41 王都をデート
「じゃあ……そこでオオカミになっても大目に見てあげるよ……。どうしてもって時は……いいから……。わらわは君の人生を百倍しても足りないぐらい生きてるはずだし……」
えええっ!?
「あの、そういうことは軽々しく言ったらダメですよ……。豹変する男とかもいますし……」
「わらわに勝てる男はこの世界にはほぼいないよ」
言われてみれば、そうか。
「女の子に抱き着かれたら、男がどういう気持ちになるかぐらいはわらわも知ってるよ……。多分、お兄ちゃんもだんだんわらわとの接し方がわからなくなってきて、離れていったところもあるし……」
兄としては、ものすごく困っちゃうよな。俺も同じような選択をしたような気がする。
「だ、だから……しょうがない時は、わらわもそういうこと、してあげるから……。ムラムラするのが困るからひっつくなって言われると、わらわも悲しいし……それで眠れなくなっちゃうのも嫌だし……」
セルリアがそっと耳打ちしてきた。
「ご主人様、ここは『うん』というべきですわよ。女の子にこれ以上言わせるのはいけません」
でも、こんな経験当然ながらないから、対応がわからないというか……。
「メアリさんがなんの好意も抱いてないなら、こんなこと言うわけありませんわ。これは告白みたいなものですわよ」
本当なんだろうか。とはいえ、突っぱねるのも絶対に違うと思うし、だとしたら答えなんて最初から一つしかない。
「わかりました……。できうる限り、我慢しようと思いますが……」
「う、うん……。元の世界に戻れないけど、ここで安眠できるなら来てよかったよ」
あれ、気になる言葉が。
「戻れないっていうのは、その、召喚されたのに役目を果たしてないからとかいったことですか?」
「そうだよ。ある程度、なんか滅ぼさないと契約完了にならないんだ。少なくとも君の召喚魔法は、ただ呼ぶだけじゃなくて、呼んで滅ぼせってものだから」
そうだった。その問題を解決することも呼んでしまった俺の責任なんだよな。
その日、俺は出社するとケルケル社長のところに向かった。
「どうですか? メアリさんと仲良くなれましたか?」
「社長、滅ぼすとみんなが喜んで感謝されるものってないですかね?」
「それは、なぞなぞですか?」
たしかに変な質問に聞こえるよな。
「たとえば、戦争中であれば敵を滅ぼせば国からは感謝されますけど、今は戦時下ではありませんし、メアリさんを使うのはやりすぎですよねえ。仁義のない戦いと言いますか」
「ああ、俺もそういう血なまぐさいのは考えてはないんですけど……」
俺はメアリが元の世界に帰れるには破壊活動が必要であることを告げた。
さすがに社長もライバル会社を滅ぼしてくれと言うわけにもいかず、答えを出せずにいた。
「別にいいよ。仮に滅ぼすだけ滅ぼしても、わらわはしばらくお兄ちゃ――フランツのそばにいるつもりだよ。フランツは最高の安眠枕なんだから」
今、お兄ちゃんって言いかけたな。そんなに似てるんだろうか。
「それはわかってるけど、いつでも戻れるのとまったく戻れないのは、ちょっと意味が違う気がするんですよね……」
「だったら、滅ぼしたほうがいいものを探してきてはいかがですか?」
ほわほわとした笑顔でケルケル社長が言った。
「メアリさんもこの世界に来たばかりですし、王都をご案内するのも業務と認めますよ。そのうえで、メアリさんの活動が会社に貢献するものであれば、社員という扱いにしてもかまいません」
メアリと一緒に生活するとなれば、王都を紹介することに時間を使うのは正しいか。
それと、メアリが「二人で町を歩きたいな……」と小さな声で、顔を赤くして、言ってきたのだ。
「ご主人様、わたくしは夕ご飯の準備をしておきますし、行ってきてくださいませ」
セルリアもさっと背中を押してくれる。
こういう時、セルリアがサキュバスで本当にありがたいと思う。
もしセルリアが人間の奥さんだったら、旦那がほかの女の子とデートするのを許してくれるわけがないだろう。
あまりセルリアが使い魔だと言う関係性に甘えるのもよくないかもしれないけど、今はメアリのために時間を使うべきだ。
「わかりました。じゃあ、王都に行ってみます」
「どんなものでも滅ぼすから安心してね」
ちっとも安心できない発言をメアリはした。
●
まだ日が明るい時間の王都は昨日とは全然違う空気が流れていた。
王都を出たり入ったりする人の往来も激しい。エルフやオークといったほかの種族も歩いている。数は多くないけれど、時には青魔法使いのような、数の少ない職業の人もいる。といっても、黒魔法使いもかなりレアな存在だけど。
「なかなかにぎやかだね。疫病でも発生させたら、さぞかし効きそうだ」
「そういうところに目がいくんですね……。何か食べますか?」
「フランツ、もうタメ口でいいよ……。そのほうが、お兄ちゃんぽさが増すし」
変な話、今の俺ってとてつもなく強大な魔族と仲良しっていう、極めて危険な権力を手に入れてしまっているのではなかろうか。
これを悪用すると、マジで『千年前に国家滅亡を企てて処刑された伝説的な黒魔法使いの末裔』と後世伝わるような存在になってしまうので、謙虚に生きよう。
「メアリ……じゃあ、何食べる?」
「そうだね、では、あれなんかいいかな」
メアリが指差した先には小麦粉をボール状にして揚げて、砂糖をまぶしたお菓子の露店だった。それぐらいなら安いし、問題はない。
「うん、おいしい。素朴だけど、ちゃんといい仕事してるよ」
あつあつのそのボールを一つずつ、メアリは口に入れていく。手をつないで歩いているせいもあって、妹って実感が強くなってくる。
店の人も「兄妹かい? あっ、その翼があるってことはそうじゃないか……」と言っていた。魔族の翼がメアリには生えているからな。
「メアリ、次はどこに行きま……行く?」
「そうだなあ。靴を買いたいかな」
王都なら、大規模な靴の小売店もあるので、そこに連れていった。旅人用の商品もあれば、、町娘がおしゃれで買うようなものも売っている。
「これとこれとこれ、どれが似合う?」
「う~ん、自分の好きなのを選ぶのが一番いいんじゃないか?」
「違うよ。お兄ちゃ……フランツが好きなのを履きたいんだよ」
そういうものなのか。やっぱり俺は女心をわかってないな。
「ちなみに値段で決めるとか論外だからね」
釘を刺されてしまった。
「じゃあ、このリボンがついてるやつがいいと思う。頭にもリボンついてるし」
「うん、なかなかいい趣味してる。じゃあ、これを買うよ!」
うれしそうにメアリは笑った。
ちなみにその靴は銀貨一枚もした。
しまった、メアリがかわいいのであまり気にしてなかったけど、これ、けっこう貢いでるんじゃないかな……。
「お兄ちゃん……じゃなくてフランツ、ほかにも行きたい店があるんだけど」
これ、妹って設定でデートしてもらう怪しい商売みたいだな……。
というか、これ、まごうかたなきデートなのか。
メアリの兄も、こんなかわいい妹に好きって言われて、余計に悩んだんだろうな……。
新年一回目の更新なので、ちょっとあまあまな内容にいたしました。今年もよろしくお願いいたします!
今回はデートしてるだけでしたが、次回少し話が動きます。




