埼玉共栄高校
歴史的勝利から1週間、夏海高校は2回戦の上ヶ丘高校にも7-2で勝利した。ともみ、瑞樹の投手リレー。打線も先発(ともみを除く)全員安打で快勝した。徐々に高まる夏海高校フィーバー。しかし、この状況を楽観視している部員は誰もいなかった。
彼女たちはとある球場のスタンドで試合を見ていた。
忍「いよいよ来たか」
千「まあ実際はここからが本番って感じだね」
埼玉共栄高校対堺東高校の試合。勝った方が次の夏海高校の対戦相手となる。試合は6-0で埼玉共栄高校の優勢である。
ル「さすが、優勝校の一角だけと言われるだけありますね。今までの高校とは明らかにレベルが違う」
晶「全体的にいいけどやっぱりキャプテンの小平っていう人がすごいね」
と「あの小平って...あなたたちのお兄さん?」
琴「はい!そうです」
純「雅人は私達の兄で埼玉共栄高校のキャプテンなのです」
千「へぇーそうだったのか。強豪校を走攻守で引っ張るキャプテン。プロのスカウトもたくさん来てるみたいね」
?「へぇー小平さんって妹いたんだ。まさかその妹が千尋のチームメイトだったなんて...やあ、千尋達も来てたんだね」
突然後ろから高校生ぐらいの男が声を掛けてきた。
千「おう。そりゃ次の対戦相手だからな」
ル「そのかたは誰ですか?」
忍「千尋の彼氏」
全「彼氏―――!!!」
光「どうも、千尋の彼氏の山崎光です」
千「よく、相手チームの偵察に行ってもらってるんだ」
ル(あれ?たしか偵察に言ってるのは私の子分って言ってたような?まさか彼氏のこと子分だと思ってるんじゃ...)
忍「ひかるー埼玉共栄の弱点とか分かった?」
光「簡単に言うなよ。さすが強豪校。弱点らしい弱点は見当たらないね。さっきも言ったけど小平雅人。このチームの要注意人物だよ。3番ショートで攻守の要。チームの人望も厚い。プロ入りも確実視されてる超高校級野手」
琴「やっぱり兄さんはすごいんだ...」
光「それにピッチャーも今まで千尋達が闘ってきたのとは格が違うよ。まず3年生エースの鈴木啓太投手右投げ右打ち。最速150kmのストレートにスライダー、カーブ。今までとは違ってバットに当てるのすら困難なピッチャーだ」
晶「150km...見たこともないわね」
光「それにもう一人村田ってピッチャーもいるんだけど、そのピッチャーは低めにコントロールするタイプでスプリットが武器だ。そのスプリットも三振をとるというよりはゴロを打たせる球なんだ。鈴木に比べれば若干劣るけど見ての通りここまで無失点なわけだから油断はできないよ。まあ、次の先発は鈴木とみていいだろうけど...」
千「そっか...ありがと」
結局試合は9-0で埼玉共栄が勝った。一同は改めて次の対戦相手の強さを知った。そして、次の日。ピッチングマシンを普段の半分の距離にセットして速球対策を行った。最初は全く当たらなかった彼女たちも2日後には捕らえ初め、3日目にはある程度鋭い打球を打てるようになった。
決戦前夜、小平家では家族全員が揃っての夕食が行われていた。
琴「パパとママは明日どっちを応援するの?」
母「両方に決まってるじゃない。あなたたち両方に勝ってほしいわ」
父「なにのんきなこと言ってるんだ。高校野球ってのは勝つか負けるか。そのどっちかしかないんだぞ。真琴、真純!悪いが父さんは明日雅人を応援する。雅人は今年で最後だからな」
純「それでいいと思う。お兄ちゃん明日で最後なんだから」
雅「こらこら。誰が明日で最後だって」
琴「兄さん明日勝てると思ってる?」
雅「当たり前だろ。お前たちだってお兄ちゃんのすごさははわかってるだろ?」
純・琴「全然」
雅「あら???お兄ちゃん正直お前たちとやりたくないんだぞ。心の中でお前たちを応援しちゃうかもしれないからな」
琴「もう勝った気でいるのね...ママ、やっぱり明日は兄さん応援しなよ」
純「そうね、私たちのことは来年家族総出で応援してくれればいいから」
母「あら…そう…」
雅「来年絶対お前たちを応援するからな。例え対戦相手が埼玉共栄でも!!」
純・琴「まあ明日も負けないけどな」
家族での食事が終わり、姉妹と雅人は寝室に入り、決戦の朝を迎えた。
琴「はあ~おはよう」
純「あら、あなたが先に起きるなんて珍しいわね」
琴「あれ、兄さんは?」
純「あら、布団の中にはいないわね。今日の朝も私達より先に起きてランニングか...」
琴「こんな日まで...まあ今思えば台風の日も毎日欠かしたことなかったもんね」
今日は1試合目ということもあり、試合会場に直接集合することになっていた。全員が集合し、アップをするために球場内に移動しようとしていた。すると、埼玉共栄の野球部と思われる二人組が千尋達に声をかけてきた。
「おい、お前ら運良く2勝できたぐらいであまり調子に乗るなよ」
千「ああん。おめーらこそ弱い犬みてーにキャンキャン鳴くなよ。胸の埼玉共栄のマークが泣いてるぞ。補欠が」
「なんだと、女のクセに生意気だな」
「たしかにお前らは弱くないと思うけどな。お前ら所詮女子なんだよ。だから、俺たちみたいなちょっと強いとこと当たったら負けちまう。まあこれが女の限界って奴なんだよ」
渚「そういうセリフは勝ってから言ったらどうだ。やってもいないうちから勝った気になっているなんて、だめ男の勲章ね」
「よーし今日はボコす。絶対ボコす。泣いたって許してやんねーからな」
雅「誰が何をボコすって?」
「わぁー、、、雅人先輩...」
雅「お前ら、盛大にフラグ立てるんじゃない。頼むから俺を甲子園につれってクレー」
「すいません。雅人先輩。だからもっとやる気出して」
雅「分かったよー。じゃあ二人とも謝って」
「「すいませんでした」」
雅「これで許してやってくれよ。今日はお互い全力で悔いのないようにやり合おう。俺ガチで甲子園行くからよ!」
琴・純「「兄さん・お兄ちゃん」」
雅人はそう言うと大きな背中をこちらに向けて自チームのベンチへ帰って行った。そして、夏海高校はアップをして、ベンチに戻った。埼玉共栄のシートノックの間、夏海高校の少女達はその様子をしっかり目に焼き付けていた。
忍「分かってはいたけど、動きが段違いだ」
晶「身体も大きい」
千「てか...相手の先発...」
依「井本???鈴木さんじゃいの?」
瑞「井本隆利...私達と同じ2年生ね」
千「光からはこんな奴聞いてないぞ。全く情報がない...」
埼玉共栄のシートノックが終わり、夏海高校のシートノックが始まる。スタンドからは以前のような野次も冷やかしの声もない。ただ、静かに華麗な守備に多くの人が見とれていた。
そして、試合が始まる。
審「礼っ」
「「お願いしますっ!!!」」
忍「さぁーて井本ってのがどんなピッチャーか見極めないとね」
とても大きいとは言えない体から右腕の大きなフォームでキャッチャーミットに投げ込む。力のない球がキャッチャーミットに収まる。
葵「とてもすごいピッチャーには見えないけど」
忍「もしかしたらすごい変化球を持ってるのかも」
渚「さっきのおちゃらけキャプテン。口ではあんなこと言っておきながら結局は私達をなめきってるのよ」
琴「兄さんはそんなことしません」
渚「どーだか。男なんてみんな一緒よ」
純「ちょっともうやめてもらえます!」
浩「お前ら敵を見誤るなよ」
浩一の一言で大事にはならなかったがベンチの空気は最悪である。その悪い空気を変えたのは空気を読まない女、村山葵の快音だった。初球を捉えた当たりはライト線を抜けるツーベースヒット。
千「たくっ...1番の仕事しろっての」
続く千尋も3球目の外の球を捉える。痛烈な当たりが1,2塁間を襲う。しかし、回り込んだセカンドに抑えられてしまう。
晶「オッケー、オッケー。進塁打進塁打」
千「あのセカンドさっきのむかつく奴の片方...スタメンかよ」
琴「もう一人の小物っぽい奴は案の定スタンドにいます」
先制のランナーを3塁に置き、打席には渚が入る。初球の真っ直ぐを見逃しストライク。
渚(このピッチャー、本当に変化球とかないの...)
そして続く2球目。甘めのインコースを思い切り振り抜く。快音の残した打球はライトへグングン伸びていく。
渚(逝った)
打球はそのままライトのグラブの中にすいこまれっていった。
審「アウトッ」
しかし、フェンス近くまでとんだ飛球は犠牲フライには十分だった。ホームを踏んだ葵がベンチに迎えられる。
千「ナイスバッティング!でも、得体の知れないピッチャーなんだから初球は待てよ」
千尋が強い口調で、しかし笑顔で言った。
忍「まぁそれが葵らしいよ」
純「渚先輩もナイスバッティングです!」
渚「ありがと」
渚(完全に捉えたはず...詰まらされた?)
4番の千晶もいい当たりながらショートゴロに打ち取られた。しかし、ベンチには試合前の嫌な雰囲気は1mmもない。
千「さあ守っていこう」
「「おおーー」」
千(あのピッチャーが未だにどんなピッチャーか分からない...でも、鈴木さんや村田さんよりは怖くない。あのピッチャーが投げてる間にもっと点をとって相手に点をやらないこと)
千「締まっていこうーー」




