44 メアリ、社員になる
今回から新展開に入ります。よろしくお願いします!
六月の末、俺はメアリと一緒に社長室に入った。
今回はちょっとばかし重要なことだ。これまでがどうでもいいことだったってわけでもないんだけど。
「では、『名状しがたき悪夢の祖』、通称メアリさんを社員として採用いたします。それでよいですね」
「うん、しっかりいろんなものを滅ぼすことにするよ。期待しててね」
「社長なんで、せめて丁寧語で話してほしいですが……まあ、偉大な魔族ということは知ってるので、大目に見ます!」
こうして、メアリは多分ネクログラント黒魔法社の十一人目の社員になったのだ。
「メアリ、俺としてもすごくうれしいよ」
「そう? やっぱ、お兄ちゃ……フランツもこれでわらわがずっと人間の世界に住む覚悟を決めたってわかってほっとした?」
うれしそうにメアリは俺のほうを見る。
「ああ、うん、そういうのもあるんだけど、メアリの給料が発生することになったので生活が楽になるなって」
「え~、そこなの?」
ぷくうっとメアリはほっぺたをふくらませたけど、これは相当大きな問題だ。三人家族と二人家族では出費が全然違う。
あと、メアリは節約という発想がないキャラなので、贅沢もけっこうするんだよな。俺の給料がいいとはいえ、しょっちゅう銀貨が減っていけば、心理的に怖くなってくる。
本当は俺が呼び出した魔族なので俺が責任を持たないとダメなんだけど、そこはケルケル社長が気をきかせてくれたのだ。
このあたり、ケルケル社長じゃなかったら、メアリが役目を終えたのだから帰らせればいいだろと言いそうだ。それが普通だから、別に悪じゃない。
「でも、ケルケル社長、メアリがブラック企業にダメージを与えた件は我が社の利益には直接つながってないですけど、それでもよかったんですかね?」
「『会社』というのはひっくり返すと、『社会』ですよね」
微笑む社長はパッと見は、女子生徒って感じで、とても社長とは思えない。魔族は若い期間が長いのでいいな。
「はい、たしかに『社会』ですね」
「会社というのは、本来、社会のためになるから存在意義があるんですよ。社会の害悪になる会社ばかりだと、社会は崩壊してしまいますからね。もちろんお金を稼げないと、会社を経営できませんけれど、社会のため、人のためという要素は忘れてはいけないんです」
また、深くていい話だ。長生きしているだけあってケルケル社長の言葉は悟った聖職者みたいなところがある。
「だから、社会貢献したわらわも偉いってこと?」
「はい♪」
社長の笑顔を見ていると、心が浄化されていく感じがする。
「もちろん、ブラック企業を攻撃する仕事なんてことをずっと続けていただくわけにはいかないので、もっと地味なお仕事からになると思いますけどね」
「うん、たとえば地味で小さな町を滅ぼす仕事とかだね」
「違います」
滅ぼす町のサイズで小さい仕事と大きい仕事を分類しないでほしい。小さい町でも滅んだら大事件だ。
「しかし、たしかにメアリさんにあまり小さすぎる仕事をお願いするのももったいないですよね。ミニデーモンを使っての大規模な休耕地の復興事業とかしてもらおうかと思ったんですが、ミニデーモンを使役するといろいろとバレますからね……」
赤い月の日に起きたブラック企業撲滅作戦は、いいことだとは思ってるけど、不法侵入を王都全域の規模でやったとんでもない事件なので、犯人がわかると絶対逮捕されるし、多分ブラック企業から報復も来る。報復されても勝てはするだろうけど、いろいろまずい。
「わらわ一人でも町を滅ぼすぐらいなら」
「ダメです」
メアリはデストロイヤーなので、手綱を引いておかないと危ないかもな……。会社の存続にかかわるような問題を起こされると詰む……。
「まあ、下積みだと思ってなんでもやるよ。枕営業とかも」
「なんでもって言ってもそういうことは絶対ダメだからな!」
社長がそんなことさせるわけないけど、黒魔法の世界だと非合法に近いことを裏でやってるところもありそうなので、怖い。
「なんで? 枕の営業はけっこう興味あるんだけど。わらわほど枕に詳しい存在はそうそうないからね」
無邪気に不思議そうな顔をするメアリ。しまった! 俺が不純だっただけか! メアリって、枕のプロだもんな……。
「なんでもない……。俺の心が汚れてただけだ……。枕を仕入れて売るっていうのもいいかもな。もはや、黒魔法は一切関係ないけど」
「この枕を買わないと悪夢にうなされることになるって言って、本当にその人に悪夢を毎日送り込むとかね」
「ダメですよ」
メアリが危ないことを言うとにこやかに社長が止める。
「じゃあ、インプでも別途召喚して休耕地を耕したりしてもらえますか? それぐらいできますよね?」
「うん、インプと言わず、マンティコアとかコカトリスとかいろいろ出せるよ」
「う~んと、あまりやりすぎると、魔界と人間の世界の区別がつかなくなるので、ほどほどなのにしてもらえますか?」
大型新人が入りすぎるのも考えものだな……。
「今は六月末なので、七月からの雇用ということにします。それまではのんびりしててください」
「じゃあ、フランツのお仕事でも見学してようかな。今日はセルリアがいないし」
うん、メアリはついてくると思ってた。
ちなみにセルリアが今日は用事があると言って、お休みをもらっていた。まあ、そんな日もあるだろう。
これで俺とセルリア、それにメアリという新しい家族の生活基盤ができた。今日はお祝いでもしようかな。
もしかすると、セルリアはサプライズパーティーの準備でもやるために家にいるんじゃないかな。そういうのセルリアは好きそうだしな。
インプに農地を耕させる仕事が終わった後、俺とメアリは少しうきうきしながら家に帰った。
「メアリ、ちょっとひっつきすぎじゃないか?」
「これぐらいでいいんだよ。家族なんだからね」
「まあ、俺はもともとメアリとは家族って思ってたけどね」
「ふふふ。これはもっとフランツを抱き枕にするしかないね~」
そんな微妙に新婚さんみたいな空気を出しながら、俺たちはセルリアのもとに帰ってきた。ダメだ、ダメだ、気持ちとしてはむしろセルリアがお嫁さんって気持ちで俺はいるはず……。
セルリアの好きそうなお菓子も買ってきている。一人で暇そうにしてたかもしれないからな。
「ただいま、セルリア」
「あっ、ご主人様……お、おかえ……ひ、ですわ……ぐすっ……」
セルリアが思い切り号泣していた。
「ちょっと! 何があった!?」
尋常な事態じゃないぞ。部屋が荒らされた跡はないかとまず確認する。
「実は親から連絡がありましたの。一時、魔界に帰宅しろという話だったのですが……」
「ああ、里帰りか。少しの間ならいいんじゃない? 文字通り、その羽を伸ばしてくればいいよ」
まだ七月前だけど、夏と言えば夏だし。
「それが今日、詳しい話を聞いたら、なんでもお見合いをさせるつもりみたいで……」
「お見合い!?」
「はい、姉から聞いたところ、父親はインキュバスの男性と結婚させようとしてるらしくて……」
サキュバスとインキュバスって夫婦になるものなのか。いや、そんなことどうでもいい。
セルリアが泣いてるなら、俺は絶対に止めないといけない。
セルリアは俺が守る!




