47 高速馬車に乗って
「リディアさん、いつも妹さんにはお世話になってます、フランツです」
「え~、お世話になってますって、それって下ネタ? サキュバスだからって下ネタはダメだよ」
「いや、そういう意味じゃなくて、もっと全般的にお世話になってるってことなんですけど……」
本当にセルリアの姉なんだろうか……? もしや、先妻の子供だとか複雑な家庭環境でもあるんじゃないか?
「あの子と全然違うって思ったでしょ? この違い、マジヤバくない?」
ぎく。即バレした。
「そうなんだよね……。姉の私から見ても、あの子ってよくできた娘でさ。昔から成績優秀だったよ。うちってかなりしつけも厳しいのに、それにも耐えてたし。泣き言だってほとんど言わなかったな」
リディアさんはふっと悟ったような顔で、妹のことを語る。それだけで、間違いなく二人が姉妹だと思った。
「でもね、それって表現を変えれば、従順ってことなんだよね」
その瞳を見ればわかる。この人、軽いように感じるけど、ものの見方はけっこう鋭い。
「あの子、親に逆らうような経験がないの。もちろん、自分の頭で考えて逆らう必要がないって判断したのなら、それでいいのよ。反抗期だからって逆らうために逆らってるような奴も世の中には多いしさ。それって、多数決で多いほうに流れてるだけで自分の頭は使ってないのよ」
「おっしゃりたいことは俺もよくわかります」
自然と、メアリもこくこくうなずきながら聞いている。
「けど、それが続くと、逆らい方がわからなくなるのよね~。未経験の状態が続くと、いきなり逆らえと言われてもできない。セルリアはそういうところがあるんじゃないかなって思うの。これは放置しておくとヤバい」
「それで、今回のお見合いも親の意向に反することができないかもって言いたいんですね?」
「そう、それ!」
ぱんと手を叩いてからリディアさんは俺のほうを指差す。
「あの子、親に流されて、結婚OKしちゃうんじゃないかって怖いんだよね~。ただでさえ、相手のインキュバスは落とした人間の女は四桁とか豪語してる奴なのにさ……」
「聞けば聞くほど不安になってきました……」
こつこつとメアリが肘で俺の脇腹を小突く。
「だからこそ、リディアさんを呼んでどうにかしようとしてるんだよ。弱気になっちゃダメ。とくにフランツは気がやさしいから『サキュバスは人間よりインキュバスと一緒になるべきじゃないか』とか考えちゃいかねないから」
それはたしかに、ふっと頭によぎりかけたことだった。
「気をつける……。セルリアは離したくないから」
「うん、それでいいよ。こういうのは相手の幸せがどうとか言い訳はいらないからね。まず、自分勝手になって、好きな人を取られたくないと思うぐらいのほうがいいんだよ」
「だよね~。『君の幸せを考えた結果だ』とか言う男って、ほんとに体面しか考えてないし」
これは気をつけよう。草食系の男って、どうかするとそういう思考にいきかねないからな。
さて、具体的な対策の話に移る。
「リディアさん、お見合いの前にインキュバスのお父さんにお会いしたいんですが」
セルリアがお見合いが嫌だと泣いていたことを伝えて、お見合いそのものをなかったことにしてもらえばいい。
「わかった。そこには私も同席するね。いきなり行っても門前払いだしさ。私は遊び人だけど、さすがに親に話があるって言えば、来てくれるっしょ」
俺は頭に「お前なんかに娘はやらん!」とか怒鳴る頑固親父を想像した。
怒鳴られるのは怖いけど、ここで逃げるわけにはいかない。
「なかなかいい表情してるじゃん。セルリアを使い魔にしただけのことはあるよ」
お世辞かもしれないけど、俺を褒めて、リディアさんは帰っていった。
●
その日はメアリの家で眠って、翌日、セルリアの家族が住んでいる家に向かう。
メアリの家の前には首のない御者が馬に乗っている馬車が止まっていた。
「これ、なかなかホラーな光景だけど、魔界だと普通なんだよな?」
「ありふれた交通手段だよ。自分で飛べる魔族は多いけど、長く飛べば疲れるからね。これでがたがた揺られていくの」
俺とメアリが乗ると、馬はものすごい勢いで走り出した。
しかも道が悪いのか、馬車が上下に大きく揺れる。
「なんだ、これ! 運転荒っぽすぎない!?」
「ここはあまり道はよくないけど、すぐに専用の街道に入るから少しだけ辛抱して」
「専用の街道?」
メアリの言葉は本当だった。
関所みたいなところで御者が銅貨を払って、そこを通過すると、途端に道がまっすぐでアップダウンもないものに変わったのだ。揺れもなく、快適な旅に変わる。
そこを馬車は元の倍はあるようなスピードで疾走する。
「魔族の土地では、こういった専用街道が張り巡らされててね、馬車が高速で走れるようになってるんだよ」
「やっぱり、魔族っていろいろ進んでるんだな……」
「もっとも、人間の土地だと、こんな速度で長時間走れる種類の馬はいないから、どっちみち実現できないけどね」
「たしかにドラゴンでも抜けそうな速度で走ってるかも……」
街道の近くの家並みが一瞬で過ぎ去っていく。
こういうものがないと、リディアさんも昨日来て、すぐに帰れなかっただろう。
「あと、安全には注意しないといけないんだよね。この速度でもし、ほかの馬車と接触したりすると、わらわはいいとして、フランツは即死だから」
「嫌なことを聞いたな……」
「その時は、わらわが抱きついて衝撃を吸収してあげるよ」
くすくすとメアリは笑う。ほんとに恋人みたいな表情をメアリはするようになったと思う。
「冗談だろうけど、本当に事故っちゃった時は頼む」
そして、二時間ほどの乗車時間で、馬車はサキュバスとインキュバスの里に到着した。
どこの屋敷も王都に住んでる人間を嘲笑うような規模のものばかりだ。とてもじゃないけど、使用人でも雇わないと掃除すらできないだろう。
「魔族って、生活水準高いんだな……」
「サキュバスとインキュバスは上級の魔族だから、こういう街並みになってるんだよ」
そして、明らかにほかの家より数倍はある城みたいな屋敷が見えてきた。
「あれがセルリアの実家であるオルベイン家だね」




