73 水着の代わりに
馬車は順調に街道を進み、やがてライトストーンに着いた。
着いた直後から「生臭いにおいがしますね」とケルケル社長が言った。さすが、ケルベロス出身だ。
「俺としてはこれこそ地元の香りですね。磯の香りですよ。海が近い証拠です」
その言葉にファーフィスターニャ先輩が珍しく瞳を輝かせた。
「ぜひとも、その海なるものを見たい」
ということで俺はすぐに海へと案内した。
海の周囲は大きな波が来た時のために波除けの堰みたいなのがあるので、それを越えていかないといけない。
なので堰の上に上がると、一気に海とその手前の砂浜が広がるのだ。
青いというより、エメラルドグリーンに近い海が広がっている。
この日は空もよく晴れていたので、小さな無人島も海の奥にいくつか見えた。
「これは絵でしか見たことのない景色」
思わず、ファーフィスターニャ先輩は両手を広げていた。
なんというか、青春してるように見えた。年齢的には高齢者だけど。
そして、そのまま砂浜に出て海に向かって走り出した。
「なんだか、微笑ましいですねえ」
社長は使い魔のゲルゲルとともにその様子を楽しそうに見つめている。
「リフレッシュして心のほうを回復する、これぞ正しい休暇の使い方だワン。仕事でボロボロになっていると、体を回復することにしか使えないのでよくないワン」
ゲルゲル、犬だけどチェスのチャンピオンだけあっていいこと言うな。
ただ、そこでふと気になることが頭をもたげた。
「あの、社長、ファーフィスターニャ先輩は海を見たことなかったんですよね? 泳げるんですか?」
「あははは、泳げないのに海に向かって進む人なんているわけが――――」
微笑んでいた社長の顔が、真顔になる。
俺と社長はあわてて先輩のほうに走っていった。
「あれ、沈む……。しおからい……けほけほ……」
うわ、マジで海に走ってそのまま溺れてるぞ!
俺と社長が引き上げて、無事に回収できた。
砂浜に寝転がって、先輩はぼうっとしている。
「海を舐めていた。むしろ、海水を飲んでいた」
「うまいこと言わなくていいです。あと、舐めすぎです。それ、自殺行為を通り越してただの自殺になりかけてましたよ」
「それと、服が濡れてしまった」
先輩の顔は表情がわかりづらいけど、多分困っている。
濡れるのが困るなら、ダッシュで海に入らないでほしいけど、人生初の海でテンションが上がりすぎたんだろう。たしかに海の中でもこのエメラルドグリーンは絶景に入ると思うしな。
「じゃあ、水着を買いますか。その間に濡れた服はそのへんに置いて乾かしましょう。夏の太陽なら乾くと思いますし」
幸い、海に関する各種商品売っている店が近くにある。
「水着?」
マジか……。そこから知らないのか。
けど、泳いだことすらないなら水着を知らない可能性があるな。王都のあたりでも泳ぐのに適している池なんかはあるけど、それもインドア派の人ならまったく行かないだろうし。
これに関してはケルケル社長が説明してくれた。
「泳ぐために着る布のことですよ。着衣だと泳ぐのがとても大変ですから」
ケルケル社長がちょっと離れた海水浴客を指差す。ここの海岸はメジャーなので、かなり人出はある。例はいくらでもある。
水着で泳いでいる人の中には、タイツみたいなので全身をほぼ覆ってる人もいれば、もうちょっと布面積が少ないタイプの人もいる。
「裸ではみんな泳がないんだ」
なんか、トトト先輩みたいなことを……。
「公序良俗に反するので十歳以上は水着着用が義務付けられてます。自分専用の島でも手に入れれば問題ないですけどね」
「わかった。ああいうのを買ってみる」
こうしてみんなで海の関連用品を売っている店に行った。誰も水着を持ってなかったので、ちょうどよかったと言えるかもしれない。
しかし、先輩は俺の考えてなかった理由で難色を示した。
「どれも高い。ずっと使うものでもないのに」
たしかに水着は値段が張る傾向にある。銀貨一枚は当たり前だった。高いのは銀貨二枚もする。
「しょっちゅう使うならともかく、もっと安く済ませたい」
「気持ちはわかりますけど、まあ、でも、銀貨一枚かかるんだったら、そうなるか……」
かといって、ここで節約のために銅貨二枚ぐらいで安い服一式を揃えて日光浴というのも、もったいない気はする。泳がないにしても水遊びぐらいはしてほしいし。
あと、メアリはメアリで「趣味がダサいのしかない」と文句をつけていた。メアリは芸術家気質なところがもともとあったし、こういうのはこだわるのかもしれない。実家が金持ちなことからしても目は肥えてるんだろう。
と、そこでセルリアが、ぴんと元気よく手を伸ばした。
「あっ、いい案がありますわ!」
本当にいい案なのかと思ったけど――少なくとも男にとってはいい案だった。
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俺が男用の短パン型の水着に着替えて待っていると、女性陣が出てきた。
「こっちのほうがかっこいいよね。かわいさも増してる気がするよ」
メアリがセルリアの踊り子的な服でくるくる舞う。お尻はやっぱり見えるんだな。あまり見ないようにしよう……。
「どう? フランツ、色っぽいかな?」
メアリが俺にひっついてくる。
「俺としては、メアリにはもうちょっと健康的なもののほうがうれしかったんだけど……」
そう、セルリアのいい案とは自分の替えの服をみんなに貸すというものだった。
たしかにセルリアの服は着衣面積が少ないので水遊び用にも使えなくはない。しかし、これは目立つ。
「すうすうして落ち着かない……」
「なんだかこういう服を着ると、照れちゃいますね」
そこにファーフィスターニャ先輩とケルケル社長もセルリアの格好で現れた。
こ、これはなかなか衝撃が強いっていうか、強すぎるっていうか……。
まず、黒髪が印象的なファーフィスターニャ先輩がこの踊り子系の服を着ると、やけに似合う。もはや本職のようにすら見える。
そして、小柄でかわいい系のケルケル社長の場合は、そのギャップが変な力を生み出している。それでいて、犬耳でお尻からも尻尾が出ている。これ、すでになんらかの犯罪になっているんじゃないか……?
ちなみにこの衣装はサイズを調節できるらしく、巨人とか以外なら誰でも着用可能らしい。サキュバスにとっての民族衣装みたいなものだから、そのあたりも融通がきくんだろう。
「どうですか? わたくしの案は? これなら海でも問題ありませんわ!」
セルリアの功績は偉大だと思う。ただ、あまり喜びすぎると問題があるので、静かに俺は讃えることにしたい。
「でかした、セルリア」
「ふふふ、ご主人様の趣味はわたくし、よくわかっておりますから」
待て、それってどういう意味だ……? むっつりってことなのか?




