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土化粧   作者: 安芸 航
13/28

傾く流れ

 5回の表が始まる。しかし、先頭のルナ、忍は埼玉共栄の井本の前に凡退してしまう。


ア「7番ショート小平真純さん」


 初球は外に外れてボール。


純(あれ?今の球)


 2球目も見逃すがストライク。3球目の内角の球を叩く。決していい当たりとは言えないが一二塁間を抜いていく。


忍「よっしゃーナイスバッティング」

琴「ねーさんナイスバッチ」


 真琴もバットをヘルメットにコツンと当てるとバッターボックスに入っていく。


琴「オナシャス!」

琴(ねーさん...このピッチャーの球速は120km程度。高校野球の平均から見ても決して速い方とは言えない。私達は機械といえ150kmの球を打ってきた。それなのに振り遅れるなんて...何かあるに違いない)


 初球は真純同様見送るしかしストライクだった。


琴(別に動いてるわけじゃない...フォームも特段変なわけじゃない)


 2球目を打ったがバットの先に当たったような打球は三塁線を切れてファール。


琴(今捉えたと思った...やっぱり動いてる?もしかして意図してのムービング?こうなったら...)

審「ストライークバッターアウト」

井「・・・」

琴(やっぱり!今のは完璧ね。真ん中かと思ったら少しシンカー気味に落ちてる。あんなの打ったらゴロになる)

千「三振しといてその顔...なんの収穫もなしに帰ってきたわけじゃなさそうね」

琴「まあ…でも、今は守備に集中しましょ。5回が終わった後のグランド整備の時に話します」

千「分かった。楽しみにしてる」


 千尋は4回の裏の攻撃中、浩一に呼び出された。


浩「さっきの守備、どうしてともみに声をかけてやらなかった?」

千「えっ。どういうことですか」

浩「分からないか。小平を塁に出した後、ともみの様子は明らかにおかしかっただろう。ともみはメンタル面はかなり強い方だ。ランナー出したくらいでメンタル的な意味ではピッチングに影響はないだろう。お前もそう思ったはずだ。だがな、今までワインドアップで投げてたピッチャーが急にセットになるってのは想像以上にピッチングに影響があるんだ。最初ボールが先行したときお前はそれに気づかなかった。あの失点はお前の失点だぞ」

千「すいません」

浩「あえて厳しく言う。相手チームで1番注意しなきゃいけないのは小平だと思っているだろう。たしかにそれは間違いじゃない。だがな、相手は甲子園を狙えるレベルのチームだぞ。そんなチームの4番バッター相手に3-2からストライクゾーン勝負か。相手をなめるのもいい加減にしろよ」


 千尋は投球練習が終わり、セカンド送球をした後もう一度自分に気合いを入れ直した。


千(迂闊だった。それよりもそのことを言われるまで気づかなかった自分が情けない。別に相手をなめてたって気はしない。ってことはそれほど周りが見れてなかった...)

千「締まっていこう!!」

「「おおーー!」」


 この回は5番6番を幸先良く打ち取る。7番バッターにヒットを許すも次の8番をサードゴロに打ち取った。


忍「さあこの回点とるよ。ともみ先頭出てこ-」

純「それで、真琴。あのピッチャーの癖でも見抜いたの?」

琴「まあね。やっぱりあのピッチャーの球動いてるよ」

葵「動いてる?」

ル「ムービング」

琴「うん。しかも3種類ぐらいあると思う」

純「ぐらい?」

琴「うん。私が確認できたのは3種類。1つめは普通のストレート。2つめはシンカー気味に落ちる球。3つめはカット気味に食い込んでくる球。たぶん狙って投げてるんだと思う」

晶「右バッターにはシンカー気味を左バッターにはカットで詰まらされるのね」

渚「でも、タネが分かれば打つのが難しいわけじゃない」

浩「ムービングは前で捉える。コンパクトに外野の間を抜く感じで」

「「はい!!」」


 5回裏終了のグランド整備が終わり、この回先頭のともみがバッターボックスに入る。が、前で打てというアドバイスを真に受けすぎたともみは普通のストレートを前で打ちすぎて、しょっぼいピッチャーフライ。


と「今のは動いてた」

忍「動いてなかった」

ル「動いてなかった」


 しかし、この日3回目の打席を迎える葵が2球目のインコースを剣道の抜き胴のようなスイングで華麗に捌く。打球はファーストの頭上を越えライト線に落ちる。ワンアウトからランナー2塁のチャンスを迎えた。


琴「ナイスバッティングでーす」

千「今日2本目か。本当にすごいな」

渚「うん。もっとバット振り込めばもっとすごい選手になりそう。千尋、繋いでね」

千「うん」

千(ここは右方向に。最悪でもランナーは3塁に)


 しかし、打席に集中しすぎるあまり千尋は大切なことを忘れていた。


審「タイム!」


 何事かと思った千尋は不意にベンチを見る。すると、普段は見ることのない浩一の鋭い視線が千尋に向けられていた。


千(やばっ。サイン見てねー...)


 千尋は打席を外し右手でヘルメットのつばをつかみ、もう一度、浩一を見る。浩一は厳しい表情でサインを出す。サインはバントだった。


千(バントか。右打ち得意なのに信用されてないのかね。ファースト前で出てるな。今ので作戦バレちゃったかな)


 初球の球を見事3塁側に転がす。キャッチャーの中谷は井本にファーストを指示した。ツーアウト3塁で渚に打席が回る。千尋がベンチに帰ると雰囲気は重苦しく、浩一は何も言わず、厳しい顔でグランドを見つめていた。


千(いっそ怒鳴ってくれた方が楽なんだけどな)


 渚は初球の内角を見送りストライク。


渚(やっぱり食い込んできてるわね)


 2球目は外角低めいっぱいにストレート。3球目はインハイに見せ球のカットボール。そして、4球目はストライクゾーンのカットボール。腰の回転を上手く利用してしっかり前で捉える。強烈なゴロが一塁線を襲う。しかし、わずかに線の右側。5球目の外角の球も追っつけて打つ。しかし、今度もレフト線ギリギリファール。


渚(今のも動いてたわね。今のがシンカー。もう見える)

中(やっぱもう井本の球質気づかれてるな)


 キャッチャーの中谷は井本にサインを出す。井本はハッとし、軽く頷く。セットから大きく振りかぶってボールをミットめがけて思いっきり投げ込む。一瞬止まったかのように見えた球は渚のバットの空を切る。


審「ストライクバッターアウト!」

井「よっしゃー!!」

雅「隆利!ナイスピッチング!!」

中「今日初めての球。よく投げたな!」

啓「井本!最高のボールだったぞ」

井「鈴木先輩、中谷先輩。ありがとうございます!!」


 埼玉共栄ベンチとは打って変わり、夏海ベンチは今の出来事が信じられないといった様子だった。


渚「チェンジアップ...」

千「ここまで隠してたなんて...」

浩「昨日今日覚えた変化球じゃなかったな。相手が一枚上手だったと思え。守備気を抜くなよ」

「「はい」」


 6回の裏は9番井本から始まる。ともみは2球で簡単に追い込むが決め球がことごとく外れフルカウント。そこから7球粘られ、最後は外角低めに直球。


千「はいたっぁーーー!!!」

審「ボール!フォア」


 ともみは粘り負け、とうとう先頭を出してしまう。


千(うーん。だんだん声が効かなくなってきてるな)


 続く前川には簡単にバントで送られてしまった。そして2番バッターにはレフト前へはじき返される。ワンアウト1,3塁で埼玉共栄は最高のバッターが回ってくる。


ア「3番ショート小平雅人君」


 名前がコールされるとスタンドからは今日1番の歓声が上がる。千尋は一度タイムを取り、マウンドには夏海高校の内野手が集まった。伝令の瑞樹がマウンドに走ってくる。


瑞「監督は勝負しても歩かせてもどっちでもいいと言っていました。ただ、中途半端はやめろとのことです」

純「ここは歩かせて、守りやすくというのが定石ですが...」

琴「でも、満塁で次の4番と勝負するのもね...さっき打たれてるし」

晶「そうね。無理にランナー出して、もし打たれたら、ビッグイニングにもなりかねないし...」

千「敬遠しよう」

「「!?」」

千「逃げの敬遠じゃなくて勝負の敬遠。そして、次の4番を全力で抑えにいってこの回を終わらせる」

渚「満塁でゲッツー狙いね。たしかに4番はそんなに足が速そうに感じなかった。あの3番だからやってこないとは思うけど、1,3塁ならスクイズもあるしね」

純「でも前進守備はヒットゾーンを広げてしまいます...」

千「満塁になったら前進しなくていい。ゲッツーシフトをとってほしい。サード、ファーストはゲッツーとれなそうだったらホームでアウトを一つとる。もし、あんた達二遊間でゲッツーがとれなかったら、それはもうしょうがない。ともみはそれでいい?」

と「試合中に言っちゃいけないことかもしれないけど。私も千尋もみんなもまだまだ未熟だったね。だけど、私は今できる最高のことをする!ここまで来たら千尋を信じるよ!!!」

千「よしっ!この回0点で切り抜けるぞ!!」

「「おおーー!」」


 千尋はプレイがかかるとすぐに立ち上がり、右バッターボックスよりに立った。


千「悪いわね」

雅「いえいえ。これも立派な作戦ですしね。しかも、うちには俺なんかよりもよっぽど頼れる4番がいるんだぜ」

千「知ってるわ。もう、あんた達をなめたりしない」

審「ボール、フォア」

ア「4番キャッチャー中谷君」

中「オナシャス!よっしゃーこーい!!」


 6回の裏ワンアウト満塁。間違えなく今日一番のターニングポイント。初球はインコースにスライダー。デッドボールも許されない場面でともみはギリギリに投げ込む。しかし、判定はボール。2球目は外にストレートが決まる。3球目もファールを打たせ、追い込む。そして、4球目。スローカーブを真ん中低めに落とす。バットが出かかったがギリギリのところで止まる。


千(三振はいらない。今のは内野ゴロ打たせるための布石)


 5球目初球以来のインコース。少し落ちるフォークボール。千尋の術中通り、バットの下に当たり、サードにゴロが転がる。


渚(ゲッツーとれる!)

雅「中谷!走れー!!」


 渚は確信した。千尋もセカンドを指示した。一瞬の焦り。渚はボールを一度握り直した。それでも真琴への送球は完璧だった。しかし、焦りは焦りを呼んだ。真琴の送球ファーストへの送球は千晶のミットの右へ逸れる。さらにショートバウンドが重なり、送球は一塁ベンチの方へ転がっていった。

 この間に、二人のランナーがホームへ帰ってきた。3-1。夏海高校はとうとうこの日はじめてのリードを許した。気持ちが切れそうな雰囲気だったがともみがふんばり、続くバッターは打ち取る。


琴「本当にすいません」

忍「気にするな。打って返そ」


しかし、流れは最悪で7回の表、本来ならラッキーセブンと呼ばれる攻撃を井本のチェンジアップを織り交ぜたピッチングに翻弄され、三人で終わってしまった。

 続く守備。ともみはこの回も先頭を歩かせてしまった。さらに送りバントと進塁打でツーアウト3塁。9番井本が打席に立つ。


千(このピッチャー。乗ってきてるな。ちょっと怖い思いさせた方がいいかな)


 初球外低めにスローカーブ。2球目も外のスライダーで追い込んだ。そして3球目。千尋はインハイを要求した。ともみの正確無比なコントロールで井本の肩付近、当たらない程度のところへボールはいく。しかし、井本はこれを強引に打ち上げる。


千(おお打ったか。平凡なショートフライで助かった)


 真純が落下地点に入ろうとする。


純「オッケーオーラオーライ」

琴「オッケーオーラオーライ」

純・琴「えっ?」


 ポテン。平凡なフライは二遊間の双子の間に落ちる。4-1。


純「なにやってんの。バカ」

琴「ごめん...でも、私オーライって...」

千「ドンマイ。切り替えろー」


 不穏な雰囲気を察した千尋が双子に声をかけた。前川を打ち取り、8回の表の攻撃に移る。先頭は真純からだ。


忍「真純ファイトー!」

瑞「先頭出てこー」


 4球目を捉える。三遊間のゴロ。雅人は横っ飛びで抑える。そして、そのままファーストへ矢のような送球。


審「アウト!!」

「おおーすげーなんだ今の肩は」

中「ナイスショー!」

井「ナイスです!先輩!!」

雅「おうよ。さっきのお前のクリーンヒットでだいぶ楽になったからな」

井「こんな時にからかわないでくださいよ〜」

雅「かっかっ。たとえ、愛する妹たちでも、甲子園だけは譲れねーな」


 雅人のプレーに唖然としていた真純に怒号が飛ぶ。


琴「おい!!今ヒットだと思って抜いて走ってただろ!!!」


 その声にスタンドがざわめく。


「おいおい姉妹喧嘩か」

「試合中になにやってんだ」


 真琴がやけくそに振ったバットにボールは乗り、ライト前へ落ちた。ともみがしっかり送る。そして、今日夏海高校で一番当たっている葵がバッターボックスに入る。


葵「ムービングとチェンジアップ...」

中(こいつ、心の声が漏れるタイプか...)


 結局葵もチェンジアップを上手く振らされ三振に終わった。

8回表が終わり、3点ビハインド。夏海高校はいよいよ追い詰められてきた。

次回の投稿は12月28日木曜日を予定しています

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