新チーム始動
キーンコーンカーコン
忍「さあ、私たちも2年になりましたねー。どんな後輩が入ってくるのか楽しみだよ」
千「入ってきてくれればいいけどな」
授業終わりの廊下で忍の問いかけに千尋が冗談っぽく答える。
忍「監督が小平姉妹は入ってくるって行ってたよね」
渚「よく名前は聞くけどその二人そんなにすごいの?」
渚が珍しく質問する。
忍「ええーー。知らないの!『武蔵シニアのアライバシスターズ』。中日ドラゴンズが誇る荒木選手と井端選手の二遊間ように堅実な守備を誇る姉妹のことだよ!」
千「正直私もあんま詳しくは知らないけど、シニアにすごい女の子がいるってのは嫌でも耳に入るからね。渚は後輩あまり興味ない?」
渚「後輩は...あまり得意じゃない...」
三人はいつもの道を通り校庭に向かった。すると、見慣れた影と見慣れない影の両方が三人を出迎えた。
「こんちわ-」
見慣れない影が元気な声で挨拶をする。千尋と渚は少々たじろいだが忍だけは。
忍「こんにちわー。わー後輩たちだー。可愛いー。よろしくね!」
忍は持ち前のコミュニケーション能力を使ってすぐに打ち解ける。その姿を千尋は感心しながら見ていた。
千(あまり重要に見られないけど野球において...いや、野球以外においてもとても重要な能力。初めて会った相手の懐に入っていくなんてみんながみんな出来ることじゃない)
忍が切り開いた突破口かえら1年生と2年生の会話が弾む。そうこうやってる間に浩一がやってきた。
浩「おーし。始めるぞー」
忍「あれっ?今年は自己紹介やらないんですか?」
浩「ああ、まだいい。とりあえずグランド3周して準備体操してキャッチボールな」
千尋が仕切り、練習前のウォーミングアップを済ませる。リーダーとなれば千尋も人見知りなどしている場合ではない。夏海高校野球部主将としてみんなをまとめ上げる。
浩「よし、終わったな。じゃあ、これから1年と2年で試合をする」
浩一がそう言うと1年生たちは驚きの声を上げる。
ル「今更何の驚きもないですネ」
晶「去年は3対3だったんだから今年はまだマシなものよね」
と「自己紹介はプレーでしろってことね」
葵「初めての試合...燃えてきます」
たじろぐ1年とは対照的に2年生はやる気に満ちあふれている。
浩「7対7でやるってこと以外はほとんど普通の野球と一緒だ。去年はピッチャーとキャッチャー付けなかったけど今年は各チームで付けろ。イニングは5回までな。なにか質問は」
渚「7対7って。1年生は1人少ないわよ」
浩「そうだな。1年チームには俺が入る」
忍「マジっすか!監督元気っすね」
浩「やかましい!じゃあ先攻後攻決めろ」
じゃんけんの結果1年生チームが先攻となった。
千「ポジションだけど...ピッチャーはともみ。キャッチャーは私。ショートには忍が入って」
忍「りょーかーい」
千「左中間にルナ。右中間に葵。そんで渚はサード。千晶はファーストをやってもらいたいんだけどいいかな?」
千尋は珍しく顔色をうかがうように聞いた。それは千晶がずっとサードの練習を頑張ってきたことを知っているからだ。千晶は決して下手なわけではない。渚が上手すぎるのだ。それに千尋は千晶に頼めば何でも言うことを聞いてくれる性格を知っている。だからこそ普段は人の顔色など気にしない千尋が千晶のことを気にした。
晶「本当はサードがやりたい...でもねずっと秋から冬の練習をしてきて分かった。渚には勝てない。だからこれからは私ファーストで頑張るよ!!」
渚「千晶...」
晶「本音はね。レギュラーとりたいんだ。そのためならコンバートだって受け入れるよ」
千「ありがと...じゃあこのポジションで行くよ。相手は得体の知れない後輩。先月まで中学生だった子たちに私たちが負けるとは思わない!だけど最初から全力で行くよ!!」
「おおぉぉーーー」
「先輩たち気合い入ってるねー。私たちも気合い入れてきますか。あっ私小平真純です。ポジションはセカンドっす。ねーちゃんいるから真純って呼んでね!よろしくね」
「この子の双子の姉やってます。小平真琴です。ポジションはショートです。よろしくお願いしますわ」
「僕の名前は佐山大海。中学のころは野球部はやってなかったけどよく真純と野球はやってたよ。ポジションはどこやろっかなー」
純「ひろちゃんはファーストやりなよ。絶対似合ってる!」
大「うん!じゃあファーストやる!!」
「私の名前は中井瑞樹です。ポジションはピッチャー。中学のころは一応エースやってました。よろしくお願いします」
「えっと...私の名前は新井樹里です。あの...野球はあまり得意ではありません...中学の頃もマネージャーでした。本当は高校でもマネージャーをやりたかったのですが監督にプレイヤーを薦められたので...下手くそですけどよろしくお願いします」
「私は落合依織。野球を部としてやるのは高校が初めて!でも、弟とかパパとよく野球やってたよ」
一通り自己紹介が終わると真純が仕切り、ポジションを振り分ける。
純「ファーストはひろちゃんでショートはねーちゃんでしょ。ピッチャーは中井さんに任せてもいいのかな?」
瑞「はい。力不足ではありますが精一杯投げてみせます」
純「新井さんと落合さんはどこが出来る?」
樹「私本当に野球できないんであまり球が飛んでこないところにしてください~」
純「守備が7人しかいないんだから飛んでこないとこにいられたら困るよ。そしたらレフトにいてもらおうかな。バッターが左の時はセンター行って。逆に落合さんはバッターが右の時センター、左の時はライトに行ってもらうよ」
依「オッケー!任せてよ」
一通りポジションを振り分けたが、最後に壁にぶち当たった。
琴「キャッチャーは誰がやるのよ?」
純「キャッチャー出来る人いないの?」
真純が周りを見渡すが誰も目を合わせようとしない。
浩「しゃーないから俺がやってやんよ」
純「えー!監督、キャッチャーできんですか?」
浩「監督なめんなよ」
純「さすがっす!じゃあ次は打順だけど、とりあえず私が切り込み隊長として様子見てくるから」
そう言うと、ヘルメットを被りながら左バッターボックスに入る。
純「よろしくお願いしまーす」
軽く会釈して、バットを構える。小さくコンパクトにバットが出てきそうな構えをしている。千尋はまずインコースに入ってくるスライダーを要求した。ともみは寸分違わない要求通りの球を投げ込んでくる。真純は右足を開いて見送る。
千「ストライクだぞ。後輩」
純「初球から厳しいとこ。容赦ないなー先輩」
続くに2球目もインコースに構える。今度は真っ直ぐ。またしても真純は見送る。いや、千尋のあまりにも厳しい攻めに手が出ないのだ。そしてツーストライクからの3球目。クロスファイヤーから外に落ちる球にバットが空を切る。
琴「何が様子を見てくるよ。3球でひねられてるじゃない」
純「ごめんごめん。コントロールは本当に抜群だよ。最後の球はフォークだけどサイドから投げてるから外に逃げていく感じで落ちるんだ。果たしてあんな変化球があと何種類あるのやら」
続く姉、真琴も同じく左バッターボックスに入る。妹に比べバットを少し高く構える。
初球は真純の時とは違い外の真っ直ぐ。2球目は外に外れるスライダーを見送りカウントワンワン。そして、3球目は真純が空振りしたフォーク。片手を離しバットを出すもかすりもしない。
琴(これは初見で捉えるのは至難の業ね。甘いとこなんて来ないわよね)
追い込まれてからの4球目。球は真ん中低めに来る。
琴(来た!甘いとこ)
しかし、真ん中低めの球はバットにかすることはなかった。
琴「スクリュー?」
千「ご名答」
球は真ん中低めから真琴の方に食い込んでくる形で地面にたたきつけられた。千尋はしっかりとワンバウンドで抑え、真琴に軽くタッチをして、ボールを渚に投げた。
瑞(まさか、小平姉妹がかすりもしないなんて。私にはいったいどんな攻めで...)
カーン。初球の真ん中高めのボール球を高々と打ち上げショートフライ。スリーアウト。
瑞(厳しいとこに来ることを予想しているバッターにあのボール。ピッチャーとしては最高の打ち取り方をさせてしまった。さすが、すごいバッテリーね。完敗だわ)
攻守が変わり2年生チームの攻撃。先頭バッターは葵が入る。そして1年生チームのマウンドには長身の瑞樹が上がる。瑞樹の第1球。長身から投げ下ろされた球は浩一のミットにズバッと決まる。
浩「ストライク」
葵「は、はやい...」
葵のタイミングは完全に遅れている。
忍「はえー。いい球だね。130kmは出てんじゃないの」
千「まさか、でも長身から投げ下ろされてる分余計に早く感じるんだよ」
瑞樹の長身から投げ下ろされる球に翻弄され、葵は三振に倒れる。続く千尋が打席に入り、浩一に小さな声で話しかける。
千「いい球投げてますね」
浩「球速は110kmぐらいだけど、やっぱり身長が武器になってる。コントロールもそこそこいい」
初球は外角に真っ直ぐが決まりワンストライク。二球目の球を追っつけて打ち打球は一二塁間を抜けていく。
忍「ナイスバッティング」
忍を筆頭に2年生ベンチが盛り上がる。
千(まあ、外一辺倒じゃな)
そして3番に渚が入る。
渚(外ばっかりの攻め。この人(浩一)が。考えなしにそんなリードするとは思えない)
初球は外角のボール球。
渚(また外。今度は外?内?)
続く二球目は外角低めの球を振り抜いた打球は瑞樹の足下を抜けてセンター前へ。しかし、真琴が横っ飛びでボールを抑える。グラブトスでショートの真純に渡す。捕ってから素早い動きでファーストに送球する。
忍「あらら...渚がゲッツー...」
晶「お見事!すごいわね。あの二遊間」
と「この試合が終わったら彼女たちが味方になるというのは頼もしい」
ル「さて、この回もちゃっちゃっと終わらせしまいましょう!!」
後輩たちのプレーに感化された2年生がさらに気合いを入れて守備につく。