55 村での宴会
トトト先輩が掃除で慣れているといったのは本当だったらしく、さらにセルリアも掃除スペックが高かったこともあって、三十分で公民館は寝泊りができる程度の状態になった。
「ふう、どんなものよ。ワタシは一人暮らしだけど自堕落じゃない女なのよ」
「トトト先輩、裸で胸張られても、威厳が出ませんよ。というか、裸で胸張らないでください」
全裸って堂々としてる分、そんなにエロさがなくて、そこは助かった。掃除中、ずっとムラムラするのはきついからな……。
「じゃあ、今から集落を歩きますから、服着てくださいね」
「わかってるわよ。ワタシだって裸で外を歩くほど非常識じゃないし!」
先輩に服を着せて、俺たちはファントランドを歩いた。
歩いていると、人の好さそうな初老のおじさんがやってきた。
「ファントランドの村長をやっておる者です。あなたが、この土地の新しい領主様ですかな?」
「そうです、そうです。今後ともよろしくお願いいたします」
ちょうどいいし、この人から地元のことをいろいろ聞こう。俺たちからすると、田舎にしか見えないけど、住民ならではの着眼点があるかもしれない。
「このファントランドの見どころって何かあります?」
「豊かな自然がたくさんあるところですな」
「意訳すると、ただのド田舎ってことだね」とメアリが言った。意訳しなくていい。
たしかに盆地の底に当たるところに大きな沼が目立つぐらいで、ほかは牧歌的な農村風景だけが広がっている。これで大都会ですとか言い出したら、それはそれで怖い。
「住人として、この土地をこうしていきたいとか、目的みたいなのはありますか?」
「ないですな」
即答かよ。
しかも、さばさばした顔で、言われてしまったので余計に困った。友人ほど距離感近くないから、自虐的な反応されても同意しづらいぞ。
「ほら、なにせ、こんな不便な土地に住む人間なんておりませんしな。この郡自体も発展しているとは言えませんが、それでもまだマシだと郡都のほうにみんな引っ越していきます。そのほうがいろんな商店などもありますから。ここでは正直なところ、急病になっても医者のところに行く前に死んでしまいます」
それはいかんともしがたい問題だ。とんでもない山中に住んでいれば、急病時のリスクなどは当然高くなる。老人が長生きするには、田舎より都市部のほうが安全などと言われているけど、つまり医者にかかる時間の問題なのだ。
「はっきり言って、この土地が発展する可能性はありますまい。昔はもっとたくさん人が住んでおりましたが……」
さびしげな笑みを村長は浮かべた。時代の流れに逆らうほどのことは誰もできないということだろうか。
「そうか、一つだけありましたな」
そこで何かを思い出したように、ぽんと丸めた右手で左の手のひらを叩く村長。
「ファントランド発展の方法、なくはないです」
「本当ですか! ぜひ聞かせてください!」
これでも自分が領主をやってる土地なわけだし、どうせなら立派にしたいところだ。
「いえ、実のところ、その方法がいいのか私らも悩んでおるのです。それならいっそゆっくり滅んでいくほうがいいかもという気もしますしな」
すべてを諦めたような、乾いた笑いだった。こういった立場の人はこんな表情になるのに慣れすぎている。田舎を改革するぞと息巻いても、そうそう上手くはいかないからな。
「それにその決断をするのは領主であるあなた様ですから。たいていのことであれば、ここの住民は受け入れるかと思いますよ」
そう言うと、村長は去っていった。意味深ではあるけど、あの調子だとあまり語りたくない内容なんだろう。
けど、数歩進んだところで、村長が振り返った。
「ああ、今夜はせっかくなので、皆さんを接待させてください。領主様が来たらそうするのが昔からのならわしなんです」
「お酒飲めるの!?」
トトト先輩がまず、そこに食いついた。
「はい、ありますよ。都会の方のお口にあうかはわかりませんが……」
●
俺たちはその夜、村長宅での宴会に招かれた。
出てきたお酒はこの土地で作っているという真っ白に濁ったものだった。
「自家製のドブロンというお酒です」
なんかまずそうな名前だ……。
「これ、飲んでも大丈夫なものなの?」
メアリは少しおっかなびっくりという顔をしていた。
こんなに透明度の低い酒って珍しいからな。
「どうしても見た目の印象が悪いので……」
村長も自信がなさそうだ。本当に地元だけで消費しているものなんだろう。
「お酒なら、毒じゃないわよ。ワタシからいただくわ」
トトト先輩が物怖じせずに口に入れる。ごくりと飲んで、目を丸くした。
「飲んだことのない味ね! 洗練はされてないんだけど、むしろ、それがいいポイントになっているっていうか……とにかく合格、合格! むしろもっとちょうだい!」
酒好きの先輩を基準にするのも多少怖かったけど、たしかにこれはおいしい。
「ご主人様、いけますわ!」
「そうだな! なんかいい酔い方ができそうだ!」
「え~。みんな、調子あわせすぎだよ。こういうのはわらわは率直な感想を言うからね。まずいって言う時は言うよ。そこは魔族として媚びないからね――あっ、すごくいい!」
メアリ、やたら長いフリみたいなのは素なのか?
すぐに俺たちもお酒で酔っぱらった。出てきた料理は全体的に味付けが濃すぎる気がしたけど、そのぶんお酒が進むといえば進んだし。
村長もほかの村の人も、俺たちの反応に、胸をなでおろしていた様子だった。
「田舎の料理なんて臭くて食えないと言われるかとびくびくしていました……」
そう料理係のおばさんが言っていた。そこまで下に見なくてもいいですよ……。
「お酒もおいしいですし、いいところじゃないですか、村長」
いい気分になって、顔を赤くしながら俺は言った。
「いえいえ。いつもは娯楽の少ない、つまらない生活ですよ。だから、人口も減っていってるんです」
やっぱり村長は悲観的だ。もう少し展望とか語ってほしいけど、それは難しいだろうか。
「俺、腐っても領主なんで、少しはこの土地のために何かしたいんですけど」
「いえ、そんなに気にしなくていいですよ。滅ぶものは滅びます。それがさだめなんです。だから、このドブロンもいずれなくなるでしょうね。もう、この集落でしか作っていませんから」
長い歴史の間に消えていった食品も多いのだろうけど、ドブロンもそうなるのか。
少しだけしんみりして、俺は宴席の場をあとにした。
何か発展によい案はないかなと考え事をしながら、それと酔い覚ましも兼ねて、大きな沼のあたりを散歩する。
「ご主人様、沼に転落しないでくださいね?」
「いや、そこまで悪酔いしてないから大丈夫だって」
水辺って絵になると言うけれど、沼は夜という以上にどこか薄暗くて不気味だった。
ふと、何かに足をつかまれた気がした。
足下を見ると――本当に何者かの手が俺の足をつかんでいた!
足をつかんでいるのは何者でしょうか? 次回に続きます!




