夏!開幕!
夏が訪れたグランドには今日も夏海高校野球部の声が聞こえてくる。
ル「今日はあのやかましいのがいないのね」
忍「あー千尋と監督なら夏のトーナメントの抽選だよ。てか、昨日監督言ってたじゃん」
ル「あーそういえば...どっかの誰かさんが聖戦だの何だのぶつぶつ言っていて気が散ってしまったのよ(小声)」
今日は監督もキャプテンもいない。そんなとき一番怖いことは怪我だ。だから、彼女たちはこう見えていつも以上に気をつかっている。キャッチボール後は守備の連携や走塁練習を行った。あっという間に太陽はオレンジ色へと変わっていった。照明に光が付くか付かないかと言うときに浩一と千尋が帰ってきた。
浩「おっす。今日は練習見てやれなくてすまなかったな。お前達の記念すべき最初の相手が決まったぞ。千尋」
千「私たちの記念すべき第一戦目は…………」
「一戦目は???」
千「一戦目は???」
忍「ああーもうそんなにためなくていいよ~」
千「はいはい。じゃあ言うよ。私たちの初戦は大会3日目、第2試合目球場は航空公園球場。そして対戦相手は川越中央高校」
忍「川越中央高校?野球が強いって噂は聞かないよね?」
渚「私もし夏海がだめだったらここ受けてた。たしか偏差値はあまり高くない」
琴「私立ではないですよね」
千「うん。県立の高校ね。たしかに野球部は強いとは言えない。でも去年は夏大3回戦までいってる。しかも、そのときのピッチャーは今年3年。フォークが武器で球速は130km前後ってところね」
全「おおー」
ル「なんでそんなこと知ってるのよ」
千「偵察」
ル「偵察って...いつの間に」
千「私には優秀な子分がいるのよ」
浩「まあ最初の相手も決まって具体的な目標も見えてきたと思う。ここまで来たら後はじたばたせずいつも通りのプレーが出来るよう準備するだけだ。くれぐれも怪我だけはしないように体調管理はしっかりな。よし今日はここまで!!」
全「ありがとうございました!!」
グランド整備が終わり彼女たちはそれぞれ帰路についた。
ル「ねえ。今日千尋の様子おかしくなかった?」
晶「うーん別に特段変わったところはなかったと思うけど...でもなんか無理に元気を演じてる感じはしたわね」
ル「そう!それなの。抽選会場で何かあったのかしら...」
いつもは見ないルナの真剣な顔に。
晶「ふふふ。いつもはいがみ合ってばかりなのに千尋のこと気になるのね?」
ル「そ、そんなわけないでしょう。あいつが私たちに隠し事をしているのが気に入らないだけよ」
晶「はいはい」
そんな二人の心配は次の日の学校で判明した。ルナが教室に入ると珍しく2年生が全員揃っていた。
ル「Good morning どうしたの?朝からみんな揃って」
忍が手に持っていた新聞をルナに見せた。
ル「なになに...『女子校!!初の夏』あら私たちのことこんなに大きく」
渚「下の記事も読んでみ」
ル「『川越中央高校の主将でエースの柴崎君{相手が女子ということもあり、正直やりにくいところはありますね。相手に怪我させたらフェミニストから叩かれそうですしね}なにこれ失礼ね』」
と「続きも読んでみて」
ル「『続いて夏海高校主将の椿さん{初めてのことなのでどうなるか分かりませんが、出る以上は甲子園を目指したいです}と意気込み十分。夏海高校にはぜひ良い思い出を残してほしいものだ』なるほど。誰も私達が勝てるなんて思ってないようね」
千「それだけじゃないわ。正直に言うけど、昨日抽選会場に行ったら『へぇ女の子でも野球していいんだ』『女が男に勝てるわけないだろ』まあこれなんかはいい方だわ...『女子が高校野球を汚すな』『おっぱいタッチしたらこっちがアウトになったりしてwww』悔しかったわ...」
ル「たしかに...女として聞き捨てならないわね」
千「何言ってるの?私が悔しかったのはそんなことじゃないわ。私は女だから男に負けるなんてないってことは分かってる。そのことを大きな声で言ってやれなかったことが悔しくて仕方ないの」
忍「ハハッ千尋らしいや。でもなんで叫ばなかったの?」
千「パパに止められた...」
全「あははっははは」
忍「でもこれでなんかやる気出た」
渚「やることなんて最初から決まってるじゃない」
晶「男子の球スタンドに叩き込んだらみんなどんな顔するかしら」
千「いやーいくらなんでも男のタマ叩き込むのはかわいそうじゃないか」
晶「かわいそう?」
と「はいはい。変なこと言わない。私も男子に打たれる気はしないけど」
葵「昨日までの努力は今日のための布石、明日のための道」
ル「彼らは本当のBaseballを知っていません。強いチームが勝って何が楽しいの?弱いチームが強いチームをどう倒すかが楽しいのに」
千「その通り!私は勝つ為の千の戦術を考えてきた。私達はまだ2年しかやってない。力の差はある。でも、勝つのを諦める必要はない!力の差は頭で埋めればいい。勝つぞ!!」
全「おう!!」
そしてあっという間に夏の大会がやってきた。大宮県営球場での開会式。大会会長の長い挨拶が終わり、選手宣誓を終え、会は滞りなく進められた。今日は多くの目があるため、直接的に何かを言われると言うことはなかった。しかし、グランドの中にも、スタンドにも彼女たちを物珍しい目で見る人は大勢いた。
渚「上野動物園のパンダの気持ちが分かったわ」
忍「いいじゃん。パンダ可愛いし。それにパンダが肉食だってことを奴らに分からせてやらなきゃ」
千「本当に倒すべきは彼らじゃない。そんな中でもただ真っ直ぐ前を見ていた強者達」
勝ったもの、負けたもの夏のトーナメントは残酷だ。3年間の努力が1日で終わる。それでも勝つことにこだわり続けたもの達の戦いは美しい。
開会式後の3日間はあっという間だった。これから戦いに向かう少女達は今、驚くほど母校の歓声を受けている。
『がんばってー』
『あなたたちは夏海高校の誇りよー』
しかし、一方では。
『おいおい、今からでも逃げ出した方がいいんじゃないの~』
『みんな可愛いね~。試合終わったら、遊び行かない~』
『負けたらヤラセテくれんだろ』
航空公園球場のスタンドは、夏海高校自慢の吹奏楽部、そして生徒達、川越中央高校の応援団、冷やかし目的の野次馬、ただ興味本位できた記者達で満員に埋め尽くされていた。
琴「この中に私達が勝つと思ってるのどのくらいいるんだろう」
純「さあ。私達ぐらいじゃないの?」
琴「それだけいれば十分ね」
双子の会話が終わると浩一がみんなに声をかけた。
浩「緊張してるか?」
と「してないと言ったら嘘になります」
浩「程よい緊張は大切だ。その緊張感を楽しめよ。だからといって気負いすぎるのもよくないがな。よし!スタメン発表するぞ!!」
全「はい!」
浩「1番センター村山葵。2番キャッチャー椿千尋。3番サード高峰渚。4番ファースト石井千晶。5番レフトルナ・スミス。6番ライト山田忍。7番ショート小平真琴。8番セカンド小平真純。9番ピッチャー西沢ともみ。一塁コーチャー佐山大海。三塁コーチャー落合依織。以上!!」
全「はい!!!」
浩「よし!!今までのやってきたことをやればいいんだ。肩の力は抜いてけ。いつも通りな!千尋円陣!」
千「えっ...いきなりかよー...まぁ...。ここまでやってきたんだ。みんな自信はあるよな?満員の球場。私達の処女航海にはうってつけの舞台じゃないか!よぉーーし...行くぞーーー!!」
全「おーーーーー!!!!!!」
審判の合図で両チームがグランド中央に集まる。
『オナシャッス!!』
後攻の夏海高校が守備につく。スタンドからは歓声と野次が入り乱れ、異様な雰囲気を醸し出している。そんな中夏海高校のエースともみは淡々と投球練習を行った。投球練習が終わると千尋がホームベースの前に立ち。
千「締まって行くぞーーー!!!」
球場の声援に負けないぐらい大きな声でナインに声をかけた。
審「プレイボール!!」
ともみは千尋のサインにうなずき初球を投じる。右バッターの足元にストライク。2球目は外角にスローカーブで2ストライク。1球ごとに歓声が上がる。そして3球目。インハイの球を捉えた当たりはレフトへ。2,3歩下がってルナがボールを捕る。夏海高校がまず記念すべき最初のアウトを取った。続く2番バッターも初球を打ち上げてセカンドフライ。3番バッターには追い込んでから外の真っ直ぐで空振りの三振を奪った。球場のボルテージは上がる一方だった。
千「ナイスピッチング」
千(よし!通用する)
みんな心のどこかで弱気な部分があった。しかし、初回の攻撃が終わり、先頭バッターの葵がバッターボックスに入った瞬間その気持ちはどこかに吹っ飛んだ。
葵「さあ、始めようか。私達の聖戦を」
捕(何言ってんだ?こいつ)
忍「葵打てー!」
瑞「葵先輩ファイトー」
初球の真っ直ぐを振り抜くと快音を残してセンター前に運んだ。さらに千尋がフォークを捉えライト前。1,3塁を作り上げた。スタンドからも〈もしかしたら夏海が勝ってしまうんじゃないか〉そう思った人はいたに違いない。球場の声援は最高潮になった。
しかし、今から1時間半後歓声は止み、スタンドは静まり返り、呆然とした様子でマウンドのともみを見守っていた。回は5回の表。川越中央高校の攻撃。ともみのスライダーを引っかけショートゴロ。ともみは初回と変わらぬ表情で2アウト目をとった。そして、続くバッターを三振に打ち取った。
審「集合!ゲームセット」
『ありがとうございました!!』
10-0。5回コールド。圧倒的な強さで夏海高校が初戦を突破した。スタンドは依然としてざわついたままだ。今から1時間半前の出来事が信じられないのだ。
そつのない守備。野手がいないところを徹底的に打ち込む攻撃。そして変幻自在の変化球を操るバッテリー。結局川越中央高校はともみ千尋バッテリーの前にヒット1本に抑えられた。
翌日、この試合が新聞の一面を賑わせたことは言うまでもない。




