7人目の侍
浩一は春に行われた一年生の体力測定の結果をまとめていた。
浩「やっぱり渚、ルナは別格だな。千尋やともみも十分だけど。んっ」
浩一はふと、野球部ばかりの成績上位者の中に交わる村山葵という名前に目を落とした。
浩「学年トップの渚の50mのタイムが6.88。そして2位の村山が6.97。渚を除けば、唯一の6秒台。3位がルナの7.29だから相当早いぞ」
気になった浩一は村山葵という生徒を調べてみた。一年生の学力テストは下から数えて3番目。剣道三段、漢検4級。お父さんは警視総監。分かったことはそれくらいだ。父親が警視総監と言うこと以外はかなり体力バカな女の子といった感じだ。
浩「部活は...えっと。剣道部?剣道部なんてウチにはなかったよな」
浩一の思った通り剣道部という部活はなかった。不思議な気持ちのまま、浩一は仕事を終わらせ、校庭に向かう。校庭に向かう途中、校庭までの通路に一人の少女がいた。その少女は長い髪を後ろで結び、すらっとした体型。胴着姿の村山葵はきれいな軌道で竹刀を振っていた。
一瞬その姿に浩一は目を奪われた。そのぐらい彼女の素振りは美しかった。千尋も幼い頃筋力を付けるために3年ほど剣道をやっていた。だから、ある程度剣道の知識はあった。しばらく彼女の素振りを見ていると。
葵「こんにちは。椿先生。今日も野球部の練習ですか。お疲れ様です」
なんともさわやかな挨拶をされ、ぽかんとしたまま、浩一は軽く挨拶を返すことしかか出来なかった。いきなり、当の本人に出会って驚いた。第一印象は頭の悪そうな感じは全くなかった。とても模範的な生徒というイメージが強すぎて、とても学力下から3位とは思えない。グランドに着くとまず、千尋たちに村山葵のことを訪ねてみた。
千「残念な美少女」
忍「バカ」
渚「中二病」
浩「そんなに悪い情報しかないの。運動神経めっちゃいいじゃん」
千「運動神経はめっちゃいいけど...友達にはなりたくないタイプだね」
浩「野球部に勧誘してみろよ」
忍「あいつはちょっとな...」
渚「もし仮に100万歩譲って、私たちが良くても向こうが誘いを拒否するんじゃない。正義の味方ごっこが忙しくって」
浩「正義の味方?」
千「そっ。それは本人に聞いて」
訳の分からないままその日の練習を始める。今日も人数が足りない中守備練習とバッティング練習をこなし一日が終わった。
浩「ただいま」
浩一が練習を終え、家に帰ると妻の麻由美が夕飯を作りながら出迎えた。
麻「おかえり~。今お風呂ちーちゃん入ってるからもうちょっと待ってね~」
麻由美は千尋のことをちーちゃんと呼ぶ。千尋がお風呂を上がるまで葵のことについて考えていた。自分の目で見た葵と千尋たちの目で見た葵の人物像は180度違っていた。
次の日、いつも通り職員室から校庭に向かった。歩きながら葵の姿はないかと探した。昨日の通路とは少し離れたところで昨日と同様素振りをしていた。今回は思い切って声をかけてみるっことにした。
浩「村山さん。いつも素振りをしていてえらいね」
なんとも、不審な感じの声掛けだと自分でも自分を鼻で笑いたくなった。
葵「あっ、椿先生こんにちは。これ(素振り)ですか?これは強くなるためですから」
浩「強くなりたい?」
葵「はい。そのための精進です」
浩「君にとって強さとは?」
葵「守れる力」
浩「何を守りたいんだい?」
葵「女の子。そのためにこの学校に来たんです」
浩「女の子を何から守るんだい?」
葵「野蛮な男子。女子校といえば不良男子校生の狙い目ですから」
浩「そうなのかな...」
今まで内の学校の生徒が男子高生に襲われたという事例はない。そして、どんどん葵と話しているとちょっとあれっと言う感じがしてきた。
浩「でも、内の高校剣道部ないよ。女子校で剣道部ある高校なんていくらでもあるでしょ」
葵「一番近い女子校に来たら、剣道部がなかっただけです」
あまりにも堂々と応えるので、少しずつ千尋たちの言っていることが分かってきた。こんな頭でよくこの高校に合格できたなと思ったが父の仕事を思い出した。
浩「君は結構運動神経がいいみたいだね。何か部活に入る気がないなら野球部に入ってみないか」
浩一はダメ元で聞いてみた。
葵「お誘いはうれしいのですが、私には学園の平和を守る仕事がありますので...」
浩「そ、そうか...これからも学園の平和を頼むよ」
そう言うと、浩一はグランドに向かった。いつもより大遅刻だ。グランドに着くと千尋が
千「村山さんを誘ってたの?」
浩「ああ。学園の平和を守るのに忙しいんだとよ」
千「やっぱりね」
しかし、学園の平和を守る者にあった二週間後に学園では一つの事件が起きた。朝の職員会議で教務主任の先生が神妙な面持ちで話を始める。
「昨日の夜、うちの生徒が他校の男子生徒に襲われるということがありました。生徒は塾の帰り、夜の9時に友達と二人で歩いていたところを他校の制服を着た男子高生五人に囲まれ、人気のない路地に連れて行かれ、わいせつな行為をされました。幸い近くを歩いていた方が110番通報してくれたので、大事には至りませんでした。今後はそのようなことがないように私たちでパトロールを行いましょう」
浩「質問です。その男子生徒の制服に心当たりは」
制服から学校名が割れて、犯人も分かるのではないかと思った。
「残念ながら制服はみんなバラバラで被害生徒たちも覚えていないそうです」
みんなバラバラ?そんなことがあるのか。そんなことを思いながら、パトロールのシフトを決められるのを黙って見ていた。
家に帰ると千尋がお風呂を上がったところだった。
浩「おいおい。下着姿でフラフラするのやめろって言っただろ」
千「だって暑いんだもーん」
浩「今朝、朝会でも行ったように最近物騒なんだから少しは気を遣って生きろよ」
千「知ってるよー。やられたのうちのクラスの子でさ。朝から村山がその生徒たちに話ばっかり聞くもんで困ってたよ。とんだ正義の味方だよ」
麻「あらあら、そんなことに女の子が一人で首突っ込むのは危ないわよ。あなたたちも手伝ってあげなさいよ」
千「いいんだよ。ああゆうのは気が済むまでやらせておけばいいの」
麻「あなたは?いいの?そんなことで」
浩「分かった分かった。やめさせるよ」
麻「それじゃだめ。あくまでも協力をしてあげるだけ。女の子は男の子に勝てないっていうのをその子は絶対に認めないわ」
麻由美は小中学校で野球をやっていた。当時は女子高校生は野球の試合に出ることが出来なかった。そのことが麻由美はとても悔しかった。だから、野球の男女平等運動にはとても力を入れていた。女の子だからと言う言葉が大嫌いである。その辺千尋は麻由美に似たのかも知れない。
浩「千尋。村山さん、朝おまえのクラス来るんだろ。なんか手伝ってやれ。そして、野球部に入れろ」
千「えー。めんどくさいよー。それにあいつ野球部にいれんの?」
浩「千尋。たしかに女の子でも野球は出来るようになった。ただ、うちの学校は残念ながら大会出場資格がない。なぜだか分かるな?」
千「分かったよ。やるよー。父さんは何するの?」
浩「俺も俺で動いてみるさ」
翌日、今日も葵が千尋の教室に入ってきた。
葵「何か思い出したことはないかい?」
二人の生徒に向かって葵が問いかける。生徒たちは明らかに困っている。するとクラスの女生徒が葵のもとによってきた。
「ちょっとやめなよ。あんた事情を聞くふりして楽しんでんじゃないの」
そうすると、周りのクラスメイトも「そうだそうだ」や「ひどいよね」とか言い始めた。
千尋もまったく彼女たちを否定する気はないが、多数で一人を攻撃するのは好きではない。
千「ちょっと。村山さん来てくれる?」
葵「椿さん?何か用うかしら」
千尋は無理矢理、葵の腕を掴み、人気のない廊下に連れ出した。
千「なんでそこまでしてこの件に首を突っ込むの?」
葵「私が守るって言ったのに守れなかった...だから自分なりにけりをつけたいの」
千「彼女たちにとっては無理に掘り返さないでそっとしておいてあげることが一番いいんだよ」
葵「分かってるよ。でもね、それでも私は守りたいんだ。たとえ、彼女たちにとってそれがいいことじゃなくても...次の被害者が出る前に。それにこれは私の意地だ。全部守るって言って守れなかった」
千「守るなんて...全部を守るなんて無理だってことぐらいあんただって分かるでしょ。ここはアニメや漫画の世界じゃないの。毎日事件が起きるわけでもない。いつ起こるか分からない事件にいつも備えるなんて無理なの」
葵「それでもだよ。すべての人を守るなんて出来ないのは知ってる。でも、入学時に決めてたこの学校の生徒ぐらいは守りたいんだ」
千「だから守る守るって何でだよ!」
葵「女の子は弱いからってだけで男の子に乱暴されるんだよ。そんなのひどいじゃない。だから、私は女の子を守る。これが女の私の意地だ!!」
葵が変わった子であると言うことは千尋は知っていた。案の定さっきから変なことばかり言っている。しかし、今の言葉だけは千尋の心を打った。
千(女の意地...なるほどね。こいつも女であることに意地を持っているって訳か)
千「しょーがねーなー。私も協力してやんよ」
葵「えっ。でも危ないことだよ」
千「何が?自分だってやってるくせに。それに女の子が弱いってのはお前の勝手な思い込み。剣道三級。『雷撃の椿』なめんなよ」
葵はクスッと笑いながら千尋の冗談に返した。
葵「何そのダサいあだ名。私は『氷姫の葵』よ。よろしく」
千「お前もあんのかよ」