの安定感あるピッチングの前に1年生チームは手も足も出ない。対する瑞樹もランナーを出しながらも、真純真琴の守備に支えられて無失点に抑える。
回は3回裏。2年生チームの攻撃は2番の千尋から。初球甘く入った真っ直ぐを左中間へ運ぶ。
千(よし、三塁打コース)
完璧に抜けると思っていた打球の落下地点にはすでに樹里がいた。樹里は捕球体制に入る。しかし、打球は無情にも樹里のグローブの上を通過する。慌てて打球を追いかける樹里が打球処理にもたついている感に千尋は一気にホームへ帰ってきた。2年生チームがまず、千尋のランニングホームランで1点を先制した。
忍「さすが、ナイスバッティング!」
晶「いい当たりだったわね!」
千「当たりは良かったけど、いいポジショニングしてたね。あの子。捕られるかと思った」
忍「どうやら、頼れる後輩は小平姉妹だけじゃないのかもね」
カキーン。渚のバットから快音が響く。白球はライトのテニスコートに消える。
瑞「ホ、ホームラン」
純「打球があんなに遠くまで」
琴「すごい、本当に女の子の打球なの...」
ここから堰が切れたように先輩達の怒濤の攻撃が始まる。瑞樹の顔が青ざめても、後輩の守備がたじろいでも先輩達の攻撃は止まらない。とどめはルナの満塁ホームラン。
【12ー0】試合はコールドで決着がついた。
浩「お疲れさん。まずは試合をしてみてどうだった?千尋」
千「やはりまだ身体が全然ですね。このままじゃ男子と試合なんかやったら怪我しちゃうかも」
浩「なるほどな。で、真純。お前は試合をやってみて何か感じたか?」
純「スイングスピード。守備。ピッチャー。すべてにおいて完敗でした。そして何より野球をしている」
浩「たしかに、お前達が千尋達に勝っている点は何一つない。今年の1年生は高校から野球を始めた奴も多い。そういった点でも2年生にだいぶ劣っている。さらに去年の1年間、彼女達は血反吐を吐くような練習に耐えてきた。しかしな、お前達にもまだ時間はある。はっきり言おう!!女は男より体格は劣る。しかし、鍛え方次第では体力も野球の技術も勝る。これからは甲子園常連校以上の練習を行う。俺たちが目指すのは甲子園だ。君たちもそのことを肝に銘じておいてくれたまえ...」
浩一はそう言った後に周りを見回した。みんな少しの不安と大きな期待を胸に...といった目をしていると浩一は感じた気がした。
浩「まあ、野球は勝ち負けよりも大事なことがあるってのは、この場にいる全員分かっていると思う。まずは野球を楽しむことだ。野球を好きになれない、楽しいと感じられなくなったら技術の進歩はそれまでだ」
忍「かー監督かっこいいなー」
晶「やっぱり監督も教育者なんですね」
浩「無理に持ち上げようとしなくていいぞ」
最後にダウンをしてその日の練習は終わった
そして次の日の昼休みの廊下で真純、大海の二人と、ともみ、千晶が出会う。
純「あっこんにちは。ともみ先輩、千晶先輩」
晶「あら、こんにちは。真純ちゃん、大海ちゃん。お昼買いに行くの?」
大「違いますよー。今から屋上で昨日真純が買った本を読ませてもらうのです」
晶「あらいいわね。なんで屋上なの?教室で読めばいいじゃない」
純「いやー千晶先輩。いくら女子校といえどこの本を教室で読むのは...」
そう言うと、真純は袋から少しだけ本を見せる。
と「やっぱりあなたたちそういう趣味だったのね」
純「あれれ、バレてましたか?」
と「あなたたちの会話聞いてればわかるわよ」
大「ともみ先輩もこうゆうのはお好きですか?」
と「読んだことがある程度よ///」
晶「ちょっとちょっと、何の話ししてるの?」
と「あなたには関わってほしくない世界の話ね」
晶「何よ~それ。気になるじゃない。その本見せて」
大「どうぞ!先輩!!」
と「ち、ちょっと」
晶「なになに...『男達の花園』。何なのこれ?」
純「BLの同人誌ですよ」
晶「BL?」
と「ボーイズラブのことよ。つまり、男の子同士の恋愛ってやつ」
晶「それって面白いの?」
純「そりゃあもう。特に○○の××なんか最高ですよ」
晶「○○の××...」
と「まあ分かる人にしか分からない世界よ...」
純「じゃあ私たちはこれから屋上で様々な知識を蓄えに行くので!!」
と「はいはい。どうぞご勝手に」
晶「授業には遅れないようにね~」
大「はーい。よければ先輩達も今度ぜひ~」
真純と大海はともみと千晶に手を振りながら階段を駆け上っていった。こうして4人は新たな友情育んだのであった...?
場所は放課後の校門。渚は一人帰路についていた。すると、後ろから真琴が声をかけてきた。
琴「渚先輩。お疲れ様です」
渚「あら、真琴さん。帰り?」
琴「はい。先輩もこっち方面なんですね」
渚「いや、今日はたまたまこっちに用があるだけよ」
二人は特に会話もなく、特に気まずい雰囲気も出さぬままも歩みを進めた。しかし、ふと渚が沈黙を破った。
渚「あなた野球はいつから始めているの?」
琴「小学1年生の頃からです。地元の少年野球でやっていたのですが、4年生の時にそりが合わなくて真純と共にリトルリーグに移籍しました」
渚「そう。あなたは野球をやるのに目標とかある?」
琴「いえ、特には...私は野球が好きだからやっているだけなので。ただ妹には、真純には負けたくないという気持ちは昔からあります。かっこわるいでしょうか...」
渚「そんなことないわ。誰かに負けたくないという気持ちは大切よ」
琴「ありがとうございます。そういえば今日は先輩よくしゃべりますね」
渚「まあ...一応先輩ですから。それにあなたとは三遊間を組む仲ですから。あなたのことは知っておいたほうが良いと思いまして」
琴「へぇー先輩がそんなこと考えていたなんて以外でした」
渚「心外ね。人を心のないサイコパスのような言い方して」
琴「いえ、そこまでは言っていません」
渚「とはいえ、野球に関しては真剣にやってくれないと困るわよ。それ以外はどうでもいいから」
琴「もちろん。野球で手を抜くつもりはありません。それ以外もしっかりします」
渚「あら、えらいのね。」
琴「先輩定期テストの成績とかどんな感じなんですか?」
渚「下の下ね」
琴「先輩さすがっす」
意外にも意気投合した二人は仲良くガールズトークをしながら夕闇の中に消えていきました。
今日は久々にグランドが全面使える放課後。夏海校野球部は桜が散った校庭に快音を響かせバッティング練習を行っていた。マウンドには瑞樹、バッターボックスには葵が立っていた。
葵「前から思っていたけど、球は速く、コントロールもある...変化球の使い方が上手ければもっと打ちにくいはず...」
瑞(前から思っていたけど、この人バッターボックスで何ぶつぶつ言ってるんだ?私に聞こえないように言っているようで聞こえている。私は突っ込んだ方がいいのか?)
カキーン。打球が右中間を抜けていく。
葵「今のは上手に拾えたわね」
カキーン。ショートにボテボテのゴロが転がる。これを真琴が華麗に捌きファーストの千晶に転送する。余談だが新1年生の加入によりバッティング練習ですべてのポジションに守備を付けることが出来るようになった。これはより実践的な練習が出来ることにもつながる。1年生の加入はそれほど大きいものだった。
葵「今のは差し込まれた。インコースはもっと早く始動!」
瑞(やっぱり...この人バッターボックスで独り言言っちゃうタイプの人なんだわ...絶対他のチームと試合したら相手チームにヒソヒソされるタイプの人だ)
練習が終わり、用具を片付けているとき、瑞樹は忍に声をかけた。
瑞「あの!葵先輩ってどういう人なんですか?」
忍「葵?そーねぇ...バカまじめ?天然?中二病?なんかしっくりくる言葉が見つかんねーわ」
瑞「打席でぶつぶつ言ってるのは?」
忍「ああーあれね。あれは葵が野球始めた頃からのことだよ。葵って私たちの代だと唯一高校から野球始めた人だから。そりゃあ最初は鬼のようにバット振ってた。そういった意味ではバカまじめ」
瑞「葵先輩って野球始めてまだ1年しかったってないんですか!どう見てもシニアレベルかと...」
忍「まあセンスの塊だよね。今じゃ私なんかよりよっぽど打って守って走れるよ。まあ深く考えないのがいいのかもね。他人から言われたことはそのまんま吸収しちゃうの。だから上達も早い!でもね、本当にそのまま聞いちゃうんだよ。始めたての頃、私、葵に打ったら三塁に走るのって言ったら本当に三塁に走っていちゃうんだもん。あん時は本当に笑ったよ」
瑞「三塁に?それは笑います。なんかどっかのプロ野球選手みたいですね。ちなみにさっき言ってた中二病ってのは?」
忍「あーあ...さっきぶつぶつ言ってるのは何なんだって言ってたわよね。あれ野球の時だけ言ってるならまだいいんだけどね...なんか私たちの見えない敵と戦ってるらしいの。かっこいい意味じゃなくて。妄想?的な」
瑞「見えない敵?」
忍「なんか、暗黒の使い魔だとか、どっかの国の工作員だとか。廊下とか歩きながら急にぶつぶつ言い始めるの。まあなんか面白いからみんなあえて止めないんだけどね」
瑞「それ大丈夫ですか。絶対止めるべきでしょ。友だちとして。仲間として」
忍「そうかもね。でも、葵は本当にすごい奴だよ。野球での独り言はもはやプロ並みの分析力だし。他人に教わるより自分で考えた方が分かりやすいのかもね。今度なんかアドバイスでももらいに行ったら?意外なことが聞けるかもよ」
瑞「はい!今度お話ししてみます」
時は少し遡り、バッティング練習中のこと。
千「樹里ちゃん!」
樹「千尋先輩!?」
樹里が守っているライトに千尋が遊びに来た。
千「こないだのバンザイ」
樹「あれは...その...」
千「そんなに怯えるなよ~あれをミスしたと見るのは野球を中途半端にしか見てない奴。そうだろ?樹里ちゃんもそれは分かってるんじゃないの?」
樹「いえ...あれは完全に捕球体制に入っていました。私のエラーです」
千「その捕球体制に入れてるのがすごいんだよ。打った私が言うのも何だけど、あれは完全に抜けてた。それとも何か先輩のランニングホームランにケチつけるのか?」
千尋は笑いながら樹里の背中を叩いた。
樹「いえ、とんでもない...」
千「あのポジショニング。たまたまか?」
樹「あの…実は千尋先輩が外の球を流そうとしてたの分かりました。だからあのときセンターをやってたので、少し右に寄ろうかなと。本当はあのときレフトとセンターではなくセンターとライトで守りたかったのですが...」
千「樹里ちゃんすごいよ。すごい観察力だよ。その能力は必ずチームの役に立つ!樹里ちゃんの力を夏海高校の為に使ってくれよ!!」
樹「はい!」
千「よし!ちなみに今のバッターの時このポジショニングで大丈夫かな?」
樹「いえ、本当ならもう少しセンターよりに...」
カキーン。樹里がそう言い終わらぬうちに葵の打球が右中間を抜けていった。
練習が終わり各自帰りの準備をしていた。
ル「ヘーイ、依織!YouのFatherもBaseball Playerだそうね」
依「あっルナ先輩。ええ、そうでけど...」
ル「それはすごいことネ。日本の野球選手はとてもレベルが高いです」
依「いや...でも、うちのパパほとんど2軍でそこまですごいとは...」
ル「ノンノン。どれだけの成績を残せたかではありません。どれだけ自分にとってパパの存在が大きかったかです。私のFatherはアメリカを代表するPlayerでした。Butもし仮にパパが万年補欠のマイナーリーガーでも私はとても尊敬していました」
依「尊敬...私パパを尊敬しています。パパとキャッチボールしたり、一緒にバッティングセンター行ったりしたの楽しかった。かっこよかった」
ル「それはgoodです。これからも一緒に頑張っていきましょ!!」
依「はい!!」
彼女たちの新チームも徐々に固まり、そしていよいよ夏の大会が近づいてきていた。