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土化粧   作者: 安芸 航
3/28

紅白戦

 忍「試合だってぇー」


 忍がまるで信じられないという声を上げた。


千「待ってください監督。うちのチームはまだ六人しかいないのですよ。試合なんてまだ・・・」


 千尋も慌てて浩一に問いかける。


浩「対外試合だと誰が言った。紅白戦だ。三対三の紅白戦をやるんだ」

ル「野球を三人でやる?それこそ信じられない話ね」


 ルナがさらに大きな声で反論すると浩一が切り返す。


浩「まあまあ。話を最後まで聞け。試合といっても特別なルールを設定してある。まず、両チームのピッチャーは俺がやる。キャッチャーはネットを置いておく。だから、実質守備は二人いる。イニングは3イニング。後は普通の野球と同じだ。まあ、キャッチャーいねーから当然だけど盗塁とバントはなしな」

忍「特別ルールがあっても残り七つのポジションを三人で守んなきゃいけないのに変わりはないか」

渚「監督は守備しますか?」

浩「原則しない。ただあまりにも正面ついた打球は手が出ちゃうかもしれねーな。ほかに質問はないか。ないならチーム分けだ。千尋、ルナ、ともみがAチーム。渚、忍、千晶がBチームだ。先攻後攻決めろ」


 公平なじゃんけんの結果、Bチームが先攻となった。まず、Aチームが守備につく。

ともみがファーストとセカンドの間らへん。ショートに千尋。サードにルナがついている。

 そして、Bチームの先頭バッターの忍がバッターボックスに入る。体はあまり大きくないが力みのないフォーム。こうゆう構えをされるとピッチャーはどこに投げても当てられるのではという感覚にさせられる。


忍(四十近いおっさんの球当てるのなんか簡単だよね。しかも、外野がいないとなれば抜ければランニングホームランになる。さすがに外野なしは舐めすぎでしょ)


 セットから大きく足を上げて、きれいな腕のしなりで投げられた球はあっという間にネットに吸い込まれた。


忍「はやっ。とてもアラフォーの投げる球だとは思えないっすよ」


 ニヤッと浩一を見ながら2球目に備える。またしても球はネットに吸い込まれる。


浩「ストライクだからな」

忍「アウトローいっぱいかー。きびしー」


 アチャーといった顔で天を仰ぐ。しかし、忍の顔にはまだ余裕がある。そして3球目。鈍い金属音が響く。打球はピッチャーの横に転がる。そしてセカンドベースとともみの間を抜けていく。なんとかともみが打球に追いついたときには忍は二塁ベースに到達していた。


浩「さっきと同じアウトローややボール気味。よく当てたな」

忍「いやーちゃんとした守備ならセカンドゴロですよ」


 謙遜しながらもニヤニヤが止まらない。表情を隠すのが苦手なタイプなのかもしれない。そして続くバッターは千晶。やはり迫力がある。前のバッターがそれほどでかくない忍だったせいもあるのかもしれないがやはり大きい。二塁ランナーをちらっと見て千晶に1球目を投じる。金属音が響き白球は高々と舞い上がり、打球はショート千尋のグラブに収まった。


晶「かぁー…打ち損じたー」


 千晶は打球が捕球されたのを確認して、悔しがりながらベンチに戻る。そして、このチームで最も警戒すべきバッターに打席が回ってくる。無表情にただこちらだけを見てくる。ピッチャーからしたらこれほどプレッシャ-がかかるものはない。初球はインコース高めでワンストライク。2球目もインコースでファールを打たせ追い込んだ。そして最後の球。忍に当てられたアウトローややボール気味。そしてさらにストンと落とした。渚はとっさに片手を離しボールに食らいつく。ライナーは浩一の顔めがけて飛んでいった。

 バシッ。浩一もとっさにグラブを出し、打球をキャッチした。二塁ランナーの忍は戻りきれずダブルプレイ。


忍「くぅーついてない正面か…」

渚「ついてないじゃないわよ。外野いないんだから無理して飛び出すことなかったのに」

忍「ごめんごめん」

浩「さすがだな。初見であの高さのフォーク当てるとは」

渚「やっぱり落としてましたか」

忍「えっ。監督変化球投げたの?ずるい」


 スリーアウトとなり攻守が入れ替わる。セカンドに千晶。ショートに渚。そしてセンターに忍がつく。


千「さて、打順決めるか」

と「そういえば、このチームって全員Aクラスだね。三人だけだけど」

千「たしかに…あれっ?ともみちゃんってAクラスだったっけ?」

ル「ひどいこというわね。いるじゃないですか…えっとたしか…窓際に?」

と「うーん。残念ながら席は真ん中の列の一番後ろだよ。まあ授業中は寝てるし、あんまり二人とはお話ししなかったし仕方ないよ」


 やや気まずい雰囲気になりながらも、三人は打順を決めた。千尋は五歳から野球を覚え始めたので、そんじょそこらの輩には負けない野球の知識を持っている。千尋は中学時代、割と有名人だった。それは男女平等のスポーツになったとはいえ、女の子が野球をやっているのは珍しかったから。

しかしそれだけではない。当時、千尋は野球未経験者の監督に代わり指揮を振るったこともある。千尋の采配が面白いように当たることから他のチームには『軍神アレース』と呼ばれていたこともあった。アレースとはエジプトの戦いの神である。同じ意味の言葉が2度使われているのが実に中学生らしい。

しかし、それだけ千尋の戦術眼は優れている。先ほどの外野をなくした守備にも意図があった。


千「ともみはセカンドだけどファーストにも入れるように。ルナはサードやって。私はショートやる」

ル「外野はどうするの?内野抜かれたらホームランになっちゃうわよ」

千「外野はいらない。外野に一人おいただけで守備範囲は知れている。ただの球拾いに守備を割くぐらいなら、アウトを取れる内野を増やした方がいい。それにあの人の球、そうそう外野には持って行かれないよ。せいぜい、ゴロが抜けていくぐらい。ゴロなら必死に追えば、ツーベースぐらいで止められる」


 時はAチーム攻撃前の打順決めに戻る。


千「あんた、バッティングどうなの?」

ル「それはすごい打つわよ。本場のbaseballを見せてあげる」

千「ともみは?」

と「バッティングは壊滅的にだめ。中学時代は確か一割きってたわ」

千「そしたら私が一番。ともみは二番。そんであんたが三番。単純だけど私が出て、ともみが繋いで、ルナが返す。たかが紅白戦といえどやるからには勝つ!!」


 三人は円陣を組み士気を高める。そして、千尋がバッターボックスに入る。バットのグリップを顔の付近で構え、ややホームベースに被さるような構え。


忍「親子対決じゃん」

 

 いきなり初球を捉えたあたりは誰もいない三遊間を襲う。しかし、素早く回り込んだ渚が逆シングルで掴み、ファーストに入った千晶に送られワンナウト。続くともみもピッチャー横を転がる嫌な打球を打つ。しかし、またしても渚が難なくアウトにする。


忍「ツーアウト。ナイスなーぎさー!!(まあ、どんなに千尋が頭使ったところで渚がいればこっちは勝ったも同然だけどね。そんだけ渚はすごいよ)」


そして、ルナがバッターボックスに立つ。自信に満ちた顔。大きな構えだが力みはない。初球のまっすぐを迷いなく強振した。当たれば飛ぶなと誰もが確信した次の球は当たった。打球はレフトにぐんぐん伸びていく。


千「いったかな」


 千尋も立ち上がり、つぶやきながら打球を目で追いかけた。レフトの防護ネットのやや手前、大飛球は忍が後退しながら掴んだ。


ル「嘘でしょ!あれが捕られちゃうの!?」

千「どんだけいいポジショニングしてんだ、あいつは」

浩「ナイスバッティングだよ!ピッチャーやっててあんなに飛ばされたのは生まれて初めてだ」


 続く2回は両チームとも0点。そして、最終回となる3回の攻防。Bチームの先頭バッターは忍。3球目を高く打ち上げたフライはファーストの後方に落ちるラッキーなヒット。続く千晶のサードゴロの間に忍は二塁に。ここで一旦内野が集まる。


千「定石道理ならここは敬遠だけど」

と「いいんじゃない?勝負しても。別に負けたら今日で終わる大会って訳じゃないし。そりゃ紅白戦だからといって負けるのは嫌だけど。だからこそ、こうゆう場面で逃げちゃだめでしょ!第一私がピッチャーなら、無駄な四球は嫌!」

ル「そうね。チームメイトに敬遠なんて私のプライドが許さない!」

千「全く軍師泣かせだね~。オッケー!じゃあ守備位置の確認だ」


 集まっていた内野が散り、守備位置につく。


忍「大胆なことやってくるじゃない」

浩「面白い作戦に出たな」


 なんと、内野には浩一しかいない。レフトにはルナ。センターに千尋。ライトにともみが守備につく。1,2回とは打って変わって内野をなくした。


千(これはアウトとることを諦めたシフトじゃない。外野フライでアウトを取る作戦だ。まあ冷静に考えれば、軽打してくるとこだけど渚のプライドがそんなことさせないよね。てか、しないでよね。こっちは敬遠しなかったんだから~)


 しかし、そんな千尋の想像を渚のバットが超えていく。鋭いライナーは右中間を真っ二つに破っていく。ついに均衡が破れた。渚のタイムリースリーベース。


晶「ナイスバッティング!」

忍「さすがだね!(やっぱりすごいよ渚は。あの千尋を超えたんだもん)」

渚(あんな中途半端な前進するから)

浩「やられたよ。フォーク読んでか?」

渚「ええ、まぁ」


 攻撃側が盛り上がっている対象、守備側のチームは未だに信じられないといった表情をしている。


と「まさか、長打警戒のシフトで長打を打たれるとはね」

千「いや、私が中途半端なポジショニングさせたから…」

ル「はいはい。もう取られた点のことは気にしないの。それより今は次の2点目を与えないことを考えましょう」

千「そうだね…あっ!そういえば監督。バックホームはどうするんですか?キャッチャーはそのネットでしょ」

浩「満塁ならともかくこの場面ならどうすればいいかわかるだろ。この場面で何を一番避けなければいけないか」

千(はぁ⁈なんだよ…それ)


千尋は必死に考えた。どの方法が一番の最善策かを。そして考えに考えぬいた結果出た答えが。


千「ともみと私は前進守備!ルナはサードに入って!リード大きかったら牽制よろしくお願いしますね。監督」


千尋とともみの前進守備は普通の前進守備よりもかなり前だった。ともみに関しては一塁とホームの真ん中あたりにいた。


忍「わーヒットゾーンがたくさんあって嬉しいなぁ(ちょっとこれは舐めすぎじゃないかな〜まっキャッチャーいないんだし転がせば1点入るんだから余計な力は抜かなきゃね。どうせ力んで打ち損じ狙うのが千尋の作戦でしょ)」


ミートに自信のある忍は初球のフォークを手首を返し、三遊間に転がした。即座に打球に回り込み、捕ってから素早い送球でホームに投げた。ホームにはあらかじめ超前進守備をしていたともみが構える。見事に千尋の作戦がはまりホームタッチアウト。3つ目のアウトをとり、Aチーム最後の攻撃。


千「さぁあとは勝つだけだよ」

ル「私のサヨナラホームランで終わりね」

と「進塁打を打つ努力はする」


先頭の千尋がバッターボックスに入る。初球を見送り、2球目はファール。カウントワンワンからの3球目。


千(何としても出たい。ここまで散々仕切っておいて、大した働きもしてない。こんなにカッコ悪いことってないよね!)


外角の球を捉えた鋭いあたりはさすがの渚でも追いつくことが出来ずに抜けていく。しかし、あらかじめライト前進に守っていた忍がワンバウンドで抑え、ファーストに送球する。千尋も懸命に頭からベースに滑り込む。

結果は割と楽にセーフ。念願の先頭バッターが塁に出る。続くともみは宣言通りファーストにボテボテのゴロを打ち、しっかり千尋を二塁に送った。そして続くルナがバッターボックスに立つ。そしてBチームはマウンド周辺に集まる。


渚「忍はサードを守ってくれる?ちょっと後ろめで」

忍「外野は無くす作戦ね。頭越されたら潔く負けってことね」

渚「違うわ。千尋をサードで刺すのよ。それにあんなまぐれあたり1試合で何本も出るわけないわ。」


タイムが解かれそれぞれのポジションに散らばって行く。


千(なるほどね…渚は私をサードで刺すつもりね。迂闊に先の塁進めないねー)


そして、浩一がルナに初球を投げ込む。初球はアウトローに外れてワンボール。しかし、2球目3球目はどちらもインコースに決まりツーストライク。そして、追い込まれて4球目。アウトローに落ちるフォークになんとか食らいつく。しかし、引っ掛けたあたりはボテボテのゴロ。


むずかしいところに…


三遊間のゴロを逆シングルで抑える。目の前を千尋が走り抜けるがサードは間に合わない。踏ん張ってファーストに送球する。ルナも懸命に走る。頭から滑り込む。際どいタイミングもアウト。


渚「千晶!ホームだ!」


千尋はファーストへの送球間に三塁を蹴り、ホームに向かって走っていた。しかし、千晶が気づいた頃には渚の大声も実らず、千尋は誰もいないホームベースを踏んでいた。同点。


と「ナイスラン!」


ともみと千尋がハイタッチをしていると。


ル「よく走ってくれたわ。本当は外野に運ぶつもりだったのだけれど…申し訳ないわ」

千「外野に打とうとして全員が外野に打てるなら犠牲フライに価値はなくなるよ。あのフォークをよく当てて、なお転がしてくれたよ」


そう言うと千尋はルナに手を出した。それに応え、ルナはハイタッチする。ベンチは盛り上がりを見せた。

しかし、試合はまだ終わってはいない。バッターは先頭に帰り千尋。Bチームの守備はまた内野2人、外野1人のフォーメーションに戻った。センターを守る忍は相当深いところにいる。絶対にランニングホームランを防ぐつもりだ。

浩一は実の娘の胸元を思いっきり攻めた。そしてカウントツーツーとなった5球目。浩一が投げたのは今日初めて投げた球。ドローンと浮き上がり落ちてくる。これを千尋は泳ぎながらもしっかりと捉える。

カキーン

心地よい金属音が響く。ライナー性の打球は渚の頭上。抜ければランニングホームランになる。しかし、打球は思いっきりジャンプした渚のグラブに収まった。試合終了。


浩「いやー本当にいいゲームだった。決着がつかず納得もいかないと思うが下校時刻が迫っている。急いでダウン。グランド整備だ」


『ありがとーございましたー』


しっかりと礼をしてダウンにかかる。


渚「千尋。最後の球何だった?」

千「カーブだよ」

忍「カーブなんて今日一球しか投げてないのによく当てられたね」

千「まぁ監督がカーブ投げられるの分かってたからね」

ル「娘の特権ですねー!」

晶「ルナーそれ言ったら怒られるよ」


試合は引き分けに終わった。活躍した者。思うようなプレーができなかった者。それぞれの思いを胸に一日が終わる。そんな中、一際悔しい思いをした選手もいた。

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