76 ワニ獣人の先輩
くすくすと、社長が笑っていた。
「フランツさん、だって、あの方はネクログラント黒魔法社の社員ですよ。黒魔法が使えてもおかしくないですよ」
「ということは、青魔法も黒魔法も使えるってことですよね。また、どうしてそんな人材が……」
当たり前といえば当たり前だけど、青魔法が使える人が黒魔法社って書いてる会社に就職するケースは稀だ。
「そのあたりのことは、せっかくだから、本人からお聞きしてはいいんじゃないでしょうか」
そう言うと、社長はサンソンスー先輩に手を振っていた。
向こうも気づいたらしく、てくてくと歩いてやってきた。
「社長、お久しぶりです。まさか、こんなところで出会えるなんて思ってませんでした」
「あとでお呼び出ししようとは考えていたんですけどね。今はサメが多い時期ですから大変ですね。こちらは新入社員の――」
「フランツです!」「その使い魔のセルリアですわ」「『名状しがたき悪夢の祖』のメアリだよ」
向こうの知らない顔が並んでいると思うので、すぐに名前を言って、それから簡単に自己紹介をした。
「へ~、じゃあ、まごうかたなき新卒採用なんだね。いいな~。ボクなんて思いっきり中途採用だからな~」
頭をかいて笑っているサンソンスー先輩のお尻あたりからはかなり太い爬虫類っぽい尻尾が生えていた。普通の人間ではないらしい。
というか、ファーフィスターニャ先輩が先輩と呼んでいたということは、高齢者以上の年齢であることはほぼ間違いない。
「ボクの名前はサンソンスー。南洋のワニ獣人の集落の出身でね。今のメインの業務は海の管理だね。このあたりの海岸はいくつかボクが担当してるよ。水辺に近いところで働くほうが楽しいしね」
ワニの獣人ってかなりレアな民族だと思う。全人口三千人ぐらいの少数民族じゃないだろうか。
「あの、先輩、青魔法使いなんですよね。どうして、今はここで……?」
まさか青魔法使いが先輩にいるとは思っていなくて、驚いていた。
「せっかくですし、サンソンスーさん、フランツさんたちにここで働ている理由をお話ししてもらえませんか?」
「じゃあ、水着でも入れるカフェがあるので、そこに行きましょう。マスターともなじみですから」
なぜか、俺の地元なのに、逆に案内されるという変な流れになっているな……。
「ご主人様もここはお詳しいですわよね? 知ってるお店ですか?」
無垢なセルリアに聞かれて、俺はちょっとたじろいだ。
「多分、オシャレな店なら知らないと思う……」
俺はまだ十五歳になる前に王都の魔法学校に行ったからカフェなんて全然通ってないのだ……。
●
カフェは、案の定、俺の知らない店でしかもオシャレだった。
何かの古い木材をそのまま転用したテーブル、猟師が使っている道具をさりげなくインテリアにしていたりして、意識高い系な感じがあった。女子を連れていったらモテるだろう。
十三や十四の時にもこういう店を使う奴は皆無じゃなかっただろうけど、俺とは違うコミュニティの人間だろうな……。海見ながら、海岸で砂糖水でも飲むほうが安上りだしな……。
「まさか、新入社員の君がライトストーンの出身だなんてね。また、おすすめの場所とかあったら教えてね」
「いや、多分あんまり紹介できるレベルのところはないですね……。せいぜい、安くて美味い定食屋ぐらいかな……。絶対先輩のほうが知ってると思いますよ」
ガキの時代に生きてても、そんな店とか入れないからな。
メアリは足をぶらぶらさせながらヤシの木ジュースを飲んでいる。一人だけやけに子供っぽい。
「まだ入って間もないだろうから、青魔法使いがこの会社にいることもよくわからないよね。なので、そこの理由をちょっと話すね。基本的に失敗談だから恥ずかしいんだけど……」
照れながら、サンソンスー先輩は話しだそうとする。
「ところで、なんでボクという一人称なんですの?」
セルリアとしては、そこが気になるらしい。いや、そこから聞くのかよ……。
「ボクの生まれの部族は十歳までは女も男として育てるんだ。だから、口調もボクが定着しちゃったんだ」
なるほど、そういう風習の民族がいるとかは聞いたことあるな。その逆で全部、女の子として幼い時は育てる民族もいたような。
明らかに女性なのに凛々しさがあるのはそのせいか。それと、ワニ獣人のせいなのかもしれないけど、背もかなり高い。
「ワニ獣人は幼い頃から青魔法を使う人が多くてね、それで、若い時に海辺のそこそこ大きな地方都市に出て、青魔法の会社にボクも入ったんだよ」
田舎から出てきたということか。王都ほどの都会に来たわけじゃないけど、意味合いは似てるだろう。王都は内陸だから青魔法を使える職場も少ないしな。
「それで、そこで今みたいな仕事をしてたんだけどね……。一言で言うと、そこのメンバーと衝突しちゃったんだよね……」
サンソンスー先輩が苦笑する。
「その会社はその地域の海の管理やらで都市と強くつながってたんだけど……ぶっちゃけ、利権でずぶずぶの関係でね……」
ああ、地方でさらにそのあたりにあるちょっと特殊な業務内容の会社となると、競合する会社もないだろうから、そういう接点もあるだろうな……。
「別に、法的には犯罪に当たることはやってないと思うし、町のほうも毎年違う会社に海の管理を頼むのも大変だから、それはそれでいいんだよ。ただ――」
先輩の顔がそこで、むすっとしたものになる。何か腹が立つことでも思い出したらしい。
「実際に管理する側の青魔法使いたちも仕事がテキトーでね。どうせ、このあたりは自分たちが仕事を独占してて入札で争う会社もないから、ちょっといいかげんにやっても問題ないってスタンスだったんだ」
「先輩、だいたい話がわかってきました。そこで、仕事なんだから真面目にやれってキレたんですね」
サンソンスー先輩はゆっくりとうなずいた。
やっぱり、この会社、真面目な人が多いな。
逆に言うと、真面目に生きてるけど、なぜかひどい目に遭ってる人が世の中にはいるってことなんだよな。
そこで、ジュースを飲みながら社長が能天気に注釈を付け加えた。
「ちなみに、その会社、それから十五年後ぐらいにつぶれちゃいましたけどね~。町の予算が減ってきて、まともに入札をするようになったら、ほかの会社に食われちゃいました。どうにかしようにも才能ある人ほど会社に残ってないから、どうしようもないですね~」
冷静に考えれば、そうだよな……。無能な家臣団しか持ってない領主はほかの領主に攻められたら、普通に滅ぶもんな……。
書籍化情報は続報が発表できる段階になった時点で、またご連絡します! お待ちください!




