浦野学園
夏の日差しが照りつける。気温は朝から30度を超える。7月の下旬の日曜日。埼玉県の158校の頂点が今日決まろうとしていた。
浩「おーし。みんな揃ったなー」
「「はい!」」
浩「よし!それじゃあ球場に向かうぞ」
一同は1週間前の敗戦の地である県立大宮球場を目指した。球場までは大宮駅から徒歩20分。とても交通の便がよいとは言えないがいい運動にはなる。球場に着くと門の前にはたくさんの人が並んでいた。
忍「あちゃー。こりゃみんなで固まっては席とれないかもね~」
ル「さすが、決勝戦。すごい人ね」
浩「ほら、チケット買ってきたぞ」
千「ありがとうございます」
忍「席はどうする?学年で分ける?」
千「いや。たぶんその必要はないかな」
千尋たちがスタンドに入ると光が大きく手を振りながら、千尋を呼んでいた。
光「おーい。こっちこっち」
渚「なんだ。席取り頼んでたの」
千「別にいいって言ったのに...」
忍「なにはともあれみんなで観れてよかったね」
千尋たちは夏海高校の夏の制服を着ている。
「見ろよ。夏海高校の選手たちだぜ」
「今年決行惜しいとこまで行ったもんな」
「制服着てると可愛いな~」
周りは夏海高校の部員たちをちらちら見てはヒソヒソ声で話し合う。しかし、これもちょっと前に比べればマシな方だ。今は以前のような冷やかしや罵倒は少ない。これは千尋たちが実力で黙らせたのだ。
そんなこんなで時間をつぶしていたら、埼玉共栄の選手たちがシートノックを受けるために出てきた。
千「さあ、私たちを倒したチームが決勝の舞台でどんな戦いをするか」
琴「兄さんが勝ちますよ。実は兄さんとエースの鈴木啓太さんって幼稚園からの腐れ縁なんですよ。小学1年生で野球を始めたときから一緒に甲子園に出ることが夢だったんです。だから、兄さんスゲー気合い入ってましたよ。だからきっと勝つのは共栄です」
千(たしかに雅人さんも鈴木さんも気合い入ってる...ただし相手チームは...)
埼玉共栄高校がシートノックを終えベンチに帰ると、続いて春の選抜出場チームであり、昨年の夏の王者浦野学園が大歓声と共にベンチから出てくる。
純「すごい人気ですね」
渚「まあ、今年の大本命だからね。そしてピッチャーは...」
「おおひらぁー」
「今日もナイスピッチング見せてくれよー怪物」
光「大平健。2年生にして最速155kmの怪物。左サイドから繰り出されるカットボールとシュートは相手に当ててしまうことすら厭わない典型的な荒球本格派の僕が一番嫌いなタイプのピッチャーだね」
千「ピッチャーの質で言ったら鈴木さんの方が上だけど...」
光「それでも、あの大平ってピッチャーには場を支配する独特な何かがあるんだ。それにあの秋山ってキャッチャー。千尋もよーく見といた方がいいよ。これから対戦は避けて通れない相手なんだから」
忍「そんなにいいキャッチャーなの?」
光「間違いなく千尋たちの代の中では最高捕手。秋山享。2年生にして扇の要を任される捕手能力。打っては高校通算48本塁打の実績で並み居る先輩達を押しのけ4番を打ってる」
忍「へぇー。あの人私たちと同い年だったんだ...うちの監督と変わらないぐらいかと思ってた」
光「ちなみに知ってるとは思うけど、その浦野学園を率いる監督は小野田大五郎。率いたチームは全て甲子園に導いている名将中の名将」
浩「・・・」
決勝戦を翌日に控えた昨晩のこと。
浩「おいおい。普通こないだやり合った相手を飲み誘ったりするかフツー」
浩一が待ち合わせ場所に着くと埼玉共栄の監督、東本豊が目の見えないところまで帽子を深く被り、大きな口を開けて笑いながら答えた。
豊「がっはっははは。そう、かてーこと言うなよ。昨日の敵は今日の友って言うだろ」
浩「はっ。違いないな。何か用があって呼んだんだろ?じゃなきゃこんな大事なときに監督が飲みに行ったりしないからな」
豊「いきなり核心ついてくるじゃねーか。なら話は早い。昨日闘ってみてどう思った?うちのチームは甲子園に行けそうか?」
浩「何を聞かれるかと思ったら。どうした急に?」
豊「うちの選手は最高だ。今年は特にいいのが揃ってる。優勝候補の浦野学園にだって負けてない。だが、一つだけ圧倒的に浦野学園に負けているものがある。監督の差だ...」
浩「本当にどうしたんだ。弱音を吐くなんてお前らしくもない」
豊「小野田大五郎。俺たちがガキの頃から甲子園で戦ってきた男だ。俺みたいな若造なんか足元にも及ばない...」
浩「・・・」
豊「だがな。俺はどうしてもあいつらを甲子園に連れてってやりてー。そのためなら俺は昨日の敵からも手を借りるぜ。3人はいねーけど文殊の知恵ってな」
浩「なるほど。若造2人であのおおボス相手にどこまでやれるかか。面白そうじゃねーか。手ー貸してやんよ!!」
浦野学園のシートノックが終わり決勝戦の開始が刻一刻と近づいていた。
浩(がんばれよ。豊。)
そして、いよいよ審判の号令と共に両軍がホームベース付近に整列した。
審「プレイボール!!」
「「オッシャース!!」」
先攻 浦野学園 後攻 埼玉共栄高校
1 中 平井 1 二 前川
2 遊 元田 2 中 大島
3 左 若林 3 遊 小平
4 捕 秋山 4 捕 中谷
5 投 大平 5 三 石渡
6 一 井場 6 左 北川
7 右 今井 7 一 中村
8 三 奥 8 右 田口
9 二 小林 9 投 鈴木
埼玉共栄の選手が守備につく。啓太が7球投げ、中谷が受ける。
中「しょかーい!!しまってこーー!!」
「「おおーーーーー!!」」
啓太の立ち上がりはお世辞にもいいとは言えなかった。しかし、盗塁阻止など相方の中谷にも助けられ、結局秋山に回すことなく初回の攻撃を防いだ。
そして、埼玉共栄の攻撃が始まる。マウンドには怪物左腕大平健が上がる。先頭の前川が左バッターボックスに立つ。その初球。外角に速球が決まる。
光「あの球は相当遠く感じるだろうね。左バッターには」
そして、2球目はインコースにシュート。前川は軽く腰が引けてしまっている。3球目の勝負球はカットボール。コースは外に大きく外れていたがバットが回ってしまった。
光「今のが大平の典型的な攻め。左バッターがこのピッチャーを攻略するのは至難の業かもね」
千「渚なら何打席であの球捉えられる」
渚「1打席。といいたいところだけど2打席はほしいわね」
千「2打席であの球捉えてくれるなら上出来だよ」
大島も倒れ、雅人と大平の最初の勝負が始まる。
ア「3番ショート小平君」
二人の対戦を待っていましたと言わんばかりに球場全体の雰囲気ががらりと変わる。初球はカットボールが外に大きく外れてワンボール。そして、2球目。インコースのシュートが雅人の背中を直撃した。
審「デッドボール!!」
「今もろに当たったろ!大丈夫か?」
「いや、意外と上手く当たったから大丈夫だろ」
「いきなり厳しいとこ攻めるねー」
球場がざわつき始めるが雅人はファーストコーチャーのコールドスプレーを制止しプレーを続けた。
ア「4番キャッチャー中谷君」
右バッターボックスに4番の中谷が入る。初球のインコースのストレート。コースはややあまかったが中谷は左足を少し開いてしまいバットが出ない。続く2球目。外角のストライクゾーンからボールになる球を崩された形で打たされてしまいファーストファールフライ。
ル「前のバッターのデッドボールを意識させられて...」
光「そう...このピッチャーの武器はインコースの見せ方。インコースに見せ球を投げさせて外でアウトを稼ぐ。そのためならさっきみたいにバッター当てることさえ辞さない。僕がこのピッチャーが嫌いな原因の一つさ」
2回の浦野学園の攻撃は4番の秋山から。秋山がゆっくり左バッターボックスに入る。初球は外にストレートが決まる。2球目は外にスライダーを落としカウントワンワン。3球目は真ん中低めにカーブ。そして、4球目。中谷はインコースに寄った。キャッチャーのミットと寸分違わないコントロール。インコース低めに速球が完璧に決まった。これには、秋山も苦笑いするしかなかった。スタンドからは「おお~」という歓声が上がった。
健「いくらいいコースでもバットぐらいは出せよ」
享「いや、振ろうとは思ったんだけどな」
健(なんだよ。いつも俺の球受けてるくせに。そんないい球だったのかよ)
初球は外の速球をたたきファール。2球目はカーブに全くタイミングが合わずに豪快な空振り。そして3球目インハイの胸元の球。またしても豪快なスイングは空を切った。
「うおー二者連続三振」
「今の球速かったな」
光「初球のストレートよりも勝負球の方が力が入ってる。省エネにも緩急にもなる一石二鳥のピッチングだ。すごい」
渚「さっきの報復で当てればよかったのに」
晶「三振こそが何よりの報復だよ!」
と「プライドが高いピッチャーほど自分が三振してしまったら相手をいいピッチャーだと思わざる終えない。私はバッティングには1mmもプライドないけど」
結局、6番の井場も三振に抑え三者連続三振。大平も2回は先頭の石渡にフォアボールを出すも後続をしっかり抑える。啓太も3回4回をひとりのランナーも出さずに抑える。
そして、4回の裏の先頭。大平と雅人の二度目の勝負が始まる。
ア「3番ショート小平君」




