98 黒魔法で輝く
試験を終えて、ぶらぶらと歩いて帰る途中、ふいにこんなことを聞かれた。
「なあ、フランツ。きょ、興味があるわけじゃないのだが……あそこで……悪霊に憑かれている私がいやらしいことをしてきたら、どうするつもりだった……?」
どうやら、アリエノールの意識自体はあって、悪霊に体を動かされているような状態だったらしい。
「普通にお前を失格にしてた」
見届け役として適切な回答をする。ほかの人間を害する行為だから、即失格だろ。
「いや、それはそうなのだが……その、あれ、操られていたとはいえ、告白っぽさもあったし、その……」
アリエノールが気になるのはわかるけど、これ、フェアじゃないよな。
「憑かれている人間の発言なんて無効に決まってるだろ。そいつが自分の意志で言った言葉だとはとても思えないんだから。だから、答えるべき状況ですらない」
契約行為になっていないから、俺は淡々と答える。
「仮に俺がどんな答えを出しても、お前も受け入れられないだろうし、受け入れたとしても多分一生、あれは憑かれてたからとか後悔してるぞ」
「わかった……。フランツの言うとおりだ。さすが好敵手だ……」
アリエノール自分の非を認めたように、かくっと首を垂れた。
まあ、でも、今回のことでアリエノールの本心がわかってよかった。
アリエノールは黒魔法使いをやりたいと思っている。
当然、不安はたくさんある。それは憑かれてる時にもたくさん吐露してた。それでも、黒魔法使いをやるんだとアリエノールは腹をくくった。それが今回の結果だ。
それを知らなかったら、場合によってはアリエノールに流されて、結婚する展開になっていたかもしれない。それで、アリエノールが幸せになれたらいいけど、死ぬまで黒魔法使いの道を捨てたことを気にすることになったとしたら、やっぱり問題だ。
森を抜けたあとも、会社までの道は遠い。今日の仕事は終わりなので、だらだらと歩く。セルリアが浮いているのが、ちょっとうらやましい。
「あのな、フランツ、これはお前の認識に誤謬があった場合、それを正すために言うのだが」
やけに言い訳がましいな。
「仮に、私がお前と……結婚して、出産やら子育てやらで忙しくなったら、黒魔法使いのことを諦められると憑かれた時に語ったとしても……ええと……お前と結婚するとかが全部、黒魔法を諦める手段でしかなかったってことには……必ずしもならないからな……。それはそれで……本気とか、そういうことも可能性としてはありえなくもないわけで……」
まわりくどいけど、言いたいことはだいたいわかった。
俺のほうも恥ずかしくなって、アリエノールと一緒に顔が赤くなった。
「お前、モルコの森で一人でやっていくつもりだろ……? 王都に引っ越してくるつもりとかはないんだろ……?」
「当たり前だ。私はモルコの森の名門なんだからな。王都に来て、子育てしつつ、レストランを開くとか、そういう計画はない……」
じゃあ、一緒になるには条件が合わない。俺がモルコの森に住むことになったら、さすがに今の仕事で支障出るだろうし、田舎すぎて、仕事もないだろうし、いろいろ無理だ。
「遠距離恋愛という手もありますわよ。気持ちさえ通じ合ってるなら、距離のデメリットも乗り越えられますわよ」
セルリア、悪魔の囁きはやめてくれ……。
少しだけ前を歩いて、そこで振り返る。アリエノールと向き合う形をとる。
「俺はアリエノールって黒魔法使いを尊敬してる。好敵手として尊敬してる。困難にもめげないひたむきな姿を尊敬してる」
アリエノールも、「う、うむ……」と浮ついた声で反応した。
「だから、お前の夢を応援したい。それが今の俺のスタンスだ。以上!」
こういうの、言葉にしておくほうがいいから、そう言った。
「あ、ああ、ああああありがとうな、うん……ありがとう……フランツ……」
アリエノールにありがとうと言われたんだから、これでいいのだと思う。
俺はアリエノールのことが女性として好きだと思う。でも、頑張り屋なところも好きで、そこを応援したら、不用意に一緒になろうとは言えない。それじゃ、アリエノールをさらに迷わせる。深く、深く迷わせる。
相手を尊重するって難しいな。こんな時、とてつもなく自己中心的な奴のほうが生きるの楽だろうな。でも、そういう性格ではないからそこはしょうがない。
「はぁ……切ないですわ。ほんとに切ないですわ……」
セルリアは俺たちを見比べて、ため息をついた。
「でも、まだまだお二人とも若いわけですし、もうちょっと仕事に力を入れるのもいいかもしれませんわね」
俺も心の中で全力で首肯した。
そうなんだよな。俺もアリエノールも二十代なかばとか三十歳前とかだったら、割と結論も出しやすかったかもしれないけど、社会人として船出しはじめたばっかりすぎるんだよな。
さすが黒魔法の世界。俺たちを苦悩させてくれるじゃないか。
そこが面白いというのも確かなんだけど。
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社長に結果を報告すると、尻尾を振りまくって、褒めたたえられた。
「やりましたね! それなら黒魔法の世界でやっていけますよ!」
「ありがとうございます……。まだまだ未熟者ですが、この道で食べていけるように頑張ります……」
アリエノールもやっぱりうれしそうで、俺はその笑顔を見て、ほっとした。
だって、これで黒魔法を諦めたアリエノールの顔を見たら、ショックでたまらなかったもんな。アリエノールは黒魔法で活躍してこそ、輝く。俺はそんな輝くアリエノールを愛してる。
「アリエノールさん、ミニ留学の課程はこれですべて修了です! おめでとうございます!」
書籍版、ダッシュエックス文庫より6月23日に発売になります! 文庫で値段も安いですよ! おまけエピソードもついてきます!




