58 だが断る
もう一度、その完成予想図に目をやる。
どうも、大事な点が抜けているような気がしたんだ。
「ちなみに住人の方の賛成理由を並べますと、一、近くにお店ができてありがたい、二、これまで静かすぎたのでにぎやかになるぐらいのほうがいい、三、さびれてゆくファントランド再生の可能性がある、などです」
俺が黙っている間も、向こうはいい点を並べていく。
ある意味では、ファントランドが栄えるというのは間違いないんだろう。
違和感はこれか。この商業施設があまりにも大きすぎる。
「すいません、ファントランドはたしかに土地は余ってると思うんですけど、大半は斜面で平地は少ないんですよね。こんな建物を作る場所なんてありましたか?」
そりゃ、一軒家ぐらいなら、いくらでも建てられるだろうけど、そういう規模じゃない。中に市場をそのまま入れて、まだまだ余裕があるほどってことは、町そのものってぐらいに大きくなきゃダメだ。
「もちろん、建設予定地の選定もしております。きっとご納得していただけるかと考えておりますよ」
「俺、ファントランドに行ったこともあるんですけど、とてもこんなに土地はなかったですよ」
「ああ、建設予定地は沼の上なんです。沼を埋め立てて造るんですよ。それなら、大規模な平坦地を作れますから」
それなら土地も足り――――違う違う、それはダメだろ。
沼には沼トロールが棲んで、いや住んでいるはずだ。
「ファントランドに入る新しい道を山を切り開いて作りまして、そこでできる土砂を沼の水を抜いた後に流し込みます。これぞ一石二鳥ですな。もはや勝ったも同然です」
「申しわけないですが、この土地をお渡しすることはできません」
俺は乾いた声で言った。
「沼を守るのもまた、領主のつとめなんです。そこは説得されて変わるものではないですから」
「そんな……。もしや、王国の重要文化的景観に登録されている沼なのですか? そういった指定もなくて、開発もすぐできる土地のはずですが……」
「いえ、そんなものはないです。ただ、このだだっ広い沼で暮らしてる存在もいますから」
「魚や虫はおるでしょうな」
この人は沼のことを本当に知らないのだろうか。だとしたら、こういう反応になってもしょうがないか。
「あの、実は、あそこの沼には沼トロールという種族が暮らしてるんです。一種の先住民で、都市にまったく出てもこない自給自足の生活なんで、税もとってないのですが」
「つまり、王国の民ということにはなってないのですな。ならば、彼らが行使できる権利はありませんね。たしかに、現地に行った時に、沼を守ってほしいと言ってたずぶ濡れの人がいた気がしますが」
えっ? 知ってて、この計画を進めようとしてるのか?
「ここは立ち退いてもらいましょう。沼ぐらい、どこにでもありますから。命を奪うようなことはこちらはしませんよ」
「いえ、でも、沼トロールにも生活が……」
「沼トロールにはそういった権利はありませんから。それに、男爵様からすると、むしろその権利を侵害されているのですよ? 沼を無許可で使われてるわけですから」
この人の表情はこっちにケンカを売ってるのではなくて、思った以上に真剣だった。
「領主は民を守る代わりに、民は領主に税を払うのです。しかし、沼トロールは男爵様に何の支払いもしていません。それで土地を守ってほしいというのは、勝手というものではないでしょうか。もし、自分が領主なら腹が立ちますね」
そういう見方もあるのか。
一理はある。領主としての職務が領民のためとしたら、望まれている大型商業施設を作るように取り計らうべきなのだろうか?
でも、ハチの巣を一つ壊すのとは規模が違うし……。
新入社員のつもりでいたのに、いきなり人の上に立つ者としての決断を求められている……。俺はどうしたらいい……?
「さて、今日のごはんが気になるし、席をはずそうかな」
説明口調でメアリが椅子から立ち上がる。えっ? ここで出ていくの?
けどメアリは俺の横を通る時、さらりと、こうつぶやいた。
「フランツが正しいと思うことをしなよ」
俺は心の中でありがとうとつぶやいた。
そうだよな。領主は俺なんだ。だから、俺が決めることがすべてだ。
そりゃ、メアリも席を外すさ。メアリが決めたら俺をないがしろにすることになるし。
小さく口を開けて、息を吸って、吐いた。
「申し訳ないですが、男爵の地位は譲れません。あの沼には愛着がありますので」
「そ、そんな! ああ、まだ値段の交渉の話をしていませんでしたが、一生働かずにすむぐらいの額は提示いたしますよ!」
「いえ、お金じゃないんです。俺、沼トロールの少女に約束したことがあるんです。この沼は守るって。男爵の約束は守らざるをえませんから」
お金は、正直なところ惹かれはするけど、ここで沼トロールを見捨てることを選んだら、一生後悔して生きていくことになると思った。
だったら、楽しい人生なんて絶対に送れない。楽しくない人生でお金だけあっても、あまり意味がないよな。
「ということで、お引き取り願えませんか? お金の額を吊り上げろとか言ってるわけじゃないですからね。沼が消滅する以上、OKはできませんので」
「あの、もう少しだけお話を!」
――と、キッチンのほうから、「ふふふふふ」と不気味な笑い声が聞こえてきた。
「ご主人様、そろそろ料理は完成するんですが、メインディッシュがありませんわ~。あら、おいしそうな肉塊がありますわね~。ふふふふふふ~」
その声で演技だとすぐにわかった。
だけど、その業者は何が起こっているんだという顔をしている。
「俺、黒魔法の使い手で、よく肉を喰らう使い魔を使役しているんです。使い魔は夜は凶暴なのでそろそろ帰っていただいたほうが――」
「はい、失礼します!」
業者は、あわててドアのほうに走って帰っていった。
あとには、大型商業施設の資料だけが残った。
「ご主人様、決然とお断りしましたわね。かっこよかったですわ」
料理を持ったセルリアがやってきた。メアリもうなずいているけど、あれはかっこよかったという部分の同意だろうか。
「セルリアも演技ありがとうな」
「あんな大根芝居で怖がるとか、こっけいでしたわ」
男爵編、もう少し続きます!




