51 打倒インキュバス
「君がセルリアさんの主人であることぐらいわかるよ。腹いせに死んでもらう」
「でも、こっちにはメアリもいるんだ。そうそう負けるわけなんて――」
ハルバルドから輝く光線みたいなものがメアリとリディアに飛んだ。
「あれ……なんで……? あのインキュバスに逆らいたくなくなってきた……」
「超マブいじゃん! 顔ファンになりそう!」
えっ? 二人ともどうしたの? なんか瞳がハートマークみたいになってるけど……。
「さっき、セルリアさんにかけたチャームの魔法は一度使用すれば、出がらしになるまで数回は女性に対して使えるのさ。威力はどんどん低下するけど、三十秒彼女たちを無力化できれば君を殺すに十分だろう?」
じゃあ、ほんとに絶体絶命じゃないか!
「残念だ、あんな愛らしいミニデーモンを呼んでくれた君を殺すのは惜しい。もし、君もミニデーモンみたいな十歳から十二歳頃までの少女だったら、大学卒業までの費用を全額出して、さらにいい会社に就職できるようなガイダンスも積極的に行うことになっただろうに。ただ、君が人間の男である以上は、許すわけにはいかない」
「お前、ほんとに残念な奴だな!」
「問答無用だ!」
ぶつぶつと詠唱を行いながら、足で庭に魔法陣を描いていくハルバルド。上級悪魔に勝てるだけの魔法なんて俺にあったかな……?
「さあ、死ね!」
黒いエネルギーの球が俺に撃ち込まれる。
あっ、これは死んだのでは……。
しかし、俺の体を光が包んだ。まったく苦しくもない。むしろ、あたたかな光で守られている感覚だけがある。
いったい何が起こってるんだ?
その光は俺の靴のほうから起こっていた。
それで、ふっと思い出した。
「これはファーフィスターニャの靴下だっ!」
そういえば防御力が高くなるものだとか、先輩は言ってたな。あれは魔法防御力のことだったんだ!
それだったら、最初からそう正確に言ってほしかった……。靴下で防御力って言われたら、分厚さの分だけ、寒さに強くなるとかそういう意味だって思うし……。
でも、そんなこと言ったら罰が当たるな。これのおかげで助かったんだ。
「ちっ! 僕の攻撃を人間が耐え抜いてるだと!?」
ハルバルドも焦っている。なにせ、本人談によると、チャームの魔法はそう長くはもたないはずだからだ。
メアリが正気を取り戻したら、死ぬのはそっちのほうだぞ。俺としては命まで取るつもりはないけど。
「ならば、何度も撃ち込んで、防御を突破してやる!」
やけくそで連投してくるつもりか。この靴下、何度も効くのかな……。
そういえば、靴下以外にももらってたんだっけ?
俺は白い骨でできた護符を取り出す。
ケルケル社長からいただいたものだ。
社長はピンチになったら使えとはっきりと言っていた。まず、間違いなく今の俺はピンチだ。
俺はその護符を掲げる。発動に関する魔法なんて何も聞いてないし、これだけで効果があると信じたい!
「社長、助けてください!」
その途端、護符から黒い霧のようなものが噴き出てきた。
ばたばたばたと何かが走ってくる音がする。
それは――五頭にのぼる尻尾が何本も生えた紫色や黒色の犬。
「今度はケルベロスだと!? どういうことなんだ! この人間は何者だ!?」
あっ、そっか……。ケルケル社長といえば、ケルベロスじゃないか。
その仲間が助けに来てくれるアイテムだったんだ。
そういえば、この護符、骨みたいだったよな。犬だったら骨が好きだもんな……。
社長とは似ても似つかない凶暴そうな顔をしたケルベロスたちはハルバルドに襲いかかる。
「うあ、やめろ! 死ぬ! うわ!」
勝負は開始一秒でついた。すぐにハルバルドは倒されて、そのままひどい目に遭うのが確定的になる。
「あっ、あのケルベロスさんたち……ほどほどでいいんで……。殺しちゃうといろいろとよくないし……」
その間、わずか十秒ほどだったけれど、もうハルバルドはボロボロになっていた。インキュバスももともと露出度の高い格好なので、いろいろと丸見えになっていた。男として、全然うれしくない。
「あっ……わらわとしたことがチャームを喰らうだなんて……。でも、なんか終わってたね」
「ちょっと、このインキュバスの服、マジヤバいって! モロ見えじゃん!」
二人も正気に戻ったらしく、一件落着だ。
ケルベロスのうち一体が犬耳の人の姿になった。
「ケルケル先輩のお力になれて、僕たちも光栄です」
あっ、やっぱり人にはなれるんだ……。
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そのあと、ハルバルドは近くの野原に正座させられて、顛末を語らされた。
「僕は長らく各地の金持ちの奥様の相手をしていたんですが……けっこう夫の愚痴をセットで聞かされることが多くて、幻滅したというか、はっきり言って疲れたんです……」
どんな職業にも大変なところがあるものなんだな。
「それで、そういう汚れたところのない少女を崇拝するようになって、今に至ります。ちなみに、絶対に僕は少女を誘惑することなんてないですからね! というか、僕の誘惑に堕ちるような少女ならもはや興味の対象外ですから」
そうか、恋愛を知った女子はストライクゾーンからはずれるんだな。難儀な性格の人だけど安全と言えば安全だ。
「それで、魔界での事業も少し危うくなってきまして……オルベイン家の娘さんと結婚すればどうにかなるかなと……」
その様子をリディアさんが白けた目で見ていた。
「そのことを親父に聞かせたら、さすがに怒るよ。あんたが金持ちだって思ったから親父もお見合いやらせたわけだしさ」
それか、妨害した俺が怒られるかどっちかだろうな……。さっきのケルベロスって何度も出せるのかな……。でないと、今度こそ殺される気がする。
そんな不安を抱いている最中に、セルリアがやってきた。
再会を喜んでいるというよりも俺の心を読んだみたいな、不安げな表情だった。
「ご主人様たち、お父様が屋敷に来てほしいとおっしゃっていますわ」
メアリは平気そうだったけど、俺とリディアさんは少しびくびくしていた。
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結論から言うと、まったくの杞憂だった。
「いやあ、サンクス、サンクス! 君たちのおかげでセルリアが変なのに引っかからなくてよかったよ~。君ら、マジファインプレー!」




