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土化粧   作者: 安芸 航
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エースの意地(プライド)

千「目が痛い。その金髪明日までに黒にしてこい」

ル「何ですってー!この髪は私のアイデンティティであり、誇りよ」

千「だめだ。髪の乱れは心の乱れ。野球やるやつがチャラついた髪してんじゃねー」

ル「言っておきますけど、この髪は親愛なる父上から受け継いだ地毛よ。地毛」

千「じゃあ、地毛証明書持って来いや」

ル「望むところよ。地毛証明書だろうが遅延証明書だろうが持ってきてあげるわ」


 練習が始まる前のも関わらずグランドには元気な声が響いている。


忍「何?またやっての。あの二人」

晶「いつものことでしょー。ほんと仲いいんだから」


 そんなやりとりを遠目で見ていると浩一がやって来た。さすがの二人も口論を止め、一列に整列する。


千「気をつけ!礼!」

全「お願いします」


 千尋の掛け声とともに部員たちが挨拶をする。部として始動してから、毎回千尋がみんなを引っ張る役目を担っている。誰も千尋をキャプテンに任命したわけでも、自分からなりたいと言ったわけでもないのに自然とみんなが千尋に着いて行く。このことを周りも何も言わない。千尋も自分がキャプテンをやることをずっと前から分かっているようだった。こうやって、当たり前のようにリーダーとして認められる存在がいることは大きい。リーダー決めで揉めたり、いつまで話し合っても決まらないというのは、新チームの始動が遅くなるばかりか、チームメイト同士にも亀裂を生む。


浩「今日は他の部活もいないことだし思いっきりバッティング練習でもするか」


 やはり、バッティング練習はみんなが好きな練習メニューの一つだ。コツコツと守備を鍛えることはもちろん大事だがたまには気持ちよく打たせることも必要なことだ。


と「監督。バッティングピッチャー私にやらせてもらえないですか?」


 ともみのいきなりの提案に浩一は少し面食らう。


浩「いいのか?ピッチャーが打たせるって精神的にきついもんだぞ」


千「いっそのことともみの投球練習も兼ねて勝負方式にするのはどうですか。キャッチャーとして自分のチームのエースの球見ておきたいですし」

浩「みんながそれでいいならその案を採用するが」

ル「私はいいですよ。どんな球が来ても遠くに飛ばす。それは変わらないことですから」

忍「私もいいよーエースの球見ときたいってのは私もあるし」

渚「生きた球が打てるならどうでもいい。ただ味方だからといって容赦するつもりはない」

晶「私もそれでいいわよ」

浩「よし!じゃあそれで行こう。ピッチャーはともみ。キャッチャーは千尋。あとは適当に守備付け」

忍「監督...適当って...」

渚「仕方ないでしょ。六人しかいないんだから。バッター入れたら三人しか守備いないのよ」

忍「うわーたしかに。結局はこないだの紅白戦と一緒か...」

浩「しゃーないから。俺も守備つくよ...」


 キャッチャーの防具を着けた千尋がマウンドのともみに声をかける。


千「まあとりあえずお試しでサインとか出すから気に入らなかったらがんがん首振ってもらって構わないよ」

と「わかった...ありがと。千尋!私をマウンド(ここ)に立たせてくれて」

千「礼なら球で言ってくれ」


 そして最初のバッターの忍が右バッターボックスに入る。


忍「おねがしまーす」


 忍が軽く頭を下げて、バットを構える。


と(こないだの紅白戦。明らかに私が足をひっぱてた。だったら投手こっちで挽回するするしかないよね)


 左のサイドハンドから放たれたボールは糸を引くようにキャッチャーの構えたアウトローいっぱいに決まる。


千「ナイスボール」


 千尋からの返球に少しはにかんで応える。そして二球目。今度はインハイ。初球のアウトローが頭に焼き付いている忍にとってこのインハイは、まるでボールに襲われるような感覚になる。ツーストライク。そして勝負の三球目。さっきまでの二球と全く変わらないフォームで初球と同じアウトロー。変わったのは球速だけだった。


忍「チェンジアップ?すごくいいとこに落ちてるよ」


 ミートの名手忍でも初見であのコースのチェンジアップには泳がされバットは空を来った。まず一人目の打者を打ち取る。続く打者は強打者ルナ。ルナに対しての初球の球はドローンとしたスローカーブ。あまりのスピードにルナは手が出なかった。そして二球目。真ん中低めの絶好球。もらったとばかりにルナはフルスイング。しかし、ボールはホームベース手前でストンと落ちる。


ル「何?今の球。チェンジアップじゃないでしょ」

千「フォークボールだよ」

ル「What?いったい彼女は何球種投げれるの?」


 ルナの頭の中はもういっぱいになっていた。

ル(ストレート?チェンジアップ?スローカーブ?フォーク?それともまだ変化球隠し持っているの)


 最後の球は高めの直球。球速自体は120㎞程度だがサイドからのノビと緩急でバットの振りが遅れる。二者連続三球三振。


千(いいね~やっぱり悔しかったんだよね。こないだの紅白戦。その気持ちが球に乗り移ってるよ。それにしてもコントロールいいし、球種も豊富だからリードのし甲斐があるよ)

千「ナイスボール!最高の球来てるよ」


 マウンド上のともみは表情を崩さなかった。チーム一の打者、渚がゆっくりと左打席に入る。まずは初球のスローカーブがアウトローに外れる。続く二球目は外角の直球。さすがの渚でも振り遅れてファール。


渚(サイドハンドのサウスポー。あのカーブの後にあの真っ直ぐは相当遠く感じたわね)


 三球目はインコース。バットを出したがさらに内へ沈んでくる。慌てて手を返したが球はバットの根元に当たって打球はボテボテのファーストゴロ。

渚「今の球...スクリュー?」

千「さすがだねー。初見で言い当てた上にあのコースバットに当てちゃうんだから。まあ追い込まれてもないのにあの難しい球打っちゃったのはまだまだ修行が足りませんなー」

渚「うるさい...」


 そう言うと渚は心底悔しそうにバットとヘルメットを置き、守備についた。そして続く打者は千晶。どっしりと右打席に入る。


晶「お願いします」(この間の紅白戦。ピッチャーのともみはともかく、バッティングが売りの私がノーヒット。さすがに悔しい)

千(おお。気合い入ってますなー。そういや、千晶もこないだノーヒットだったっけ。そんな肩に力はいってたら上がる打球も上がらないぞ)


 千尋の要求はチェンジアップだった。気合いの入りすぎているバッターには抜いた球が一番。ただ、打者三人を討ち取ってともみにも少し力が入ったのか球が若干うわずった。千晶はタイミングを外され泳ぎながらもバットに当てた。鋭い打球はショートのかなり後方を守っていた浩一のグラブに収まった。


晶「あちゃーライナーかー」

千「普通のポジショニングならヒットだよ。それにしても力入りすぎ、もうちょっと肩の力 抜きな。金属バットなんだから軽く当てただけで飛んでくよ。千晶パワーあるし」


 四人の打者との対戦を終え、ともみがマウンドから降りようとする。


千「ちょっと待ってよ。私も打つ!」


 防具を外しながら、千尋が言う。最初は驚いた表情をしたともみだったがすぐにマウンドへ戻る。防具を外した千尋はヘルメットとバットを持って右打席に入った。

 ともみの初球は文句のつけようのない完璧なアウトロー。しかし、それを千尋はちょこんとバットを出し、簡単にライト前に運んだ。


千(いい球だけど。初球アウトローバレバレ。ちゃんと私がリードしてやんなきゃな)


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