89 欲望のサイズ
「せっかくだし、また海を見に行きませんか? 朝の海は歩くだけでも気持ちいいですわよ」
セルリアの提案に俺もメアリも二つ返事でついていった。
大きな仕事を終えた後だと、海をいっそうきれいに感じる。今日も遠くに無人島が見える。
俺たち三人はぶらぶらと人気がない岩場のほうに歩いていった。散歩にはちょうどいい。
「フランツがお兄ちゃんに似たにおいがした理由、今ならわかるかも」
メアリがちょっとイタズラっぽい顔で笑った。
「性格とか声とか複合的に似てるんだよね。だから、お兄ちゃんだって錯覚するんだ。むっつりなところも一緒」
「むっつりってどういうことだよ」
「言葉どおりの意味だけど?」
強く否定できないのがつらい。でも、こうやっておちょくられるのも悪くないな。これは愛のあるおちょくりだ。
夏休み、思った以上にハプニングがあったけど、これはこれでいいか。俺の黒魔法のルーツもわかったわけだし。
しかし、何かぞわっとする感覚があった。
目の前に骸骨が立っている。
立っているというか、浮いているのか。とてもバランス保てるほどの骨の量じゃないからな。かなり、すかすかと言っていい。
『恨めしい、恨めしいぞ……』
頭に響くような不思議な声だった。
「なんですの!? 海で水死した悪霊ですの?」
セルリアの耳にもこの声は聞こえたらしい。
『違う。その男の先祖である黒魔法使いだ』
あいつ、骸骨になって登場したのか!?
「それはおかしいだろ! あんた、満足したんじゃないのか? だから、デフレの黒魔法も効果を失ったんだろ!?」
『うむ。それに関してはそうである』
じゃあ、なんでこいつが出てきたのか、さっぱりわからない。
『だが、末裔をうらやましいと思う気持ちが強すぎて、お前の体から完全に抜け出して、自分の墓の骨を集めて、こうして出現することになったのだ! 復讐してやる! おのれ、妹と、こんなことやあんなことをしおってっ! 我輩もしたかったぞ!』
「そんなのありかっ!」
『お前を殺して、お前の体を乗っ取り、そのうえでそのメアリという妹と、楽しいことをしてやるっっっ!』
こいつ、またもとんでもないことを……。そして完全にメアリを妹だと勘違いしている。
だけど、ここは退くわけにはいかない。
理由はかなりアレだけど、これはいわば俺の存在を懸けた戦いでもあるのだ。
お前なんかに乗っ取られてたまるか。
「セルリア、杖を」
「わかりましたわ!」
セルリアが一時的にほかの世界に保管していた杖を渡してくれる。ケルケル社長からもらった大事な杖だ。
それですぐに俺は魔法陣を描いて、詠唱をはじめる。
『それは『生命吸収』か。その程度、こちらもできるぞ!』
骸骨は足で器用に魔法陣を描きながら同じ詠唱を行う。
そっか、逆に吸い尽くしてやるってことか。
「この勝負、威力が大きいほうが勝ちますわ!」
こんな時、セルリアは解説役にまわることが多いな。
でも、敵も黒魔法使いなわけだし、直接攻撃も限られてくるだろうから、同じものを使ってきてもおかしくはない。
それに、これなら負ける気はしなかった。
俺は「生命吸収」を骸骨に向かって、唱えた。
骸骨も少し早口で詠唱した「生命吸収」を使用する。
その魔力の奔流が俺たちの間でちょうどぶつかり合う。
力が強いほうが相手まで届くだろうけど、今のところ、互角だった。
『うらやましい、うらやましい、お前なんかは許しておけぬ……。この伝説の黒魔法使いである吾輩が勝つ……』
じわじわとこちらが押されはじめた。
「これは妬みのパワーですわ! 妬みのパワーで圧倒する気ですわ!」
「わらわのお兄ちゃんを召喚しただけのことはあるね。骸骨の体でここまでやるなんて思わなかったよ」
げっ……解説的には不利かも……。
それでも、これが黒魔法使い同士の戦いなら、きっと俺が勝つ。
俺は杖を思いっきり、前に一度振った。
「行けっ! 俺の欲望!」
だんだんと骸骨の魔力を俺の魔力が押し返していく。
『何っ! どこにそんな力がある!?』
骸骨が驚いている。
でも、俺が負けないって教えてくれたのはお前なんだぞ。
「ご先祖様、黒魔法使いは欲望があったほうがいいんだよな。それを乗りこなすぐらいのほうがいいんだよな? だったら俺のほうが勝つよ。俺の欲望のほうが絶対にデカいし」
『吾輩の妹への気持ちに勝てる者など――むっ、むむむっ! なぜか末裔の背後にやけにたくさんの女が見えるっ!』
そういうことだ。
「使い魔のセルリア、同居しているメアリ、ケルケル社長やファーフィスターニャ先輩、トトト先輩、サンソンスー先輩、領主をやってる村に住んでるホワホワ、それに研修先で出会ったアリエノール、みんなみんな俺の大切な人だし、俺はみんな幸せにしたい!」
仕事で知り合ったみんなを、仕事を通じて笑顔にする! もちろん自分も笑顔になる! それが俺の社会人としての欲望だっ!
「妹一人にしか執着してなかったあんたの欲望より俺の欲望のほうが上だ!」
「生命吸収」の魔力が骸骨に直撃した。
その骸骨の生命力が一気に俺に入ってくる。
「よし、これで元の鞘に収まるな。血でも骨でもいいから、じっとしてろよ」
『お前、まさか、そのために『生命吸収』の魔法を選択したのか……?』
俺の体から先祖が抜け出たとしたら、また吸収しなおすまでだ。
「俺の体のほんの一部だとしても、あんただって俺を構成してる要素だろ。そっちの都合で抜けないでくれ」
ご先祖様がダメダメだとしても、そのご先祖様のおかげで無人島の島ザメに気づけた。
ちゃんと意味はあったし、過去を否定しても、未来の一歩も踏み出せないからな。
『わかった。静かに、静かにここに留まっておるとしよう……』
その言葉を最後に声は聞こえなくなった。「生命吸収」は無事に完了したらしい。
同時に、骸骨はさらさらと粉のようになって、その場の砂と混ざり合ってしまった。
「ご主人様、かっこよかったですわ!」
セルリアの声を受けて、俺は後ろを振り返る。
そして、あることに気づいた。
社長もファーフィスターニャ先輩も、サンソンスー先輩もいらっしゃるじゃないか。
しかも、なぜかダークエルフのトトト先輩にホワホワまで。
骸骨がたくさんの女の人が見えるって言ったの、比喩的なやつじゃなくて、マジだったのか。
6月にダッシュエックス文庫さんより書籍化します! 今は書籍化作業中です。お待ちください!




