43 兄の代わりから昇格しました
ミニデーモンが活動した翌日。
王都のいたるところに、こんな張り紙がされていた。
<くっくく、矮小な人間どもよ。わらわは『名状しがたき悪夢の祖』と呼ばれる者である。
わらわの眷属を使役し(ただし魔界雇用法の定める範囲において)、お前たちの住む都を歩き回らせた。
これは血のごとき紅蓮の月がわらわに力を与えたもうたからである。
わらわは聖人のふりをして罪を成す者を見つけることができる。そういった者たちが人間の中でわらわの友人となりうるからである。
さて、法を破り、民を奴隷のように働かせていた企業が見つかったので、下記のように列挙する。なお、どのような違反があったか、詳しく書いてあるので、参照するがよい。
わらわは列挙するだけである。
このあと、下記の企業を火刑に処すか、奴隷たちからしぼりとることを続けるかは矮小な人間どもに任せる。
このようなおぞましい行いを平然と続けているようであれば、人間の都は黒く焼けただれて、魔族に奪われることになるであろう。
(以下、会社名は省略) >
「すぐに結果が出るってことはないだろうけど、わらわとしてはやれるだけのことはやったよ」
事件の翌日、朝、メアリはなかなか満足そうにうなずいていた。俺に抱きついていたから、よく眠れたらしい。
「こういう新しい滅ぼし方もいいかもしれないね。人間のものを人間に滅ぼさせる、それはそれで楽しい趣向かも~」
たしかに企業を作ったのは人間だから、意味として間違ってはいないのか。言葉だけだと、もっと恐ろしいことに聞こえるけど……。
「あとは、ブラック企業の経営者に悪夢でも見せてみようかな~。そのうち、音を上げるんじゃないかな~。にやにや~」
悪い奴が苦しむ分には、まあいいだろ、多分。悪夢見せたらダメという法律はないから犯罪ではないはずだ。
その後、どうなったかというと――
謎のかわいい動物がたくさん出現したことともあいまって、王都ではこの張り紙がものすごく話題になった。
役所はすぐに動けなかっただろうけれど、まず、同業者組合などで動きがあった。
加盟している会社の中で違法なことをしている場所があると言い出した。
あと、王都で発行している新聞もその日の謎の悪魔による密告を大々的に取り上げて、企業名などを告発した。
それと、さすがに労働者の一部でもストライキみたいなことをはじめたらしい。
企業イメージがそもそも大幅に悪化して、ブラックバイトができなくなった企業も出てきた。
そもそも、違法な二重派遣や三重派遣をやっていた派遣会社などからは逮捕者が出た。営業停止を食らった企業もいくつか出てきたらしい。
すぐに王都の幸せが増えるってことにはならないかもしれないけど、働き方について人が考えるきっかけにはなると思う。
いくらなんでも、あの「赤い月事件」が起きた後に、平気でブラックな業務を押しつけられる企業はあまりいないだろう。
●
事件が終わってから二週間ほど経った六月後半のある日。
メアリとセルリアと一緒に王都を買い物した。
ちなみにメアリは最近はもう枕を握りしめて移動してない。夜にぐっすり眠れるから枕もどうでもいいらしい。俺もメアリとくっついて眠って、やすらぎを感じられるようになってる。
たまにバグみたいにムラムラ来ちゃう時もあるけど、それは押さえ込んでいる……。
「うん、以前よりは少し幸せな顔をしてる人が増えた気がする」
もともと、ブラックな環境で働いてる人間が多いと気づいたメアリの言葉だ。信じていいだろう。
「じゃあ、俺たちがやったことに意味はあったんだな」
「新聞によると、給料や時間が増える人がこれまでより多くなるから、消費も伸びそうらしいですわ」
それを聞くと、かなりとんでもないことをメアリはしたなと思う。
「国を滅ぼせるわらわが、ブラック企業をつぶせないわけないだろ。えっへん!」
――と、突然ドヤ顔してるメアリの体が一瞬だけ、発光した。
「メアリ、今の光って何……?」
「ああ、召喚されて役目を果たしたって合図だね。これで魔界に戻れるってこと」
その言葉を聞いて、胸が切なくなった。
俺だけじゃなくて、セルリアもしゅんとした顔をしている。
「じゃあ、メアリ、これでお別れになっちゃうのかな……」
あくまでもメアリは召喚者の目的をかなえるためにやってきた存在だ。
「何言ってるの? 帰らないよ」
メアリはいつもどおりの表情をしている。
「役目を終えたら絶対戻らないといけないわけじゃないし、それに……フランツと離れたらまた眠れなくなっちゃうからね……」
メアリは照れたように顔を横に向けた。でも、勇気を出すみたいに、ちょっとずつ俺に視線を合わせようとする。
「フランツ、最初はお兄ちゃんの面影を追っかけてたけど、今はフランツが好きになっちゃってきてるかも……」
「え、それって告白……!?」
けど、またすぐにメアリは横を向いてしまう。
「や、やっぱ、今のはナシ! 勘違いだよ! フランツが素晴らしい抱き枕だから、勘違いしちゃっただけ!」
でも、顔は真っ赤だけど、それはあんなこと言ったら誰だってそうなるか。
「そっか。まあ、俺はメアリと暮らせるだけでうれしいよ」
「も、もう! 憎まれ口の後に、そ、そういうこと言うの反則だよ!」
セルリアが「素直じゃない感じが一周してあざとかわいいですわ~」と妙にテンション上がっていた。
その日の夜、いつものようにメアリに抱きつかれながら眠っていると、夜中に起こされた。
メアリが俺のほっぺたをつねっているのだ。
「いったい、何だ、メアリ?」
「いいかい、これは夢だからね。朝になったらすべて忘れること」
そのまま、メアリにキスされた。それから――
「これから起こることも全部夢だからね」
セルリアとしているようなことをした気がしたけれど、多分夢なんだと思う。
だって、メアリがそう言ってるんだからな。
けど、翌朝。
「ついに、二人の気持ちが通じ合いましたわね!」
すごく楽しそうにセルリアが言った……。
「な、なんのことかな……。わらわはよくわからないからね……幻覚でも見てたんじゃないかな……」
とにかく赤い顔で、シラを切り続けるメアリだった。
これでメアリ編はおしまいです! 次回から新展開に入ります! よろしくお願いします!




